第129話 会食

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ、とアッシュは改めて認識する。

 宇宙生物ではない、普通のイルカやシャチが行うショーは見ごたえもあり、その他展示されている多種多様な魚の姿も、新鮮であった。

 魚自体は珍しいものではないが、すでに遠い惑星である地球の生物と同じ姿をしているというのは貴重だ。


「んー、やっぱ水族館っていいなー」

「俺はまあ、疲れたかな」


 主にアリアに連れまわされて。無論、楽しくなかったわけではない。

 ただそれ以上の疲労感があるのも事実だ。

 夕食のために入ったレストランの椅子に全体重をあずけて脱力していると、注文したコース料理の最初の一品が運ばれてくる。


「久々だったからはしゃぎすぎちゃった」

「お前もいい歳なんだから落ち着きをもって行動しろよな」

「その言い方、ちょっとヤだなあ。まるでワタシがオバサンみたいじゃない。同い年なのに」

「互いに23だろ。大人なんだからさ」

「ま、そうだけどね。ワタシはそういうルールとかマナーとかが嫌いなの」


 頬杖をつきながら、グラスを揺らして中の水を回すアリア。


「そりゃあ、TPOに合わせた振舞は必要だと思うよ? けど、結局それって最初にそういうものを決めた人間の都合でしょ。なんでそれに何世紀も付き合ってる訳、ってね」

「ま、気持ちはわかるけどな。人間が社会性を構築する上で必要最低限のルールと、対人関係を円滑にする共通認識としてのマナーは必要だとは、俺も思ってるよ」

「でしょ。でも不必要なルールとマナーは結局そのどちらをも崩壊させるのよ」


 前菜として運ばれてきたマリネを口へ運ぶアリア。

 相変わらず頬杖はついたままである。


「で、お前のいうその不必要なルールやマナーってのはどういうのなんだ?」

「宗教とか、かな」

「廃れて久しい概念だことで」

「同一の思想を基準としたコミュニティを形成する、というのは強固な結びつきを持つ一方で、それ以外の思想を排除したがる傾向にある。そしてその行き着く先が――」

「戦争、か」

「さっきアッシュは宗教が廃れて久しいなんて言ってたけど、それってある意味正しくてある意味間違いなんだよ」


 前菜の皿が空になったタイミングで、スープが運ばれてくる。出されたのはビスク。甲殻類を使用したクリームベースのスープである。

 注文前に甲殻類アレルギーについて尋ねられたことを思い出し、アッシュはその理由を今理解した。


「ある意味間違いってのはどういうことだ」

「名前のある宗教ばかりじゃないって話。サバイブでもあったでしょ。あの生き物は殺すなーとかさ」

「ああ。そう言われればそうかもな。それも宗教のはじまり、みたいなものか」

「そういうこと……って、ごめんごめん。久々だってのに面白くない話しちゃって」

「まあ。面白くはないが、興味深くはあったかな」


 3品目の魚料理ポワソン、白身魚のムニエルが運ばれてくる。

 会話をしながらではあるが食事ペースと提供されるペースは丁度いい感覚で進み、新しい皿が来る頃には前の皿は空になっている。


「じゃあ次はアッシュの話を聞かせてよ。宇宙の何でも屋っていうなら、いろいろと面白い事があったんじゃない?」

「面白い事、か……」


 しばらく思考する。が、最近――それこそキャリバーン号で宇宙を飛び回るようになってからはロクな思い出がない。

 毎度毎度綱渡りレベルの戦いをやって、何とかやってきてはいるが、どこかでボタンの掛け違えをやれば誰かが死んでいてもおかしくはない。

 特に、惑星エアリアでの機械偽神は本気で死を覚悟した。


「アッシュ?」

「あ、いや。死にかけた思い出しかないもんでさ……」

「……何か、壮絶だね」

「ちょっと遺跡の様子を見に行ったら、目覚めさせちゃいけない系のヤツが襲ってきたとかね」

「え。何それ面白そう」

「機密事項だからこれ以上しゃべれませーん」

「えー、気になる」


 口直しのシャーベットを口にしながら、メインである肉料理ヴィアンドを待つ間に、他愛もない話題で時間を潰す。


