第132話 宇宙を漂うリゾート艦

 ネオベガスという巨大リゾート艦は、ありとあらゆるギャンブルが行われている、宇宙最大の移動賭博場である。

 勿論、それ以外の施設もあるが、やはり多くの人間はカジノであったり、競馬であったり、メタルクラッシュと呼ばれるソリッドトルーパーを使った勝負で賭け事を行ったり、と賭け事が目的であるだろう。


 メタルクラッシュ。コレが行われているということが、ネオベガスが占拠されてしまった現状においては厄介だ。

 何故か、とは言うまでもない。パイロットは勿論観客すら命の危険が伴うこの競技を行うための設備が存在する。

 つまりは、ネオベガスには多数のソリッドトルーパーが稼働可能な状態で保管されており、それを整備する設備は勿論、燃料や弾薬もたんまりと蓄えている、ということである。

 それどころか、素材さえあれば部品の製造も可能な艦内工場も存在している。


「と、いうのがネオベガスの詳細と、現状の懸念点だ」


 ネオベガスの航行ルートに先回りしたキャリバーン号のブリッジで、アッシュが今回の目標についての話をする。

 事前にシルルが用意してくれたデータを元に、作戦をたてようとしているが――何分、状況が分からない。

 現在、キャリバーン号にいるアッシュ以外のメンバーは、マコ、ベル、アニマ、そしてレジーナである。


『質問だが。ソリッドトルーパーで乗り込めばいいのではないか?』

「残念だが、それは無理だ。外からソリッドトルーパーを搬入できるようなルートは存在しない。ネオベガスのメタルクラッシュに使われているソリッドトルーパーは基本艦内工場で造られたものか、パーツごとにバラして運び込んだものを組み上げたものだ」

『なるほど。正常稼働している状態ならばともかく、占拠された今となっては運び込む事も困難、か』

『ではボクからも質問を。何故このメンバーなんですか?』


 いつものメンバーから、マリーとシルルを除き、代わりにレジーナを加えている。

 その編成に疑問をもつのも当然だろう。


「正直、マリー以外の全員とレジーナで行きたかったんだが……流石にベルが抜けた状態でベースを放っておくことはできないからな」

「わたしの代わりに多数のオートマトンに繊細な動きをさせることのできるシルルさんが残った、ということですか」

「ああ。それに、突入前はシルルにも頼る。タイムラグはあるだろうし、突入後は状況次第だな」


 現在、キャリバーン号にはシースベースにいるシルルからネオベガスの構造や監視カメラの配置などを調べて送ってきてくれている。

 ついでに言えば、通気口の配管図なども。


「シルル、これ多分ノリノリでやってるよね」

「スパイ映画の見過ぎでは……?」

「そうだね。ベルだと多分通気口につっかえるねぶらっ!?」


 ベルの手刀がマコの脳天めがけて無言のまま振り下ろされた。

 真正面から放たれたにもかかわらず、全く反応できずマコは直撃を貰ってしまった。

 自業自得である。


「……」

『アッシュさん?』

「いや、うん。俺が言うとマジモンで気持ち悪いセクハラになるよな、って」

『つまり、実際つっかえると思っていたのか』

「レジーナ、お前も絶対つっかえるからな?」


 全身甲冑を着ているような姿のレジーナは当然狭い通気口にあちこち引っかかるだろう。

 ベルの場合は――別の部分がひっかかる。


「あ、監視カメラの映像回ってきたよ」

「タイムラグは?」

「5時間。タイミングとしては、アタシ達がこの位置にワープアウトしたくらいの時間かな」


 映像を確認するが――艦全体の監視カメラの映像ファイルを一気に表示されても困る、とこの場にいないシルルに文句を言いたくなるが、そこはさすがのシルル。必要な映像が自動再生された。

 加えて、艦の全体図上に書かれたカメラのポイントが点滅している。


『人質の集められた部屋と……』

『武装した人間の集まった部屋、か』

「それだけじゃないぞ。外部カメラの映像まで拾ってくれてるが――」


 相当数の艦艇がネオベガスめがけて接近しており、その大半が管理組合ギルドに出された依頼を受けた賞金稼ぎやならず者だろう。

 が、不用意に近づきすぎてネオベガスが元々装備している自衛用のビーム砲に襲われている。

 だがこのおかげで確信したことがある。

 ネオベガスは当初の予定通りの航路を進んでいる。

 その予定通りならば、明日にはワープドライブで長距離移動してしまう。


「この艦のシステムは結構強固だ。通常空間での航路の変更はできないようになっている。通常の手段だと指定された乗員の音声認識・網膜認証・静脈認証の3段階認証を通った上で専用のカードキーを使ってようやくプロテクトが解除される、らしい」

