第130話 "自分の"日常へ
アクアティカ1での用事を済ませてシューターを泊めてあるあるベイエリアへ向かう最中で、仕事用の端末に通信が入る。
相手は、マコ。
何事か、とアッシュはイヤホンを繋いで外に音が漏れないようにしながら通話を開始する。
「俺だ」
『ああ、アッシュ。アクアティカ1はどうだった?』
「割と楽しめたよ」
『アリアと一緒だったから?』
「いや、それは否定しないが、アイツといるのは疲れると再認識した」
出会いがしらで飛びついて肩に乗ってくるくらいアグレッシブな相手にほぼ丸1日連れまわされたのだ。それで疲れないわけがない。
それはそうとして、そんな話をするためであるならば、わざわざこっちの端末で通話する必要性はない。
「で、何があった」
『アルヴの人たちが目覚め始めた。今はマリーがそっちに対応してる』
「マリーが?」
『そ。マリーではなく、マルグリット・ラウンドとして、ね』
なるほど。確かにそちらの方が人々の意識は集めやすいし、他の惑星国家とはいえ王族の言葉を無視するよう王政国家出身の人間はまずいないだろう。
これがベルの言葉だとしたら――まあ、聞いてはくれるかもしれないが、マリーと比べればその言葉の力は弱い。
直接治療にあたったのはベルであるが、彼女は知識があるだけで医者ではない。医者ではない人間の言葉は、やはり信用してもらいにくい。
そう考えればやはりマリーが説明にあたる、というのは適材だろう。
『しかも自発的だよ』
「アイツは子供じゃあないからな。どちらかといえば、俺達のほうがよっぽどガキだろ」
『違いない。で、次。目覚めた人間の中にはリーファ王女も含まれている。ただ、彼女の場合はメンタルケアの観点から、あの生体制御装置の事はまだ伏せてある』
昏睡状態から目覚めて、母と姉2人が肉体を失って脳だけの状態で生かされている、なんて言えるわけがない。
今度は別の意味で昏倒しかねない。
『とりあえず、アルヴの問題は一応の解決をした、とは伝えたけどね』
「今はそれだけでいいだろう。もう一方はどうだ」
『フロンティア号の改修はシルルが企画、サンドラッド側の希望とすり合わせをして、オートマトンが作業開始。作業効率アップのためにオートマトンの増産とそれ用の資材の買い付けもしたけど、よかったよね?』
「必要経費だ。それは問題ない。で、一応生産性を持たせるつもりなんだろうけど、それ用の資材は?」
会話の内容が周りに聞こえても当たり障りのない言葉を選んで発言するアッシュ。
実際、直接的な単語を出したところを誰かに聞かれ、それを切っ掛けとしてどんな事態が起きるかわかったものではない。
特に、アクアティカ1のように人が多く集まるテーマパークではなおさらだ。
『まだ。ベース内牧場から分ける、っていうのも選択肢としてはアリだけどさ』
「そもそも、知識がある人間がいるのか?」
『一応は。ただ管理用として新造したオートマトンを配備させるつもり』
「了解。そっちの方向性で進めてくれ」
そろそろ通信を終えるか、と思っていたが、イヤホンからはなんとも言えない微妙なマコの声が漏れ聞こえてきている。
「……何かほかに問題が?」
『食料が足りなそう、かな』
「……病み上がりの人間ばかりだろ。まだ固形物とかは無理だろう」
『現時点で約1200人。加えて現状サンドラッドからの難民も抱えている状態だから食料消費は5人でいる時とは比にならない速度で消費しているんだよ。とくにサンドラッド組ね。普段食料を切り詰めてた分、めっちゃ食うの』
「……その辺は任せる。丁度でかいのあるだろ。アレに満載するくらい買えばしばらくは持つだろう」
エンペラーペンギン号を使えば確かに大量の物資を輸送できるが、いろいろと問題も起きる。
件の巨大艦艇が『燃える灰』がペンギン運送から奪い取ったものである。
それに、あそこまで大きな艦艇は類似するものがまずない。いくら塗装を変えたとしても、その外見から即座にバレる。
『偽装、できると思う?』
「増設コンテナとブースターを付けるとか?」
