第60話 呼び出し
少しばかり予想外の展開になった、とアッシュはブリッジで頭を抱えていた。
情報屋の情報の完璧ではない、ということだ。
「あとでミスター・ノウレッジには苦情入れとくか」
「アッシュさん、この人たちは……」
自身の意思でベルのバイザーを通して送られてくる映像を見たマリーは、顔を青くしながらなんとか言葉を絞り出していた。
見るだけでも気分が悪くなるような光景である。
「ベル、誰でもいい。症状は?」
『確認します』
ルールを決めない限り誰を相手にしても手加減をしないが故に、荒事になった時には皆殺しにしかねないベルを突入させると決めた時には思ったが、結果的にプラスに働いた。
瞳孔の確認や、脈拍や呼吸の確認などをし、とりあえずは生きているということを確認する。
『薬物中毒、のような症状が確認できますが……』
「詳しいことまではわからない、か。それで、何人くらいいる」
『わかりません。こうも折り重なっていると……』
「わかった。とりあえずはベル、ブリッジに行ってくれ」
『ブリッジ、ですか?』
「予定変更だ。エンペラーペンギン号まるごと頂いていく」
ベルに指示を出し、アッシュはシートに腰を下ろして深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して肺の中を一度空にする。
「……一旦このコロニー群からあの艦を連れて離れる。シルルには負担をかけるが、エンペラーペンギン号の遠隔操作とジャミングを頼む」
「了解だ」
『こちらベル。確認できたクルーは脱出ポットに乗せてコロニー方面へと射出済みです』
「マリーは周辺でキャリバーンとエンペラーペンギン号を隠せる小惑星群を探してくれ」
「は、はい!」
「ベルとアニマはそのままエンペラーペンギンで待機。直撃コースの小惑星があったら撃ち落としてくれ」
『わかりました』
「ったく。これからやる事は山積みだぞ……」
頭が痛い、とアッシュは笑って見せるが、作り笑いであると誰が見ても明らかなものであった。
◆
アムダリアコロニー群から少し離れた場所。その宙域でキャリバーン号とエンペラーペンギン号を接続。
シルルとマリーが大量の医療品を持ち、医療系の機能を搭載したオートマトンを引き連れベルと合流。
アニマはエンペラーペンギン号がから離れ、キャリバーン号の格納庫へと帰還し、オートマトンたちの整備を受けている。
「で、アッシュ。これからどうするのさ」
「さあな」
結果、キャリバーン号のブリッジにはアッシュとマコだけが残ることになる。
だからだろうか。気の置けない相手だからか、2人とも落ち着いている。
「あれだけの人数を集められるとなれば、蛇絡みじゃないとしても普通の組織じゃ無理だ」
「じゃあミスター・ノウレッジの情報が間違っていた、って線は?」
「わざとガセネタ掴ますなんて真似はしないさ。情報屋ってのは信用第一なんだからな。だとすれば、ミスター・ノウレッジを出し抜いた情報操作のプロがいるってことになるんだが――」
シルルが裏取りを行ってなおこの結果だというのはいくらなんでもおかしい。
信用できる超一流の情報屋と、超一流のハッカーであるシルル。その2つを出し抜ける人間など、宇宙広しといえどそうそう見つかるものではない。
可能性として考えられるのは、大きな組織による大規模な隠蔽と偽装工作。
それこそ、アッシュたち共通の敵であるウロボロスネストのような巨大な犯罪組織が後ろにいるという可能性が最も高いという話になってくる。
「ともあれ、総勢何人アレに詰め込まれてんだ……?」
「さあ。そのあたりのカウントはオートマトン隊に任せればいいんじゃない?」
「そいや聞いたか。オートマトンの中でも指揮官ってのがいるらしいぞ」
「え、何それ初耳」
「グランパ、グランマ、ダッド、マム。この4機のオートマトンが統括しているんだと」
『そのグランパからの報告だ』
「「うわああっ!?」」
いきなり通信回線が開いたものだから、2人して
『珍しい声を聞けたねえ』
「シルルッ!」
「……いいから報告してくれ」
『エンペラーペンギン号に収容されていた人数はおよそ5万人。一応グランパは正確に数えているけど、口頭での報告ならざっとした勘定でいいだろう』