『今、通常といったか? それでは特別な手段がある、というわけか?』

「ある、んだけど……こっちも一応音声認識らしい」


 シルルから送られてきた資料を見ながら各自に伝えるアッシュの歯切れが悪い。


「らしいって、また妙な言い方ですね。シルルさんの情報に不備でも?」

「いや、ハッキングがバレたらしく、そこまでしか情報を抜けなかったらしい」


 その言葉に、レジーナ以外の全員が反応した。


「シルルのハッキングに気付くって、相手何者なのさ」

「わかんねえよ。でも、マトモな相手じゃない。もしかすると、アルヴに関する情報をいじくりまくってたヤツがあそこにはいるのかもな」

『それは、厄介だな。もしかすると、本当にウロボロスネストとやらが噛んでいるのではないか?』

『その目的はわかりませんが……間違いなく『燃える灰』は狙われてますよ、ね?』


 バトルドールに入った状態のアニマに視線を合わせ、アッシュは頷く。


「それを解った上で、こっちは今から攻め込もうっていうんだ。連中の想定外の戦力くらい用意しないと勝ち目はない。だから、レジーナに協力を仰いだ」

『なるほどな。他の面々では『燃える灰』への対抗手段を講じられていたらその時点で詰む、と』

「そういうこと。で、作戦に関してだが、まず突入はシューターを使う。そのシューターが取り付くまで、キャリバーン号は囮だ。当然、その操縦のためにマコは突入に参加しない。それに、お前の一番の武器も使えないしな」


 プラズママグナムを艦内で使うわけにはいかない、というのは当然のことだ。

 それに、囮というのは大事である。シューターも個人用の小型艦艇とはいえ、キャリバーン号には収納できない程度には大きい。

 当然、そんなものが近づけばどうやっても目立つが、それより大きな艦艇が派手に暴れていれば、そちらに注意を向けさせることができ、接近しやすくなる――はずである。


「じゃあ突入は4人で?」

「いいや。アニマはオートマトンになってもらって、通気口からソリッドトルーパーの格納庫に向かってもらう」

『格納庫……なるほど。そこで機体を暴れさせる、というわけですね?』

「ああ。そのままお前は陽動をかけてくれ。暴れれば当然、奴等も対処せざるを得ないだろう。俺とベル、レジーナは突入して、人質の解放に向かう。それ以外は――臨機応変の破れかぶれ。スタンドプレイ上等でいこう」


 ようするに、やる事は決まっているが作戦はなにも考えていません、ということである。


「ですけど、問題が」

「……脱出方法、だよな」


 最大の問題がそれである。

 ネオベガスのベイエリアにある艦艇を使えばそれも可能だろうが、何らかの細工がされていないとも限らない。

 細工されていなかったとして、ビーム砲のコントロール権を相手側に握られている以上それで撃ち落とされる危険性もある。


「やっぱシルル連れてくるべきだったか……いや、それだとマリーが潰れるし」

『アニマ、ハッキングできないか?』

『流石に戦闘しながらじゃ……』

「と、なるとブリッジの制圧も加えなきゃ、か」


 さて、どうしたものか。人質の救出だけならばきっとレジーナだけでもなんとかなるだろうが、その風貌が原因で受け入れてもらえるかわからない。

 向かうならばベルだろう。

 となると、アッシュとレジーナで管制室を目指すべきだが――さて。


「ベル、お前だけで人質の解放はいけるか?」

「……少々トラウマを植え付ける結果になりそうですが、やれるだけやってみます」

「俺とレジーナでブリッジだ。流石にすべてのブリッジクルーを監禁したり始末したらコントロールすらできないだろうからな。そして、この作戦にはタイムリミットがある」

「……なんだって?」


 今の今まで聞いてなかった、とマコがアッシュのほうを睨む。


「さっき、通常空間でのルート変更はできない、と言ったがワープアウト先は比較的簡単に変更できる。その理由はまあ、ワープアウト直後の衝突事故を避けるためのものでもあるんだが――これを変更されるともう通常の手段ではネオベガスを見つけられなくなる」

『つまり、ワープドライブするまでの時間がタイムリミット、と』

「残り時間はあと12時間。それまでに作戦を終えて艦を脱出できなければ最悪宇宙の迷子だ」

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