『あのサイズに合ったものあったかな……でも、それでいいかもしれない。やっておこう。ていうかアッシュ!』
「な、なんだ?」
『自分だけ休暇なんてズルい!!』
「いや、一応お前達も休暇なんだぞ? ま、あの3人は別途休暇が必要だろうけどさ」
ベルとマリーはアルヴ人たちの看護、シルルはシースベースにいる各艦の改造作業と各機の整備と改造。
この3人に関しては今回の休暇期間で十分な休息を取れているとは思えない。
マコもなんだかんだで仕事をすることになってしまったので、やはり休暇とは呼べないかもしれない。
「……休暇期間の延長を認める」
『それと、全員をどこか遊びに連れていく事』
「社員旅行かよ……。まあ、いいけど」
『言質取ったし、録音したからね』
余計な事を言ったかもしれない、と通信を切りながら後悔するがすでに遅い。
多分、とんでもないことを要求されるに違いない。
「ポケットマネーで事足りるといいけど……まあ、仕方ないか」
キャリバーン号に乗ってからずっとトラブルと遭遇し続け、戦い続け、休む暇もなく動き続けていたのだ。
アッシュ自身やマコはそういう事に慣れているし、ベルはベルで医者の代わりをやっていなければ十分耐えられるだろう。シルルは、まあ多分大丈夫だろうが。
問題はマリーだ。
彼女はそれまで、戦いなどとは無縁の人生であっただろう。
戦う覚悟、立ち向かう覚悟を持って今の状況に向き合ってはいるのだろうが、それでもそれ以前の生活と比べると、まさに頭をバットでフルスイングされるくらい衝撃的な出来事の連続だろう。
そういう彼女のメンタルの管理としては、どこかに遊びに行く、というのは必要な事なのかもしれない。
「アイツ、ほとんどで歩けないからな……」
顔が割れすぎている人間だからそれは仕方ないが、そういうことを気にせずとも出歩ける場所があればいいのだが、と思考を巡らせながらふと視線をあげる。
そこには、巨大な街頭モニターに緊急速報としてネオベガスがテロリストに占拠されたというニュースが映し出されていた。
「ネオベガスって……アリアが行くって言ってたカジノリゾート艦じゃないか」
ハイパースペースを使った超高速通信によるニュース速報だ。多少のタイムラグはあるだろうが、占拠が判明してからそう時間は経っていないはずである。
『――犯行勢力は『蛇の足』を名乗り、ネオベガス全体を支配。艦内には多くの民間人が取り残されており、一刻も早い事態の収束が望まれています。なお、犯行勢力の要求は惑星フォシルの独立とのことですが、現在惑星フォシルを植民惑星としている惑星ディノスはこの件に関して現在のところ沈黙を続けています』
「フォシルとディノス、か……」
ややこしいところだな、と。
どちらも同じ恒星系の惑星であり、元々はディノスに移民船が到達。そこで彼等は反映し、独自の文化と文明を築き上げた。
が、あまりにも上手く行き過ぎた。その結果、増えすぎた人口を、最も近い惑星――のちにフォシルと名付けられる惑星を開拓し、そこへと捨てた。
フォシルへと捨てられた人間は皆、社会的な立場が低い者であり、最低限の施設と装備だけで惑星の開拓を余儀なくされた。
にもかかわらず、だ。開拓が進み生活が安定するなりディノス側がフォシルの統治権を主張。
武力衝突にも発展するが――現在の状況がその結果だ。
「アリアは無事だろうか」
連絡を取ろうとも考えたが、もしそれを切っ掛けとして犯行グループ――『蛇の足』のメンバーを刺激することも考えれば不用意に通信を繋ぐことは避けよう。
と、思っていたら個人用端末にアリアからメールが届く。
まあ、内容は無事を知らせるものである。
「巻き込まれてない、ってことだな」
ネオベガスの占拠は、確かに世間を騒がすレベルの大事件である。
だが、だからといっていちいち『燃える灰』として動くか、といえばそうではない。
こういのは、惑星連盟の治安維持部隊の仕事である。
「ま、戻るか」
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