「何でも屋なんてやってると、真っ当な仕事ばっかじゃないか下手にしゃべれないってのもあるんだよ」

「そういうもの?」

「そういうもんだ。こっちも商売だからな。情報漏洩ってのはダイレクトに信用に関わってくる。信用のない人間には、どんなヤツも仕事を回してくれやしないさ」

「ああ。それはわかる。株やってるとインサイダーとかよく聞くし」

「それはちょっと、違うんじゃないか……? うん、たぶん」

「あ、そうそう。ワタシたちの頼んだコースなんだけどさ。海産物を中心としたメニューばっかりなんだけど、メインディッシュは何が来ると思う?」

「話いきなり変わったな。でも確かに、そうだな――」


 海産物では当然肉料理はできない。

 人類が地球で暮らしていた頃は、国や地域、民族によってはクジラ類やアザラシ、はてはウミガメなども食べていたが――今はそういう生き物は貴重。特に、アクアティカ1で飼育されている、地球原産種の純血ともなればそれこそ食用なんてありえない。

 はて、とアッシュが首を傾げ考え込む。

 注文したのはアリアで、そのお品書きを見ていない為一切想像ができない。


「わからん。海産物で肉ってなんだ……?」

「正解はね――」

「おまたせしました。ウミサメカラスのローストです」

「……これは、想定外」


 ウミサメカラス。惑星アクエリアスに環境適応したサメカラスの変異種である。

 なるほど、一応これも海産物になるのか、とアッシュはナイフで切り分けて口へと運ぶ。

 とはいえ、複雑な気分である。つい最近までそのサメカラスとドンパチやっていたのだし、数の暴力で叩き潰されかけた。


「食うと美味いんだよなあ……」

「まあ、襲われたくはないよね。サメカラス」

「全くだ。仕事で相手したこともあるけど、いくら艦艇のシールドがあったって怖いものは怖い」


 実際、サンドラッドで発生した変異種は、宇宙最強レベルの防御力を誇るキャリバーン号のシールドを突破しうると算出されたわけだが。


「それで、明日はどうするの?」

「ん? そうだな。とりあえず仲間に頼まれた土産を買って、それから帰ろうかな、って」

「そっか。まあ、ワタシも明日ここを発とうと思ってたんだけどね」

「へえ。で、次はどこへ?」

「ネオベガス。次はカジノで大儲けの予定」

「そう上手くいくもんかよ」


 食事もデザートと、食後のコーヒーを済ませ席を発つ。


「会計はアタシが出しておくよ」

「いや、ここは俺が――全額でないにしても割り勘くらいはさ」

「いやいや。今回はアタシが急に呼び出したみたいなもんなんだし、次会う時でいいからさ」

「そうか……なんか、申し訳ないな」

「いーのいーの。腐るほどあるからさ」


 そう言って会計を済ませ、互いのホテルが別の場所が反対方向であることもあり、レストランの前で別れる。

 尤も、男としては女に払わせてしまったのはなんともなところではある、とアッシュは頭をかく。


「さて、と。土産の買える店調べておかないとなあ」



 ホテルの部屋に戻るなり、アリアはベッドに飛び込む。

 その顔は満面の笑み。ここ数年で最も充実した1日であった、と満たされた気持ちに少女のように枕に顔をうずめて足をバタバタとさせる。

 が、急におとなしくなり、ベッドに腰を掛けてショルダーバッグの中から自身の携帯端末を取り出す。

 ただし、普段使いのものではなく、特別仕様のもの。

 専用の秘匿回線を使った携帯端末を操作し、相手を呼びだす。


『遅かったな』

「すいません。私用がありまして」

『構わない。取引が正常に行われるのであれば、な』

「ああ。その点は抜かりなく。全て予定通り――あ、多少の前後はご容赦を。何せ場所が場所ですから」

『その程度の事ならば問題ない。ただ、我々としてはその対価に見合うだけの価値があればそれでいい』

「では、後ほど」


 通信を終えて笑みを浮かべるアリア。ただその笑みは、先ほどまでの少女の様な無邪気さは全く存在せず、秘めた狂気を一切隠すことなくさらけ出したものであった。

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