「万!? どこにそんな……」
驚くマコに対して、アッシュは冷静だった。
いくらエンペラーペンギン号が巨大な輸送船だと言っても、それだけの人間を一度に運ぶことはできない。――普通の方法ならば。
「お前も見ただろ、マコ」
「……人間を積み荷扱いにして」
『ベルの見つけたのは最低の扱いを受けた人間らしい。他の区画で見つけた人間はもう少しはマシだった。けどまあ、話は聞けそうにない』
「了解。治療は可能か?」
『薬物に関しては中和剤を精製可能か演算中。ベルも知らない薬が使われているらしい』
「そうか……シルル、身元はわかるか?」
『やってみよう』
治療も困難。話も聞けない。となれば、この状況の手がかりとなりそうなのは彼等彼女等の身元だけ。
だがそれがわかったところで、どうすれあいいのか、と。
約5万人。ちょっとした街と同等の人数をどうやって運ぶ。しかもほぼ全員が薬物の影響で話もできない状態。
半端な場所で手放せば間違いなく全員が死ぬ。
「マコ、アレを呼ぶとどれくらいかかると思う?」
「アレ……? って、アレ呼ぶの?!」
「ああ。流石に5万人だぞ。並みのコロニーやステーションで受け入れられる数じゃない」
「確かに、アレならそれくらい収容できるけど、呼び出せる空間がない」
「だったら作ればいいだろう」
「無茶苦茶だ!」
『あー、通信繋ぎっぱなしなんだが。何をもめてるのか我々にも説明してくれないかな?』
『わたくしも気になります』
アッシュとマコだけで盛り上がっていて、それもかなり思わせぶりな会話だ。これで気にならないわけがない。
「シースベース。俺達『燃える灰』の持っている機動要塞だ」
『機動要塞!? 宇宙海賊が!?』
シルルが驚愕の声をあげる。
そりゃあそうだ。拠点を持っている宇宙海賊は多いが、それらは基本小惑星であったり、既存のコロニーであったり、あるいは廃コロニーを改造したものだったりだ。
一方、機動要塞――要するに航行能力を持つ要塞を所有する宇宙海賊など広い宇宙を探せばいくらか見つかるかもしれないが、それでもごく僅かか、『燃える灰』以外には存在しないか、だ。
「一応医療設備もそろってる。医薬品に関しては――まあどうかわからんが、ただ手をこまねいているよりはマシだろう」
『ですが、5万人も収容できるのですか?』
「できるさ。問題は、この周囲を掃除しないといけないってことだが――アニマ、いけるか?」
『はい。身体のメンテナンスは終わっています。ボクはいつでも』
「んじゃまあ、掃除開始だ」
◆
掃除、といってもやる事は単純だ。
キャリバーン号とエンペラーペンギン号の各部ビーム砲、レーザー機銃をすべて使って破壊できるものを片っ端から破壊していく。
また各ソリッドトルーパーもビーム系の射撃武装で同様の作業を行っていく。
ただそれだけである。
そしてある程度細かくした後は、クラレントの出番である。
「よし、マコ。信号送れ」
『各機各艦安全圏へと退避確認。信号発信――』
「あの、アッシュさん。シースベースってどれくらいの大きさなんですか……」
「いや、掃除したからわかるだろ」
「ええ。わかります。わかりますけどこの範囲は――」
『返答あり。ワープアウトしてくるよ』
空間が歪む。その空間のひずみから、巨大な人工物がゆっくりとその姿を現す。
全体的なフォルムはクラゲかキノコを思わせ、クラゲでいうところの触手、キノコでいうところの柄ににあたる部分は多様な武装と艦船用のドッグが取り付けられており、そこにはかつてアッシュとマコがラウンドの衛星工廠を襲撃した際に使っていた艦と同型の艦――ソードフィッシュがいくつか固定されたままである。
その大きさは、異様。
エンペラーペンギン号であってもかなり大きいと言えるのに、それをはるかに超える巨大さ。
傘の部分にあたるドーム状の部位の半径だけでもエンペラーペンギン号の2倍はある。
「これがシースベース。宇宙海賊『燃える灰』の各種装備を製造する工場であり、各種資材保管用の武装拠点。並大抵の要塞よりは強いぞ」
「大きすぎますって……」
あまりの大きさに、ベルが若干引いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます