第65話 追跡者

 コンテナにモルガナを積み込み、トラックで宇宙港へ向かう。

 トラックは施設の車庫に置いてあったもので、その運転はシルル自身が行う。


「惑星エアリアは不思議な惑星だな」

「そうかい?」

「そうとも。陸地が空に浮いているのは、そこまで珍しいことじゃない。いや、まあレアケースではあるけど。けどな――」


 助手席の窓越しに街並みを眺める。

 その風景は普通の街のようであるが、人間が何の道具も持たずに空を飛んでいるのは普通ではない。

 魔法。その言葉は完全にファンタジー世界のものであると思っていたアッシュにとって、まさに後頭部を角材で強打されたような衝撃であった。

 無論、惑星レイスで見たシルルの魔法もそうだが、こうして一般的な生活に魔法が浸透している様は、恒星間航行がちょっと長めの旅行程度の感覚になるほど科学が進歩した時代とは思えない光景である。


「――ああ、そうか。魔法という単語でどうも勘違いしているようだね」

「どういうことだ?」

「魔法というのは、そう言った方が便利だから。魔法とは呼んでいるが、結局はその原理も解明されている、素質と知識さえあれば誰だって使える――ただの技術。それに前に言っただろう、廃れたって」

「その割にはずいぶんと一般的になっているような――」


 でなきゃ空を飛ぶ人間なんてものを見るわけがない。


「廃れたさ。アレ、本当に魔法を使っていると思うかい? 違うよ。彼等は皆、代替手段となる科学技術でそれを行っているよ。例えば空を飛んでいる彼等は、四肢につけたプロテクターが飛行用の魔法を行使した際と同じような作用を発揮しているのさ」

「……全然、わからん」

「ちなみにあれを装備した状態では軽車両扱い。免許も必要だ」


 急に現実的な話になった。

 なるほど。確かにあんなものがそこら中を飛び回っているのは危険極まりないし、人間が生身のまま高速飛行するというのは危険な行為であるのは間違いない。


「結局、発展した科学が存在するのならば、魔法なんてものは必要ないんだよ」


 来た道を戻るだけであるが、来たときは気にならなかった風景も改めてみれば自分の常識からすればかなり異質であるとアッシュは感じてしまう。

 尤も。どの惑星にいっても、その惑星独自の文化があるのだからこれもその1つとして受け入れるのが自然なことなのだろうが。


『あーおふたりさん。ちょっと怪しいのが見えるんだけど。どうする?』

「怪しいの?」


 荷台の上で待機するジュラが通信端末で異変を知らせてくる。


『どうも付けられてる気がする。後方に2台、乗用車に偽装しているけど、エンジン音がおかしい』

「具体的に」

『外見に合ってない』

「ああ、了解。アッシュ、運転を変わってくれ。道はわかるだろう」

「え、ああ……って、まさか!?」


 ハンドルをアッシュに渡すと、運転席と助手席の間にある扉を蹴破って荷台に向かった。


「ジュラ。退避」

『了解』


 そう短い会話の後、荷台が激しく揺れる。

 そんな中、アッシュはハンドルが取られそうになりながら、運転席にうつり減速し始めたトラックのアクセルに足を置く。


「ったく、いきなりすぎんだろ」

「どうも」

「ジュラさん……」

「母親が呼び捨てなのに、私はさん付けなのはなんか違和感があるんだけど……いや、それはいいけど衝撃に備えたほうがいいよ」

「それはどういう……」


 その答えはすぐに出る。



 アッシュたちが乗ったトラックを追う2台の車。

 一般的な車両のように見えるが、それは見た目だけの事。

 ジュラが指摘したように、その中身は全くの別物である。

 それは、荷台に乗せられたコンテナの中で、膝を抱えたままのモルガナのコクピットから周辺状況を確認したシルルも理解した。


「ちょっと揺れるよーっと」


 立ち上がりながらコンテナの天井を突き破る。

 荷台で立ち上がる12メートルの巨人。

 コクピット内のモニターには様々な周辺情報が一気に表示されるも、それらすべてに目を通してシルルはコンソールを操作する。


「突いてみるか。エーテルブラスト、威力・効果範囲ともに最低限。出力も最低限で発射」


 モルガナの両肩の装甲が展開。それと同時に、不可視のエーテル弾が発射された。

 言ってみれば、アッシュが使うエーテルガンをより大型化・高出力化した装備であるエーテルブラストは、最低出力であったとしても直撃すれば人間を吹き飛ばすことくらいはできるものである。

