第62話 別行動

 突然の提案。ただでさえ少ないのに、別行動をするという発想が彼女らにはなかったのだ。

 そんな様子を気に留めることもなく、アッシュは言葉を続ける。


「1つ目。キャリバーンはこのままエアリアに向かう。俺とシルルは確定でこっちだ」

「まあ、キャリバーンとクラレントの整備は現状私がいないとだし、クラレントはアッシュに最適化されているからね」


 加えて、エアリアに向かうのならば現地を知る人間がいた方が良いという理由もある。


「2つ目。アルヴへ向かうメンバーだ。こっちにはマコとアルマが確定。理由は、ベースにあるソードフィッシュを使う都合、生半可な操舵技術では不安なのと対ソリッドトルーパー戦における戦力確保」

「まあ、妥当な判断だね」


 マコが頷く。ソードフィッシュは同規模の艦船としてはかなりハイスペックな艦船であるが、それでもキャリバーン号と比べるとどうしても劣る。

 それを補うのが、マコの腕であり、近づかれた際の戦力としてのアニマ=アロンダイトだ。


「そして最後。このベースで5万人の面倒を見る。これはベルが確定だ。負担が大きいが、頼めるか?」

「はい。この中で多少なりとも知識があるのはわたしだけですから」


 これも妥当な判断だ。

 だが、ここで名前が出なかった人間が1人いる。

 マリーだ。


「えっと、わたくしは?」

「できればベルの手伝いをしてほしいが、自分の意思で決めてくれ。ここまでの配置は各自の能力上他の選択肢がなかったからだ。けどな、マリー。


 そう言われ、マリーは少しだけほっとする。

 役立たずだから名前を呼ばれたわけではない、王女という立場があった人間だから遠慮されているという話ではない、と確認できたからだ。


「ならば、わたくしはここに残ります。もしリーファ王女が意識を取り戻した時、同じ立場の人間がいたほうが話を聞きだしやすいでしょうし」

「よし、決まりだな。行動は速い方が良い。急ぐぞ」



 準備の時間はあまりかけなかった。

 資金繰りという当初の目的はもはや彼等の頭にはなく、シースベースの備蓄を使用し、エアリアに向かうキャリバーン号とアルヴへ向かうソードフィッシュへとそれぞれ積み込み、それぞれの艦にアストラル体が憑依したオートマトンがグループに分かれて乗り込む。

 グランパのグループがキャリバーン号。ダッドのグループがソードフィッシュ。そしてグランマとマムのグループがシースベースで待機。

 これもメインメンバー同様、各々の持つ能力で選抜されている。


「ベースのほうの備蓄は余裕を持たせておけよ。俺達にも必要だが、5万人も抱えてるんだからな」

「ベースの物資が不足したら?」

「ベルがアムダリアに買いに行く。それしかないだろう」


 資金が足りないとは言っているが、それはあくまでもキャリバーン号や艦載機の弾薬費など高価なものが買えないという話だ。

 5万人分となればそれなりに高額にはなるが、それくらいの人数の食料を確保できるくらいの資金は残されている。


 と、先に準備が整ったのか、ソードフィッシュからオートマトンたちが離れ、ブザーと発光信号で合図を送る。


「それじゃあ、先に動くね」

「定時連絡忘れるなよ、マコ」

『最悪、ボクがやりますから』


 マコがソードフィッシュに乗り込み、アッシュたちより先に出発する。

 この場所から惑星アルヴまではワープドライブを使うまでもない距離であるが、それでも3日ほどかかる。

 一方でキャリバーン号が向かうべきエアリアは、ワープドライブを使っての3日程度。

 今はそのワープドライブに異状がないかの最終チェックのため、シルルが最終チェックを行っている。

 その間に、アッシュは携帯端末でミスター・ノウレッジと通話を始める。


『先日ぶりだな。アッシュ・ルーク』

「ああ。進展はないか」

『調べていくうちに、どうもアルヴにいる何者かの情報操作であると私は判断した。その過程でアルヴという惑星国家について少しだけ判ったことがある』

「アルヴに?」

『あの惑星国家が王政であり、王族は女系であるというのは知っているか?』

「ああ。それはまあ」

『だからといって、男系の血筋が弱いわけじゃない。むしろ、王にその資格なしと判断されれば、その時の王位継承者が即座に即位する可能性もある。あそこはそういう国だ』

「? だからなんだって言うんだ」

『第1王子と第2王子。彼等が断頭台へ送られる前は王位継承権第1位と第2位だ』

「ッ!? ちょっと待て。女系だろ、あの惑星国家は」

『その女系王族は半年前に行方不明になっている。加えて、最後の王位継承者であるリーファ・アルヴも革命軍を指揮していたが敗走し行方不明となっていれば――どうなるかわかるだろう』


