アクアティカ1

第127話 休暇の始まり

 シースベースに用意してある自室――というか自宅で、アッシュはコンソールに向かったシートに全体重を預けてため息をついた。

 管理組合ギルドとの交渉を終え、分割とはいえ多額の資金が定期的に振り込まれることになった。

 勿論、金額が金額だけに相手側の支払いが滞る可能性も当然あるが――その時は無理やりにでも払わせる。

 こちらは海賊でもある。それを相手に契約違反をしたらどういう目にあうか、というのを理解しているであろうし、さすがに不当な理由で支払いを拒否することはないとは思うが。

 なにより、こちらは惑星サンドラッドで起きたことの一部始終を知っている。

 惑星連盟直轄組織の起こした不祥事がきっかけで惑星1つが廃星になりました、なんてスクープ。どんなマスメディアも喜んで情報を買い取ってくれるだろう。

 尤も。その件に関しては然るべき対応をしてもらうために、情報屋ミスター・ノウレッジにはしっかりと情報を流している。

 いつかはきっと、惑星サンドラッドで起きた悲劇の原因も日の目を浴び、世間を賑わすだろうが――今はまだその時ではないし、その時が来たとしても、アッシュ達は何も関与することはない。


「さて、と早速最初の振り込みを確認、と」


 しばらくは十分活動できるだけの資金が振り込まれている。

 ちょっとぐらいは贅沢できるくらいの余裕もあるが――それもすぐに尽きることになるだろう。


「クラスターミサイル12発は痛い失費だって……」


 その他弾薬費。大破したままのアロンダイトの修理費。

 エンペラーペンギン号とフロンティア号の改造資金。

 大きな失費はこの辺りだろうか。

 その他もろもろ諸経費を差っ引いたら割とカツカツであるが。


「マコ、他の連中はどうしてる?」

『ベルは保護したアルヴ人の容態について、オートマトンたちから報告を受けててその対処中。マリーはリーファ王女のお見舞い。シルルは各機の修理と各艦の改修指揮。アニマはこっちに戻ってきて休息中。流石に力を使いすぎたらしい』

「全員それぞれに休息中……って訳でもないか。ベルとシルルはバリバリ仕事中だし。で、お前は?」

『個室で今から酒盛り予定。なんで、朝になったら掃除用のオートマトン手配してくんない?』

「わかった。ただ戻すほど飲むなよ?」

『善処する』


 ――駄目そうだな。

 通信を終え、天井を見上げる。

 現在の時刻は、標準宇宙時間で8時を回ったころ。


「腹減ったな……」


 そういえばまだ夕飯を食べていないな、などとぼーっと真上を向いたまま考える。

 とはいえ流石に今のベルに作ってくれ、と頼むのは気が引ける。

 むしろこっちから差し入れをしてもいいくらい、ベルは頑張ってくれているのだから、そんなことを言えるわけがない。


「何か作るか……」


 といっても、食材などこの家にはない。

 しょっちゅう留守にし、めったに帰ることのない家になど食料を置いておけるわけがない。

 となれば――やることは簡単だ。


「諦めて寝よう」


 ベッドに向かおうとしたところで、携帯端末が着信を知らせる音を鳴り響かせる。

 しかもの時に使っているものではなく、アッシュ個人用の端末が、である。

 こちらへの連絡は滅多に来ない為、アッシュも普段はあまり意識しないし、なんなら存在すら忘れている時も多々あるほどで、充電されていたことにアッシュ自身が驚いてしまう。