 それを、街中で放った。

 無論狙いは追跡してくる2台の車。

 弾速も早く、普通ならば避けることは困難――なはずだが、着弾地点にいるはずの2台の車は存在しなかった。

 代わりに、舗装された道路が吹き飛び、破片が宙を舞う。


「おや……まさか可変タイプのソリッドトルーパーだったか」


 エンジンの音がおかしい、とジュラが言っていた。当然だ。

 そもそも、追ってきたのは車なんかではない。

 車に偽装した、ソリッドトルーパーである。


「データベース接続――なるほど、ノックルーマ、か」


 地上専用ソリッドトルーパー、ノックルーマ。

 かつての戦争で、敵地へ侵入し破壊工作を行う目的で開発された機体であり、外見上ではほとんど一般車両と違いが判らないというのが特徴である。

 しかし、それに特化しすぎて正面切っての戦闘は苦手であり、あくまでも相手の準備が整う前に攻撃して撤退することを想定している為、継戦能力は低いし、可変構造そのものがフレームの耐久性を低下させているという問題を抱えている。


「その機体でこのモルガナの相手をするのは自殺行為だ」


 両肩の砲門からエーテル弾を連射する。

 それを巧みに躱す2台――いや、2機のノックルーマ。

 マシンガンとなっている両腕を向け、モルガナへ反撃してくる。


 ――が、その弾丸はモルガナどころかトラックにすら命中しない。


「左腕部術式正常稼働確認。プロテクトフィールド展開中」


 左手をかざして発生させた防御フィールド、プロテクトフィールドが放たれた銃弾の悉くを受け止め、消滅させた。

 流石にその様子を見て手を変えるつもりなのか、2機は距離を取り、家屋が並ぶ街中めがけて跳ぶ。


「まだ来るつもりか。だが……」


 モルガナからはすべてが

 一度ターゲットに設定した相手を逃さず、その動きをトレースし続けている。

 故に。どのタイミングで仕掛けてくるか、というのも手に取るように理解できた。


 家屋の屋根を跳び越えるようにスラスターを噴射しながら跳びあがるノックルーマ。

 左右からの同時攻撃で、モルガナ本体かトラックを攻撃するつもりなのだろう。

 進行方向に対して右側から迫る機体には左手をかざしてプロテクトフィールドを展開するモルガナ。

 反対からの攻撃には視線を向けつつ、右手をかざす。


「攻撃術式。魔弾ブリット起動」


 右掌から淡い光の塊が放たれ、攻撃しようと仕掛けてきたノックルーマの上半身を吹き飛ばす。

 より正しくは、被弾した場所を中心に、装甲とフレームをまとめて


「こっちはまだ改良の余地あり、か」


 味方が撃墜されたことで残ったノックルーマも撤退を決めたようで、攻撃をやめて離れていく。


「一応は状況終了、か」


 短い戦闘だった、と一息つこうとしたがモルガナのモニターにあまり見たくないものが映ってしまう。


『おいシルル。お前がドンパチ始めたせいで警察が来たぞ』

「みたいだねえ」


 エアリアは浮遊大陸ばかりであるためか、警察もジッパーヒットの大気圏内用仕様を使っているらしく、大出力スラスターを唸らせながら直立するモルガナを乗せたまま走るトラックを追ってきてる。

 流石に明らかに怪しい連中とは違い、民衆の味方である警察を攻撃するほど倫理観が吹っ飛んでいるわけではない為、両肩の砲門を閉じる。


「どうする。一応アッシュは宇宙海賊だからお世話にはなりたくないだろう」

『お前だってラウンドから指名手配されてるだろうが』

「なら、ここでモルガナを使って逃げるか。ジュラ。後は任せる」

『無茶ぶりが過ぎるわ、母さん。でもま、何とかしましょう』

「なら決まり。ちょっと乱暴にいくよ」

『へ?』


 そういうなり、シルルはモルガナの手をトラックの屋根に突き立て引っぺがし、コクピットハッチを開く。


「こういうこと」

「……納得したわ」


 アッシュは運転席を離れ、モルガナのコクピットに乗り込む。

 それと入れ替わりに、ジュラが運転席に座る。ハンドルを乱暴に切った。


「ジュラ、またいつか。ハクアとも仲良くするのよ」

「私は二度と会いたくないわ。あと、私を何歳だと思ってるの」

「親からすればいつまでも子供は子供よ」


 モルガナのハッチを締め、トラックの荷台からふわりと浮かび上がる。

 それを確認したジュラはハンドルを乱暴に切ってトラックを派手に転倒。わざと爆発を起こして目晦ましをしつつ、その場から撤退した。


「……なんか妙に手馴れてないか」

「あの子も私ほどじゃなくとも長く生きてるからね。アクション映画みたいな経験も1つや2つじゃないのさ」


 そういうものなのだろうか、とアッシュはとりあえず納得することにした。

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