ネオベガス
第131話 画面越しの挑発
アッシュがアクアティカ1を発ちまるまる2日。
流石にアクアティカ1も移動を続けているので、行きと帰りではかかる時間も違うだろうとは思っていたが、案の定1日分移動距離が延びていた。
「もうすぐハイパースペースを抜けるな……」
だが、どうもネオベガスを占領した『蛇の足』という組織名が気になる。
「このままだと猫の足音とか、女の髭とかまで出てきそうだな……」
などと口にはしてみるものの、そのネタには蛇の足は出てこない。
「奴等はなんでそんな名前を名乗ったんだ」
武装組織が蛇にまつわる名前を使う、というのは自殺行為だ。
その名前は、ウロボロスネストを知る者を警戒させ、当のウロボロスネストと関係のないものが名乗れば無論どういう目にあわされるかわかったものではない。
知らず知らずにその名を名乗ったとすれば運のない連中だった、という話で終わるのだが――何かがひっかかる。
「フォシルとディノスの軋轢なんて今に始まったことじゃない。武力衝突ももう何度も起きている……だが、なぜ離れた恒星系を航行中のネオベガスを狙ったんだ」
そんなところで自分達の要求をディノス側に求めても通るわけがない。
勿論、人質となっている人間がいる以上、その開放にディノスの動向が強く影響するのは間違いなく、その時の対応次第では惑星連盟での立場が悪くなることは間違いない。
だが、だからといって現状では惑星連盟の治安維持部隊が出ればそこまでの話で、ディノスとしてもそれが理想とする結末だろう。
実際、ここまで大々的にニュースになってしまえば動かないわけがない。
だからこの件はそこでおしまい。介入する余地などないように思えるのだが、そんなに単純な話だろうか。
「『蛇の足』、か」
グループ名の意味をストレートに考えるのならば『存在しないもの』ということを言いたいのだろう。
この事件は自分達が勝手に起こした行動であり、フォシルそのものは関係がない、とアピールする目的だろうか。
だとしても、世間はそうは見てくれない。そこまで名前の意味など考えている人間がどれほどいるか。
結局はただのテロリストとして扱われてそれでおしまい。
だが、本当にその後ろに蛇がいるとするのならば、とそこまで考えてアッシュは首を振って思考を切り替える。
なんでもかんでもウロボロスネストに繋げすぎだ、と自嘲気味に笑う。
『ワープドライブ終了します』
ワープドライブを終え、ハイパースペースから通常空間へと復帰する。
その瞬間、回線が開いてマコの顔がドアップでメインスクリーンに映し出された。
「おわっ!? なんだなんだ」
『やっと繋がった! アッシュ、事態がややこしくなった!』
「ややこしくって、何がだ」
『ネオベガス占拠のニュースは?』
「勿論見たぞ」
『その中にいたんだよ! アルヴでアニマが遭った奴等のメンバーが!』
「なんだって?」
システムがシースベースとの同期に成功したシューターをオートパイロットにして、アッシュはコンソールを操作。マコとの通信とは別に、ベースから転送されてきた映像ファイル再生。それを会話用のウインドウの横に表示させる。
『惑星フォシルは、元々地球型惑星と呼ばれる人類の生存に適した環境ではなかった。それを開拓したのが、我らの先祖であり、惑星ディノスから捨てられた者たちである』
「これ、犯行声明か」
全員素性が判らないよう、顔を隠しているが――1人だけ顔を晒している女がいる。
判りやすすぎる。この女が、アニマが見たというウロボロスネストの構成員だろう。
そしてそれが意味することは――『燃える灰』に向けての挑発だろう。
同時にこの『蛇の足』とやらの後ろについているのがウロボロスネストであるということも確定する。
「わざわざ足を名乗ったってことは、奴等ウロボロスネストにとってもいない存在という扱いなんだろうな」
『現地調達の使い捨て要員ってどこね』
『――ディノスは我々が先祖代々開拓を続け、やっと安定して暮らせるようになってきたころで、突然統治権を主張し自治すら許さず、我らから搾取だけを続けた。それだけならまだいい。だがディノスは、我等の土地すら奪い去った。奪われた者たちは、奴等に所有物のように扱われ、人としての扱いすら受けなかった! 我々も、元は同じディノスの民であったというのに、だ!』
「あー、もう切るぞこの映像。聞いてて頭痛くなるくらい圧が強い」
『うん、普通にうるさいしね』
映像の再生を終え、再びメインスクリーンにはマコの顔だけが表示される。
「で、こいつが……」
映像の端に映った女の顔を拡大する。
だが――その女がなぜここに居る。
「こいつ、アルマが殺したって言ってなかったか?」
『そう。それなんだよ。アタシも、タイラント・インペラトルの操縦席にミサイルを直接ぶち込んだところを見てるから、パイロットだったこいつが生きている訳がないんだよ』
「死んだはずの人間が生きている、か。クローンか何かか?」
『まあ、可能な技術ではあるし、犯罪組織ならやっててもおかしくはないけどさ』
倫理的な問題もあり、人間のクローンは製造は惑星連盟条約により禁止されている。
勿論そんな条約など犯罪組織や、非合法な研究をしている団体、惑星連盟未加入の惑星などには関係のない話であるため、クローン人間というのは相当数存在していると言われているが。
「アニマはなんて?」
『映像だからはっきりしたことは言えないとは言ってたけど、本人としか思えない、とか』
「……さて、どうしたものか」
シューターが相対速度をあわせはじめ、ドッキングベイからはアームが伸びてシューターを固定する。
あとはエアロックの接続さえ終われば、というところまで来ているが、アッシュは席から立とうとせず、腕を組んで考え込む。
「釣り針にしてはデカすぎる、よな」
『判りやすすぎる挑発だもんね。でも、行く価値が全くないわけじゃないでしょ』
「それを考えてる」
『蛇の足』の目的が、犯行声明同様に独立であるというのは間違いない。
繰り返しになるが、助力したのがウロボロスネストである事も間違いないだろう。
だったら、ウロボロスネストの目的はどこにある。
『燃える灰』を挑発する必要性がどこにある。
何も分からない。
あり得るとすれば――『燃える灰』あるいは、その姿を晒すことで意味のある人物への執着、だろうか。
「マコ、
『了解。それ次第ってことね』
「ああ。どこぞの資産家の依頼でも出てりゃいいんだが……」
『あ、あった。しかも結構あるよ。けどほとんどがすでに引き受け済み。早めに受注しないと受けられなくなるね』
「適当でいい。『燃える灰』名義で受けておいてくれ」
『……いいの?』
マコが確認するのにも理由がある。
ただ依頼を受けるだけならば、わざわざ『燃える灰』を名乗る必要性はない。
ルーク・サービスのほうで受けても全く問題はないはずなのだ。
だが『燃える灰』として受けた場合、意味合いが変わる。
世間的な印象の話ではない。
ウロボロスネストが後ろに居て、自らもその事件に関わっているのならば、
「いいんだよ。あっちが舐めた真似してきてんだ。こっちは堂々と売られた喧嘩を買ってやろうじゃねえか」
『罠の可能性、高いよ?』
「だから最低限のメンバーを残して、あとは全員で行く。いや、生身での白兵戦になる可能性が高いな。レジーナにも協力を要請しよう」
『解った。頼んでみる』
通信を終え、ようやく立ち上がるアッシュ。
どうやら休暇はここで一旦おしまい。早速次の事件に首を突っ込まざるを得なくなった。
「まあ、これが終わったら今度こそ休みだな……俺以外」
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