第61話 シースベース

 巨大な機動要塞シースベース。

 そのドッキングベイにキャリバーン号とエンペラーペンギン号がドッキングし、貨物として扱われていた人々を次々と運び込む。

 中にいたのはほとんどが作業用人型オートマトンであり、それらはアッシュとマコの指示を受けるなり、迅速に行動を始めた。


「すごいな、この施設……」


 そう感嘆の声を漏らすシルル。技術者である彼女には、一目見るだけでシースベースの整った設備が理解できたらしい。


「元は廃棄されたコロニー群の寄せ集めだ。拠点としての機能だけじゃなく、工業プラントや農業プラントも備わっている」

「それだけ聞くとずっとここで生活できてしまいそうですね……」


 と、ベルは素直な感想を漏らす。

 事実、シースベースの設備は元はコロニーであったものを流用しているだけあって、しっかりとしたものである。

 とはいえ、廃棄されたコロニーの設備を使ったものである以上、その設備はやや旧式化が進んでいると言っても過言ではないが、それでも宇宙海賊の所有する拠点としては最上級レベルのものである。


「ベル、シルル。今シースベースにいる全オートマトンの管理権限をお前たちにも与えた。それで手は足りるか?」

「……やってみます。医療設備のところへ案内してください」


 ベルの前に現れた1体のオートマトンが彼女の声に従い、案内を始める。


「では私は一旦彼女のサポートに回ろう。知識はなくとも、分析などは得意だからね」

「ああ、彼等の治療を頼む。それと、手が空いたタイミングでいいんだが――」

「彼等の身元の確認、だろう。やっておくさ。マルチタスクは得意だ」


 おおよそではあるが、5万人もいる薬物中毒の患者をたった1人で処置するのは不可能。

 ベース内のオートマトンすべてが医療技術に関するプログラムをインストールしていたとしても、それでも頭数が絶対的に足りていない。


「マコとマリーは手分けしてネットニュースを当たってくれ」

「わかりました」

「確かにこの人数だと、ニュースになってるかも、だ」

「俺はミスター・ノウレッジに当たる。彼としても、今回の話は捨て置けないはずだ」


 情報屋が偽の情報を掴まされたとあっては、信用問題だ。

 今回の件に乗ってくるのはほぼ間違いない。


「ったく、資金繰りのつもりがとんだ厄ネタ拾ったもんだ」


 と、悪態はついてみせるが、本当に疎ましいのならば助けるために機動要塞なんてものを呼び出したりはしない。

 そいういう部分はアウトローとしては甘いところだ。

 無論、アッシュ自身自覚はしているが。



 シースベースをアムダリアコロニー群の近くに呼び出してからすでに1週間。

 さすがに5万人もの病人を抱えたままでは身動きが取れずにいた。

 といっても、軽傷な者たちは徐々に意識を回復させ、中毒症状から抜け出しつつあった。

 一方、アッシュを含めキャリバーン号の面々は――全員極限状態を迎えつつあった。


 なんだかんだでキャリバーン号が落ち着く為、休憩時間には全員がキャリバーン号の食堂へと集まってくる。

 流石に時間はバラバラで、シースベース到着後に分かれてから全員が揃ったことはなかったが――偶然、この日は全員が揃った。


「「「「「……はぁ」」」」」


 そしてほぼ同時にため息を漏らす。


「とりあえず、ベルはお疲れ様」

「まだ終わってないんですけどね……」

「私のほうはとりあえず分析が終わったけど、専門知識がないから何ともだ……」

「「こっちはニュースが多すぎて……」」


 4人ともかなり苦戦しているようだ。

 そして残るアッシュも――現状お手上げ状態である。


「ミスター・ノウレッジと連絡がついたが、彼もやはり偽情報を掴まされたことに憤慨していたよ。今回の件で払った情報料の一部返金もあった」

「全額じゃないんだ」

「依頼料と情報料は別、だそうだ。払い戻しになったのは情報料のほうだな」

「で、あっちは何て?」

「持てる全力を挙げて偽情報の出所を調べて、俺達にも共有してくれるってよ。ようはそれまで何もすることがない」


 自分から動くことのできないもどかしさ。そして他の4人と異なり、アッシュは自分で動いているわけではないといううしろめたさ。