「こっちにかけてくるって、誰なんだ」


 案の定バッテリーが切れかけていたので充電用のケーブルと接続してから通信に対応する。


『やあ、久しぶりだねアッシュ』

「ん? お前……アリアか?」

『正解。ずいぶんと長い間連絡が取れなかったけど、どうしてたのさ』

「いや、ちょっとな」


 久しぶりに会話する旧友からの通話に、少しだけ声を弾ませるアッシュ。

 声はクリアに聞こえるのに、モニターに映る映像が荒く乱れているのは、音声優先モードを使った長距離通信だからであろう。

 だが、その声と乱れた映像からでも判別できる。

 アリア。それがその女性の名前であり、アッシュにとっては懐かしい人物である。


「しかし何年ぶりだ? 確か4年かそこらだろ」

『そうだね。その時に連絡先は聞いていたけど、連絡するタイミングがなくてね。今回もなんとなく思い立ったから連絡しただけさ』

「お前なあ……」

『まあまあ。そうだ。せっかくなんだし久々に会えないかな?』

「会えないかって、言われてもお前今どこにいるんだよ」

『今? アクアティカ1だけど』


 その名前は、アッシュも覚えがある。

 一定周期事に異なる恒星系に出現し、決まった航行ルートを移動する超長距離観光遊覧船の中に、そんな名前の艦船があったはずだ。

 通信を続けながら、別の端末で先ほど言われた名前を調べる。


「かつての地球環境を再現するプロジェクト、リバイバル・アースプロジェクトの一環として建造され、水棲生物を中心として飼育・研究・展示を行っている宇宙を漂う巨大水族館ならぬ水族……」

『中でもアクアティカ1は海洋生物に特化。見ていて飽きないのよ。魚料理もおいしいし』

「あ、飼育ってそっちの意味でも飼育しているのね」


 確かに興味はあるし、旧友に久々に会ってみたいという気もある。

 それに、しばらくは休みだと皆にも言っている。

 時間は十分にあるし、何より今そのアクアティカ1は、ワープドライブで1日かからず行ける範囲の宙域にいることもあり、そう遠くはない。


「ていうか、お前そんなところにいるってことはただの旅行だろ? しかもかなり長期の」

『ワタシは自由業なの。だから問題ありません』


 などと胸を張って言うアリアだが、それはつまり金を持ってるだけの無職なのではないか、とアッシュは訝しんだ。


『で、会えるの。会えないの?』

「そうだな。まあ、今から出れば明日にはそちらに合流できそうだが」


 アクアティカ1の運営が公開している航行データを抜き出し、自分の端末に入れる。


「入場料、結構高いな」

『一応、それ1日分の駐機料金だからね』

「うげっ。マジかよ」


 とはいえ、旧友に合えるのは楽しみではある。

 今使っている携帯端末の充電は移動中にでもできる、と軽く用意をし始める。

 しばらくは『燃える灰』としての行動はしないし、ルーク・サービス何でも屋としての仕事も受けないつもりだ。

 休暇の最初に旧友と会い、水族に行くというのも悪くない。

 ――まあ、少々滞在費は高くつきそうだが、長期滞在するわけでもないのだからポケットマネーで事足りるだろう。


「んじゃ、今から出るわ」

『本当? 待ってるよ!』


 通信が終わる寸前に、一瞬だけ映像がクリアになる。

 その瞬間、アッシュは目を奪われた。

 旧知の仲ではあるとはいえ、4年も会っていない相手だ。その間に良しにしろ悪しにしろ印象が変わることもあるだろう。

 彼女、アリアの場合は、というと――勿論、良しである。


「アイツ、あんな感じだったか?」


 ともかく、さっさと数日分の荷物をまとめて家を出て、エアバイクにのってドッキングベイへと向かう。

 あそこには個人用の小型艦艇――シューターがいくつかあったはずで、それには当然ワープドライブも搭載されている。


『アッシュ』

「おわあっ!?」


 いきなり仕事用の端末からシルルの声がし、慌ててブレーキをかける。


『何をそんなに素っ頓狂な声を上げてるんだ』

「こっちが対応してないのに回線が開いたからだよ!! で、なんだ」

『アクアティカ1に行くなら、今から添付するリストのものを買ってきておいてくれ』

「お前、盗聴してたな……」

『珍しく通常回線を使っているからね。一応、その端末から位置情報は割り出せないようになってるみたいだから安心したけど』


 シルルから個人用の端末にリストが送られてくる。

 主にアクアティカ1で手に入る土産物の菓子類や冷凍食品、はてはぬいぐるみなども書かれていた。


『とりあえず、他のメンバーには休暇に向かったと伝えておくよ』

「頼む。んじゃ、そっちも適度に休めよ』

「ああ」


 改めてエアバイクのアクセルを握り、ドッキングベイのほうへと走り出した。

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