第128話 アリア
広い宇宙空間を航行する艦船同士が予定を合わせず接触することは不可能である。
もし接触することになれば、それはもはや事故。しかも回避不能な惨劇を起こす寸前であろう。
広い宇宙であるからこそ、航路というのが決められ、その決められたルートにそって進む艦船は互いに情報を共有し合う。
そうすることで、万が一航行不能になった場合など救助してもらえる確率が高くなる。
閑話休題。
アクアティカ1はかつての地球環境のうち、海洋環境を再現することを目的にした研究施設である。
そのほかにもいくつかの側面を持つ。
人類が地球を離れる前に収集した海洋生物の遺伝子を絶やすことなく現代にまでつなぐ事を目的とした飼育および研究施設。
食料としての魚介類の安定した提供を行う為の巨大養殖場。
そして――巨大な観光施設。
「艦全体が巨大なテーマパーク。商業施設、か……」
シューターで入港し、手続きを終えたアッシュは、周囲を見渡す。
早速様々な商店が並び、その多くが土産物を扱った商店であり、少ないながらも飲食店も見える。
あとは海洋生物を模したアトラクションがいくつか見える。
「しかし、4年ぶりか……」
携帯端末を通話モードで起動し、アリアを呼び出す。
応答はすぐにあった。
『アッシュ! ついたんだね!』
「えらくテンションが高いな。今、8番ベイエリアから出てすぐのところだ」
『なるほど。というか……』
ブツン、と通信が途切れるなり、後ろから誰かに体当たりされた。
「見つけた!」
「おわっ、アリア!?」
「久しぶりだね、アッシュ。ずいぶんとがっしりとしたみたいだ」
体当たり、ではなく抱き付かれたのだが、ほぼほぼ不意打ちだったせいでもうすこしで転びそうになったが、なんとか堪えるアッシュ。
「そういうお前のほうも、もう少し女っぽくだな……」
「あ、その発言セクハラ」
「言われたくなきゃその野生児ムーブやめろ」
いつの間にかアリアはアッシュの肩から両脚をたらし、肩ぐるまされるような恰好になっている。
アッシュもアッシュでそれを当たり前のように受け入れ、彼女がバランスを崩さないよう足を掴む。
「ていうか再会して初っ端これかよ」
「いいじゃん。ワタシとアッシュの仲じゃない」
「まったく……」
視界を塞ぐように前にかがんだアリアと目が合う。
それが何かおかしく思え、どちらからでもなく笑いだす。
ひとしきり笑ったあと、アッシュは姿勢を低くしてアリアを降ろして改めて向き合う。
「本当、久しぶり」
「ああ。4年もあれば互いに変わるな。正直、ずいぶんとまあ、その。綺麗になった」
「おや、照れてるのかな。アッシュ」
「うるせ」
実際、言葉に出すと恥ずかしいものがある。
気の置けない関係だからこそ、昔からよく知る相手だからこそ、いざ褒めようとすると照れくささが出てしまうのは仕方ないだろう。
「この4年、何してたんだ、お前」
「うーん。株とか?」
「まさかの株。いや、お前ならできそうだけど」
「で、ちょっとバカみたいに儲けたからそれで悠々自適な生活をして、たまに株転がして、ってやってるの」
自分達とはずいぶんと違う生活をしているんだな、とアッシュはつい最近のでき語をとを思い出す。
危険手当も含めて相当な額が振り込まれる予定ではあるが、まだまだ切り詰めないと今後がキツイ状況。
まあ、相応のものを背負っているから仕方ないのだろうが。
「アッシュのほうは何やってたの。連絡とれないってよっぽどだと思うけど」
「宇宙の何でも屋だよ。親父の仕事を引き継いだんだよ。おかげでほとんどの生活が宇宙船だし、恒星間移動も多いからしょっちゅうハイパースペースを出入りするし」
「ああ。それじゃあ繋がらないか」
ハイパースペース内でつながる通信は特殊な通信である。
個人同士で使う通常回線は当然、ハイパースペース内にいる相手には通じることはない。
それでも仮に違う恒星系にいたとしても音声だけならばほぼほぼタイムラグなく伝えられるのだから、もしかするともう少しすればハイパースペースにも届く通常回線というのができるのかもしれない。
