第64話 秘匿機

 無人タクシーに乗って向かった先は、巨大な建造物。

 無機質な、それもかなり冷たい印象を与えるのっぺりとした外観。

 山を切り崩して作ったようなその建造物に続く長い坂道を上る事なく、その下で無人タクシーは停車し、ドアを開いた。


「ここが目的地か?」

「ああ。私の娘――ハクア・リンベが管理してくれている私の研究室だ。戻ってくるのは多分、50年ぶりだろうか」

「50年、か……俺達からすれば人生半ばもいいところだな」

「ま、それは普通のエアリア人にとっても同じだけど」

「? いや、エアリア人ってみんな長寿なんじゃ……」

「それは、が混じり合った結果起きた変化であって、純血のエアリア人は低酸素環境とエーテル操作能力以外は普通の人間と大差ないよ」


 シルルの言うことを理解しきれず、アッシュは首をかしげる。


「詳しい説明をするとややこしいんだけどね、エアリアが他の惑星と交流を持つようになって何年だか知っているかい?」

「確かここ200年程度の話だったっけか」

「その直前まで、この惑星の人類は規格外のバケモノと戦っていた。そしてそいつらの巣があったのは別世界だったんで、カチコミをかけて全滅させた」

「おいおい、別世界とかそんなの――」

「否定できるかい? 宇宙は1つなんて保証、どこにもないんだよ」

「マルチバース理論、ね」


 アッシュもそれは理解できる。ただ、あまりにもオカルトじみた話で飲み込めないというだけだ。


「で、そのバケモノの巣になっていた世界が、私のいた世界だ」

「……は?!」

「信じるか信じないかはアッシュに任せるよ。けど、ま。エアリアには2種類の人類がいる、とだけ思ってくれればいいよ」


 シルルが建物のロックを解除し、扉を開く。

 瞬間、室内の照明が一斉に点灯し目に痛いほどの光を届けてくる。


「管理されている、ってだけあって綺麗なもんだな」

「さあて、あの子はいるか――アッシュ、しゃがんで!」

「何を――ッ!?」


 殺気。それを察したアッシュはシルルの言う通りしゃがもうとしたが、本能が間に合わないと叫び、とっさに懐からエーテルガンを取り出し、首の横に添える。

 瞬間、鋼鉄の塊がエーテルガンの銃身に叩きつけられる甲高い音が響く。

 アッシュの手がしびれ、グリップを握る手が離れそうになるのを気合で握り締めて堪える。

 そんな衝撃を受けても変形すらしないエーテルガンの頑丈さに感謝するとともに、その一撃を与えてきた相手を、アッシュは睨みつけた。


「いってぇ……!」

「鉄扇?! まさか……!」

「ん? 誰かと思えばこれはこれは。ハクアに頼まれて設備点検に来てみれば珍しい顔と――え、こいつ新しい男? いい加減年下の人間を父親と呼ぶの嫌なんだけど」

「ジュラ!! 彼はそういうのじゃない」

「とりあえず、戦う理由がないなら力弱めてくれると助かるんですがねえ!」

「っと失礼」


 鉄扇を引くと、ジュラと呼ばれた女は引いたばかりの鉄扇を広げて口元を隠す。

 顔立ちは――シルルによく似ている。なるほど、確かに親子と言われればそうかもしれないが、姉妹でも十分通じる。

 まあ、シルルが1000歳越えしているのだから、目の前にいるジュラもまた見た目通りの年齢ではないのだろうが。


「で、君は――」

「アッシュ・ルーク。便利屋ルーク・サービスの代表……」


 アッシュは相手から敵意が消えていることを確認し、エーテルガンをしまう。

 呼吸を忘れるほどのプレッシャーから解放され、呼吸が荒くなりそうなのをどうにか抑えて深呼吸を繰り返す。

 同時に、回避できないと思った時、エーテルガンを構えていなければどうなっていただろうかと想像して背筋が寒くなる。


「そして私の今の旅の仲間さ」

「旅、ねえ。そういえば母さんはラウンドから新造艦とお姫様掻っ攫ってたんだっけか」

「そしてそのキャリバーン号はこの国の宇宙港に待機させてある」

「へえ。で、艦長は?」

「そこの子」

「……マジ? こんなに弱いのに」

「直前まで気配すら読ませないアンタの奇襲を受け止めただけでもほめてあげなさい」