 王位継承者がいなくなる。国としては一大事である。

 いずれは後継者になる人間を迎えるか、新たな子を設けるかとなってくるが、後者に関しては女王の年齢からしてまず現実的ではない。

 処刑された第1王子ライデンは36歳。第2王子ランドは32歳。

 行方不明になった第1王女フレアと第2王女アクアは双子で26歳。そして第3王女リーファは18歳。

 彼等の母である女王エル・アルヴの年齢は60を超え、新たな子を設けるのには不可能とは言わないが、自身の身に危険が伴う。

 ならば、後継者になる人間を王族に養子として招くというのが一番あり得る話だ。


『加えて。ここ数年、出所不明の薬物が出回っている』

「薬物……まさにその情報が欲しい。症状は?」

『モルヒネのようなものだ。適量ならば鎮痛作用を発揮するが、少量ながら依存性があり、過度の摂取は気力の低下を招く。ただそれだけの薬だ』

「……それだけ?」

『だが、その気力の低下により食欲は喪失。睡眠は最低限になり、薬の効果が続いている間は指1本動かせない。そしてこの薬の恐ろしいのは、一度摂取すれば長期間効力を発揮し続けるということだ。そして薬を長期間摂取し続ければ当然死に至る。本人はなんの苦痛も感じないままに。故に、この薬は『甘き死ズューサー・トート』と呼ばれている』

「甘き死、ズューサー・トート……それの出所がアルヴだ、と」

『少なくとも、原材料となる毒草の中にはアルヴ固有種が含まれているのは間違いない』

「……解った。今から送るアドレスにこの情報を送っておいてくれ」


 端末を操作し、ミスター・ノウレッジにマコとアニマの乗ったソードフィッシュ専用のアドレスを転送する。


『了解した。それで、そこにこの情報を送るということは君は別の事に関わっているのか?』

「今からエアリアに向かう。その為のワープドライブの調整待ちだ」

『エアリアか……』

「何か問題でも?」

『そうだな。問題はない。ただあそこは――』

「アッシュ、準備ができた。いつでも出発できる」


 ミスター・ノウレッジが何かを言いかけたタイミングで、シルルの叫びが聞こえてきた。

 ワープドライブの調整が終わったのだ。


「ああ。わかった。ミスター、話の続きは気になるが――」

『ああ。解った。今後とも御贔屓に』


 通信を終え、アッシュはキャリバーン号へと乗り込み、ソードフィッシュから1時間ほど遅れてシースベースを出立した。



 2隻の出航を見送り、ベルは自身に与えられた仕事へと専念する。

 5万人の薬物中毒者の治療。

 万が一の時のことを考えれば、たった1人の人間が、無数のオートマトンに指示を出してほとんど24時間体制で控えていなければならない、というわけだ。

 幸い、こちらが指示を出さずとも行動してくれるグランマグループとマムグループのオートマトンがいてくれるので、仮眠する時間も確保できそうではある。

 マリーが残ってくれているとはいえ、彼女にとっては辛いものを見ることになるかもしれない。

 薬物の毒性によって次第に蝕まれていく身体。ベルは約5万人のうち、救える人間はその半分以下だろうと考え、トリアージの用意を始めていた。

 が、そんな時携帯端末が短く音を発する。


「これは……」


 送り主のアドレスがわからない奇妙なメール。

 送り主の名はミスター・ノウレッジ。自身もコンタクトを取った事のある情報屋である。

 それだけでも信頼できる、とメールを開く。

 そこにはアッシュの指示で動いたことを告げる短いメッセージと共にファイルが添付されていた。

 ファイルを展開し、それが何であるか即座に理解したベルは、近くにいるオートマトンを1体捕まえ、そのカメラに送られてきたファイルの中身を見せつけながら叫ぶ。


「今すぐここに書かれた化学式の薬物を無効化するか、効力を抑える薬物の調査! 急いで!!」


 その指示を聞いたオートマトンは、どうやらアストラル体の憑依した個体だったようで、すごい剣幕で叫ぶベルに向かい、すこしばかりおびえたような様子で歩行用の脚部を使って敬礼してみせた。

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