 無論連絡がついた後、アッシュ自身も独自に情報集めてみようとはしたが、それがことごとく空振りというか、それらしいものはあるのだが、どうも違うような気がするのだ。


「ベル、あの人たちはどれくらいの間ああいう状態だったのかわかるか?」

「患者の多くは負傷していました」

「具体的には?」

「銃傷が主です。あとは、何かが突き刺さっていたような深い傷。火傷の痕もありましたね」


 その報告を聞いて、アッシュが少し考える。


「……まさか、戦闘か?」

「えっ……?」

「この記事を見てくれ」


 食堂のモニターにアッシュが見つけた記事を表示させる。

 それは、つい1カ月前ほどに起きた惑星国家アルヴでの内乱についての記事。

 王国軍と革命軍が衝突し、結果革命軍が敗北。

 敗北した革命軍の生存者は捕らえられたとされている。


「これが、関係している、と?」

「……待った。革命軍の指導者の顔をアップしてください」


 ベルに言われる通り、記事に載っていた反乱軍の指導者の顔写真を拡大表示する。


「この人、患者の中にいました」

「リーファ・アルヴ第3王女……王族が革命軍の指導者?」

「珍しいことではないですよ」

「マリーが言うと説得力がすげえ」


 彼女も惑星ラウンドの王女。しかも第1王女である。

 そもそも、キャリバーン号が今ここにあるのも、その彼女が行動を起こしたからだ。


「しかし、惑星アルヴか……」

「現在位置からはそう離れてないね」

「でなきゃ敗軍の将が貨物室なんかに突っ込まれやしないだろう」


 惑星アルヴはこのアムダリアコロニー群から最も近い恒星系に存在する惑星である。

 惑星全土がひとつの国家であり、王政を採用しているという点で惑星ラウンドとはかなり似た惑星国家であると言える。

 尤も、内乱が起こるような国ということはそれ相応に問題はあるようだが。


「アルヴについての記事はほかに何かないんですか」

「ちょっと待ってください」


 マリーが携帯端末を操作し、自分達の調べていた情報からアルヴについて書かれたネットニュースの記事を探し出し、いくつかピックアップして食堂のモニターに表示させる。


「ええっと、『惑星アルヴに激震! エル・アルヴ女王、実子である第1王子ライデン・アルヴと第2王子ランド・アルヴを死刑』……?」

「国家反逆罪、か。確かにそれだけ聞けば死刑は妥当だろう。


 と、シルルが言う。実際、その通りだ。

 国家反逆罪という罪状に対する罰則が死刑というのは、何も間違っていない。だがそれはその罪人が普通の人間である場合に限る。

 貴族や王族といった立場の存在する人間は、死刑という判決が下るような罪状であっても早々命を奪われるようなことはない。

 だが――この件は違う。

 記事の続きを見た全員が顔をしかめる。


「民衆の前でギロチン……」

「それを切っ掛けとして不満を抱えていた民衆が武器をとったってことですか?」

「ことはそれほど単純じゃないよ。いくら人気があった王子達を殺したといえ、罪状がしっかりしているのだから、普通はみせしめになって逆らう人間はそこまで多く出ないか、判らないように隠れ潜むものだ」

「恐怖政治、ってやつですか」


 逆らうのならば王族であろうと、たとえ自身が腹を痛めて産んだ子であっても容赦しない。

 それを民衆の前で行うギロチンを使った旧世代的な死刑執行という形で示したのだ。

 ただの民衆が王家に、女王エル・アルヴに逆らう気概を失わせるには十分な効果があるだろう。


「けど実際には第3王女を旗印に立ち上がった、と……」

「第3王女、というのが気になるな……」

「第1王女フレア・アルヴ、第2王女アクア・アルヴも革命軍側だったらしいが、彼女等はこの内乱が起きる半年前に行方不明になってるみたい。だからその後を継いだってことなんじゃないの?」


 と、マコは言うが。本当にそれだけなのだろうか。


「……調べたほうがいいかもしれない」


 と、アッシュがぽつりとつぶやく。

 だがそれは、エアリアへ向かうという当初の目的とはぶつかる。


「アニマ、君も参加してくれ」

『はい。なんでしょうか』

「聞いてくれ。ここから俺達を3つのグループに分けたいと思う」


 そのアッシュの提案に、他の4人は目を見開いた。

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