 どうもシルルの口調に違和感があり、むずむずしてくる。

 普段の口調ではなく、本当に娘に語り掛けるような口調であるためだというのは理解できる。

 理解できるが――普段とのギャップで脳が理解しようとしてくれない。


「それで、ここには何をしに?」

「実は――」


 シルルはジュラに何故この惑星に来たのか、という経緯を説明し始める。

 それを黙って聞いていたジュラはうんうんと頷き納得した様子を見せ、口元を隠すために広げていた鉄扇を閉じる。


「蛇が調べていた始祖種族の壁画がエアリアのどこかにある、と」

「少なくとも私はそう踏んでいる」

「なるほどねえ。悪いけど私は知らない。まあ、ハクアなら何か知ってるかもだけど」

「えっと、そのハクアさんってのはどこに……?」

「ちょっと野暮用でね。何でも怪しいヤツを見つけたから追いかけるって……あれ、もしかして」


 ――こちらが持ち込んだ案件に関係あるのでは?


「確かめないと、だ。アッシュ、行くよ」

「行くって、お前。機体がどうとかいってなかったか?」

「ああ。勿論それをキャリバーンに積み込んでからだ。ほら、ジュラも手伝ってくれ」

「えーなんで私が?」

「殺人未遂を見逃す対価で」

「……」


 そう言われては何も言い返せず、シルルの案内に従って3人そろって地下へ向かう。



 地下行きのエレベーターに乗ると、あっという間に下がっていき、ガラス越しに大空洞の様子が見えてくる。

 無数の作業用の機械。今は動いていないが、それが何かを建造するためのものであるのはアッシュでも理解できる。

 だが――少し違和感がある。

 ソリッドトルーパーを造るには高い位置にある。リフトはあるが、そのリフトも少しばかり大きいように思える。

 艦船を造るならば低すぎるし、何よりそんな巨大なモノを造るのならば地下に施設を造ることはないだろう。


「ここは、なんなんだ……」

「個人所有の機動兵器工場だよ。ただし、この惑星ほしだけで使われている、ね」

「この惑星ほしだけで……?」


 さらにエレベーターが深いところへと降りていくと、それに反応して施設全体の照明が一斉に点灯し、巨人の姿を露にする。


「なんかデカくないか?」

「いいや。んだよ、こいつは」


 広い地下工場の中にたった1体。直立状態で佇むそれはソリッドトルーパーよりも大きく、およそ12メートルほど。

 平均的なソリッドトルーパーの1.5倍程度の大きさの機体。

 明らかな人型でありながら、機体の外装を這う動力パイプがいかにもな試作機といった雰囲気を醸し出している。


「モルガナ。それがあの子の名前さ」


 黒をメインとした機体で、各部に暗緑色の差し色が入れられた機体。

 両肩は異様なほど大型化しており、何かがそこに仕込まれているのは明白である。


「造ったはいいけど、このコが完成したころには争いなんてものはほとんど起きない平和な世の中だったからね」

「そういえば……」


 直立している機体がこの1機だけだったため、周りに気が付いていなかったが、よく見れば寝かされた状態で固定されている機体が2機。どちらも普通のソリッドトルーパーよりも大きい。

 その装甲はよく見れば修復された痕がいくつもあり、この機体たちがかつて実際に戦場で使われていたことを物語っている。


「こいつらはなんなんだ。ソリッドトルーパーとは違うのか?」

「ああ。惑星エアリア独自の技術によって生み出された兵器。エーテルを動力に、エーテルに干渉して様々な現象を起こす事ができる機動兵器、エーテルマシン。ま、この子はソリッドトルーパーの技術も使使っているから、それとの間の子あいのこってところかな」


 エレベーターが目的地に到着し、その横にあるコンソールをシルルが起動させると、モルガナの動力にも火が入る。

 そしてそれは膝を抱えるようにして小さくなる。


「さて。コンテナの用意だ。流石にこの機体で出ていくと撃ち落とされかねない」

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