「で、これからどうする。正直、仕事仲間から頼まれた土産買う事以外ノープランでさ」
「じゃあとりあえずは遊ぼうよ。イルカショーとかもやるみたいだし」
「イルカショーか。宇宙イルカのは見たことあるけど、本物は見たことないな」
「でしょ。じゃあ、急ごう。走ればすぐだから!」
そう言うなり、アリアはアッシュの手を引いて走り出した。
引っ張られる格好でアッシュも走り出し、この光景をかつての過ぎ去った幼き日々の記憶にある姿と重ね、思わず微笑むのであった。
◆
アッシュがアクアティカ1に到着したのとほぼ同時刻。
全員それぞれのやること、やりたいことを済ませてから、なんとなくでやってきたキャリバーン号の食堂で顔を合わせた4人とオートマトン1機――ようはアッシュを除いたいつものメンバー。
自然とベルとマリーがキッチンへ向かい、あらかじめ作り置きしておいたケーキと紅茶、シルルの分だけコーヒーを用意してテーブルに並べた。
いつものメンバーではあるが今回はそこにレジーナも加わってる。
『ふむ。それではアッシュは今留守にしているのだな』
「まあね。旧友に会いに行くって、アクアティカ1に」
カップに注がれたコーヒーに口をつけつつ、シルルがアッシュが今どうしているかを皆に共有する。
『今後の方針についての話をしておきたかったのだが……仕方ない』
「ま、今のアタシ達は長期休暇中だからね。今やってるのは自分達がやりたい事と、普段手が回らない事、やるべき事だからさ」
『完全な自由時間、というやつですね。ボクも、どのくらいのものまでなら憑依して操れるのか、とか検証したいですし』
と、アニマはいつものオートマトンに入って興奮気味に作業用アームを広げる。
確かに、フロンティア号ほどの巨大艦船を操れたのだから、どこまでならできるのか、ということに興味がないわけではないが――4人の反応は微妙だ。
むしろ否定的な雰囲気もある。
「アレ、こっちの心臓が持たないんよね」
「艦の指揮を任されてなかったら、わたくし持たなかったかもしれません……」
「右に同じ」
「頼むから、軽い気持ちでやらないでくれよ」
『あれぇー?』
『まあ、アレは無茶だと、私にも解ったからな』
『むぅ』
仕方ない、とアニマはしぶしぶ引き下がる。
「で、話を戻すんですけど。アッシュさんの旧友ってどんな方なんでしょうね」
「マコさんは会ったことがあるのではないですか?」
「うん? アッシュの旧友なんて数が知れてるから確かにアタシなら知ってるかもだけど……」
『シルルさん、詳しく聞いてないんですか?』
「いや、ばっちり聞いてるよ。盗聴してたし」
『「「「おいおい」」」』
流石の総ツッコミである。
まあまあ、とシルルは笑みを浮かべながら5人を宥める。
いや、宥めるほど興奮してはいないが。
「たしか、アリアとかいう女性だったかな。盗聴だけだから、さすがに相手の顔までは――って、マコ?」
「あ、アリア……? それ、マジ」
マコの顔が引きつっている。
どうやら、件の人物のことを知っていたようだ。
「マコさん、どうしたんですか?」
「確かに、アイツはアッシュの旧友だけど……よりによってアイツかあ……」
「うん? アッシュの口調からして、そこまで問題のある人間のようには思えなかったが……」
「アッシュにとってはね」
はあ、と深いため息をつくマコ。
流石にその様子に、不穏な空気が漂いだす。
「マコさん、詳しく」
「お、おう。やたら食いつくね、ベル。まあ、そうだな。一言でいうとアリアって女は――独占欲の塊、かな」
「独占欲……? それで、アッシュさんにとっては好ましい人物のように見えて、マコさんにはそうではないということは……」
「マリーの想像通り、アリアって女はね、アッシュの事が大好きな訳。病的なほどに、ね」
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