惑星エアリア
第63話 浮遊大陸
惑星エアリアの大気圏へ無事突入したキャリバーン号の眼下に広がる景色に、アッシュはまるで子供のように目を輝かせていた。
「どうだい。高高度に存在する天然の大地。その上に築かれた近代的な都市」
「ここが、エアリア。全ての陸地が空に浮かぶ惑星か……!」
近代的な都市とは言うが、アッシュは潮風が吹き抜ける港町を連想した。
しかし港町というには並んだ風車がその雰囲気とミスマッチであり、一目見ればわかるほどの高速で回る羽根の存在が、ここが高高度でそれ相応の風が常に吹いている場所であることを物語っている。
「来たことは?」
「ないよ。そもそも俺が知ってるのはオービタルリングの建造中の写真くらいだ」
惑星エアリアの大地の特性上、軌道エレベーターを建造するのは難しい。
なにせ陸地が空中に浮いており、その位置は絶えず微妙にではあるが変化する。
だがその変化というのは、大気圏を越えて衛星軌道まで伸びるエレベーターシャフトへの影響を考えれば無視できるものではなかった。
結果、惑星エアリアのスペースポートは衛星軌道上をぐるりと1周する巨大なリング――オービタルリングとして建造され、地上への移動は定期便か自身の艦船を使うという方法で行われるようになった。
「でも不思議だよな。オービタルリングって普通軌道エレベーターとセットだろ。エアリアのは固定する支柱すら見えなかったけど……」
「エーテルの技術に関してはエアリアに勝る惑星はないよ。エーテルを物理干渉できる状態に変化させたエーテライトという物質を世界中の街につないで位置を固定しているのさ」
「エーテライト……。ていうかエーテルって固体になるのか」
「エアリアの独自技術さ。っと、そろそろ目的の国が見えてくるよ」
ひときわ大きな陸地が近づいてくる。
宇宙港として用意された広い土地へめがけてキャリバーン号は減速して近づき、ランディングギアを展開してゆっくりと接地し、エアブレーキで最終減速を行い、ゆっくりと指定された番号の駐機スペースへと移動していく。
「ようこそ。カレンデュラ王国へ。まずは私の娘のところに行こう」
「ああ。わか――娘?」
アッシュの思考が停止する。
「そりゃあ1000年以上生きているんだ。恋愛や結婚のひとつやふたつくらいするさ」
「え、おま、え? その性格で?」
そういった瞬間、魔法で生み出した礫がアッシュの頬を掠めて一筋の切り傷を生み出す。
「私も怒るときは怒るぞ」
「はい、すいませんした」
「ああ、そうだ。アッシュ。これを渡しておこう」
そういってシルルは懐から小さなケースを取り出し、アッシュに渡す。
「これは?」
「アストラバレッタのハウリング。その弾さ。全部で12発ある」
「どこでこれを……? 150年前に倒産したメーカーでしか作ってない専用の弾丸だぞ」
「そんなの決まってるじゃあないか。私が作った。そもそも私が社長にオーダーされて作った、威力特化しすぎて誰も使えなかった欠陥商品さ。ま、アッシュなら使えそうだけど」
受け取った弾丸を、早速ハウリングに込める。
片手でハウリングを振って回転式シリンダーを露出させて6発装填すると、手首を返してシリンダーを固定してから安全装置をかけておく。
「こいつを使うことがないことを願うね」
「全くだ。基本はエーテルガンで頼むよ」
◆
キャリバーン号を降り、シルルの案内に従って宇宙港の中を行く。
高高度にある施設だけに、酸素マスクが至る箇所に設置されている。
実際、少し動いているだけでも息切れを起こしそうになり、アッシュはあらかじめ用意していた酸素マスクを装備していなければとっくに意識を失っているかもしれない。
「エアリア人の特徴は不老長寿というわけじゃあないんだ」
「魔法が使えるってのも、特徴じゃない、と?」
「特徴は、低酸素環境への適応能力さ。魔法ってのは、あくまでもごく一部の人間に存在する先天的なエーテル干渉能力でしかないよ。エアリアはそれが盛んに研究されたから、魔法という技術体系が成立しただけで、宇宙中さがせばその素質がある人間なんてごろごろいるさ」
「そういうもんか……」
酸素を吸引しながら、惑星レイスでシルルのみせた魔法の事を思い出して、あんなことができる可能性のある人間が宇宙にはごろごろいると考えた。
「……あまり考えたくない可能性だな」
「ま、素質があっても正しく使えるような訓練を行わなければ不可能ではあるんだけれどね」
エントランスを出て、無人タクシーを拾うと、シルルは行先を入力。すぐに車が動き出す。
AIによって自動操縦されるタクシーは、シルルの指示通りの場所へ向けて動き始める。
「これ、どんな理論だよ……」
「この惑星の技術はね、その根幹にはエーテルがあるのさ。つまり、エーテルというのは――いや、長くなる。端的に要点だけ伝えると、電気や石油の代わりにエーテルが使われていると思ってくれ」
「おいおい、マジかよ。エーテルってそんなに万能だったのか」
「尤も。扱いを間違えれば核弾頭より危険なモノでもあるけどね」
エーテル。霊素とも呼ばれるそれは、宇宙の至る場所で観測できる不可視の物質である。
その性質は流動的で、決定的にこうだ、という性質が存在しない。ある条件で発生する性質と、また別の条件で発生する性質が矛盾しているなんてこともある。
そんなエーテルを生活を支える技術の根幹として使用しているというのは、他の惑星出身のアッシュからすれば単純に驚愕に値する。
それほどまでにエアリアの技術力は優れている、ということなのか、と考えたが――それは少し違うのかもしれない。
ちょっと考えてみればわかることだ。
陸地が空にあるということは、化石燃料が産出することがありえないということだ。
石炭の原料となる古代の樹木が石炭化するのには地熱と地圧が必要なのだが、惑星の核と接していない大地では、地熱が確保できない。
加えてそういうものが人間の前に触れるのは、地殻変動などで何億年も前の地層が地上近くにせり上がってきたからこそであり、それも大陸プレートの移動によるものだ。
それすら起きないとなれば――仮に石炭が生成されていたとしても、それを採集するのは難しい。
だとすれば、どうやって人類は発展したのだろうか。
移民直後は移民船団の使っていた設備を使えるが、それもいつかは寿命を迎えるし、エネルギーだって枯渇する。
なのに発電機を動かすための燃料がなくなれば、科学に頼り切った人間は生きていけない。
「なあ、エアリアってどうやって……」
「発展したか、だね。そりゃあ疑問だろうねえ。化石燃料が採れない場所では人類の文明は発展しない。旧世紀の人間が提唱した説だが、事実その通り。このエアリアでは石油も石炭も採取できない。できたとしてもそれは微々たるもので、惑星全土の人間を満たせるほどの量がない。それを補ったのが――エアリウムだ」
「エアリウム……」
「アッシュ。本来の目的はあるが、それとは別の目撃が私にはある」
「それは、エアリウムか?」
アッシュの問にシルルは頷いて答えた。
「キャリバーン以降に私が設計した艦船やソリッドトルーパーは全てエアリウムを使った強化を想定している。そして私の機体の回収だ」
「機体? お前、こんなところに機体隠してたのか」
「隠したつもりはないよ。ただ、預かってもらっているんだ。娘にね」
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