第66話 逃走
追跡者を撃退したのはいい。が、今現在の状況はあまりよろしくない。
大気圏内用に調整された警察のジッパーヒットはその圧倒的な推力を使ってモルガナに迫る。
モルガナも、アッシュにはどんな技術を使っているのかさっぱりだが、宙を舞うように飛び回り、追いかけてくる警察の部隊を翻弄する。
「どうするんだよ。このまま宇宙港に行っても厄介事を増やすだけだぞ」
「解ってるさ。キャリバーンのほうはダッド達に操作してもらってどこかに移動させればいいけどまずは――――」
一斉にジッパーヒットが腕に装備されたリング状のクローを射出する。
言ってみればそれは手錠。捕まえた相手を拘束するための装備である。
その連射を回避しながら、モルガナは高度を上げる。
「警察の機体に攻撃するのは気が引けるなあ」
そう言いながら、モルガナはスカートアーマーを展開すると、そこから何かを射出した。
それはすぐさま炸裂し、黒い煙を周囲に散布し、後続の視界を奪う。
「お前……この機体にどれだけ仕込んでるんだ」
「モルガナは後方支援能力に秀でた機体として調整はしている。が、どの距離でも戦え、どんな状況にも対応できるように仕込みはしているさ。隠し腕もあるよ」
「これで何と戦うつもりだったんだよ」
「んー。神様、かな」
――それは冗談なのだろうか。
少しいつもの軽口とは雰囲気が違うシルルに、アッシュは少しだけ考えさせられる。
だがそれを遮るように、モルガナが接近警報を鳴らす。
煙幕を突き破り、1機のジッパーヒットが突撃してくる。
が、その全身は煙幕に含まれている特殊塗料で汚れ、カメラも塞がれている。
となれば当然、その突撃はこちらを認識した上でやっていることではない。
「まずい!」
シルルは機体を加速させ、自身の横を通り過ぎて急に降下しはじめたジッパーヒットを追いかける。
「どうなってんだあれ!」
「あの煙幕の中を無理に突っ切ってきたからだ。あれにはカメラを物理的に潰すだけじゃなく、センサー類も狂わせる塗料が混ぜ込んである。つまり――」
「今のアレは上下左右の認識がちゃんとできないってことか!! んな物騒なもの街中でばら撒くな!!」
「センサー類が死んだら普通立ち止まるもんだろう!?」
口論している間も高度をさげ、墜落していくジッパーヒット。
それに追いつき、モルガナは脚を掴んで急上昇する。
といっても、ジッパーヒットそのものはそのまま直進しようとするので、ただ上昇する以上に機体へ負荷がかかる。
事実、脚を掴んで大推力を抑え込んでいる左手と手首関節への負荷がみるみる増していき、レッドゾーンに突入しそうになっている。
「くっ、破壊した方が楽なんだけどねえ!」
掴んでいるジッパーヒットの脚はあくまでも接地脚としての機能しかない細くて小さい。あまり長いこと掴んでいると、脚が本体の推力に耐え切れず脚が根元から折れかねない。
事実、モルガナの手を伝ってジッパーヒットの関節が軋む音が聞こえてくる。
「とりあえず上空へ投げ飛ばせ!」
「了解!」
両手で接地脚を掴み、フルパワーで上空へと放り投げる。
「左右のスラスターユニット保持アーム、両脚の付け根!」
「言われなくても!!」
放り投げられ完全にバランスを崩したジッパーヒットめがけて、右手を突き出す。
「
右手から放たれる光の弾丸。それがジッパーヒットの背中にある2つのスラスターユニットの付け根を破壊し、左脚の付け根を破壊する。
が、右脚はそのままで、弾丸が発射されない。
「おい、どうした」
「弾切れだ……」
「ならハッチ開けろ!」
「ええっ!?」
「いいから!」
アッシュに言われるままにモルガナのコクピットハッチを開くと、アッシュはエーテルガンを構えて推力バランスが崩れて上空で暴れるジッパーヒットに狙いをつける。
「無茶だ! こんな場所から狙えるわけが……」
「やってみるさ」
アッシュはエーテルガンを最大出力にして引鉄を引く。その反動でアッシュの身体は後ろへと吹っ飛ばされ、シルルにぶつかる。
放たれた
が、ジッパーヒットの右脚が根元から吹き飛び、命中したことを告げている。
「シルル!」
「解ってる!」
メインの推進器を破壊されたジッパーヒットはその重量を滞空させておくことができず落下を始める。
それを受け止め、開けた場所へゆっくりと下ろしてから離陸。
そのまま加速して現場から離脱する。
「ところでアッシュ。君がぶつかったのはどこだったかわかるかな」
現在進行形で胸に後頭部を押し付けるような恰好で倒れ込んでいるアッシュに、シルルは笑顔で問いかけた。
「……すまん、ちょっと動けそうにない」
「だろうねえ」
コンソールとシートの間に挟まるような恰好になっているので、動けないのは仕方ない。
とはいえ、さすがにしばらくはこのままの恰好というのも少々恥ずかしいのか、シルルの顔が若干赤い。
それについて何か言おうか、とも思ったがそれを口に出せば即座に殴られるだろうことは想像に易く、アッシュはだんまりを決め込んだ。
◆
市街地から離れた場所――というより、カレンデュラ王国の真下にキャリバーン号と合流したアッシュとシルルは、モルガナを格納庫に収めると、2人は即座にブリッジへ向かい、自分の定位置に腰を下ろした。
「なんとか巻いたか」
「流石に国の外――しかも真下にいるとは思わないだろうさ。それよりモルガナのことなんだけどね」
「……アレ、調整終わってないだろ」
「その通りだ。右腕の攻撃用術式・
「たしかハクア、さんだっけか」
「怪しいヤツってのが気になるが、きっとそれも私達を襲ってきたあのノックルーマに関係しているんだろう」
でなければ、この惑星ではまだ何もしていないアッシュたちが追われる理由がない。
どこから監視していたのか、あるいは偶然だったのかはわからないが、奴等が何を狙っていたかも気になる。
そうなれば1機逃がしたのは惜しい事をした。もし捕まえていれば少しばかり乱暴な手を使う事になるかもしれないが、話くらい聞けただろうに、と。
「とはいえ、あの子の機体は地下格納庫に置いてあったままだ。そう遠くへは行っていないと思うが――」
「危険じゃないのか?」
「何が?」
「そのハクアさんってのも女性なんだろ。だったら――」
「ああ。気にすることはない。あの子は銃弾程度ならば素手で叩き落せるから」
「は?」
それはもはや人類というくくりから外れた何かではないのだろうか、という疑問が頭に浮かぶ。
が、ジュラの事を考えれば自身の持っている人間の定義には収まらない人物がもう1人いても不思議はないのではないか、とアッシュは自分自身に言い聞かせて納得させる。
「なんにせよ、現状手がかりになりそうなものはハクアの追った怪しいヤツだけ。始祖種族に関する情報に関してはさっぱりだ」
「んじゃあ、カレンデュラ王国でそういう奴等が集まりそうな場所って――」
「ないね」
即答だった。
情報が少しでもほしい現状において、それでは少々困るのだが。
「何せこの国で悪事を働こうものなら、天罰が下るからね」
「? よくわからないな、それ」
「エアリアにおける最も新しい神話の話さ。有翼有尾の機械神のね――って、ああ。あそこがあった! えっと、確かこの辺りに――」
コンソールを操作し、カレンデュラ王国の周辺マップをメインスクリーンに表示する。
そして周辺の小島をいくつかピックアップしていく。
「王国本土ならともかく、こういう離島には監視の目が緩くなるし、資源採掘で掘られた坑道もある」
「でもノックルーマみたいに飛行能力のない機体を扱う連中が関わってるとしたら、離島にあるのはおかしく――いや、待て。シルル、今も動いている資源採掘用の島はどこだ」
「ん? ここだね。それなりの大きさもあるから結構大規模な採掘作業が行われているはずだけど――それが何か?」
「ここから資源が運ばれるコンテナを使えば、ノックルーマも離島から運べるんじゃないか……」
「……なるほど。ではここに向かおうか」
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