第59話 醜悪
アムダリアコロニー群のひとつである貿易専用コロニーから、巨大な艦船が出航しようとしている。
エンペラーペンギン号と呼ばれる、船体の左右の大きくペンギンがペイントされた超大型の輸送船であり、宇宙最大規模のワンマンシップ。
全長1550メートルの巨体は、並みの巡洋艦ならば中に格納できてしまえるほどであるが――流石にできるような設計はされていない。
が、これほどの巨体が目立たないわけがなく、数多の宇宙海賊から何度も襲撃を受けている。
にもかかわらず今もなお健在なのは、この艦船がただの大型輸送船としては過剰な火力を持つハリネズミのような艦船であり、数多の攻撃に耐え切る強固なシールドを展開できるシールドジェネレーターを装備して艦船であるからである。
民間の艦船であるが、その戦闘力は戦艦にも匹敵――あるいは、移動要塞か。
その名声が宇宙にとどろくようになり、次第に海賊と遭遇しても海賊側から避けてくるようになってそれなりの年月が経ち、かの輸送船のクルーたちは慢心していた。
制御システムが狂わない限りは、安全に仕事ができるのだから、ちょっとした宇宙旅行気分だろう。
事実、ちょっとやそっとの攻撃では破れないシールドと、それを突破されてもあっという間に敵を撃ち落とせるだけの火力を持っているのだから、その慢心も仕方ない。
「お前、この仕事のあとどこ行くよ」
「まずは飯と酒。その後女だ」
などと言い合い、少々品のない話をしながら、メインエンジンに火を入れ、少しずつ速度をあげていく。
『警告。接近する熱源反応確認。現在の速度では衝突します』
と、平穏は突如として破られる。
システムが警告を促し、メインスクリーンに位置関係を簡単な図にしたものを表示させる。
「真下から突っ込んでくる?!」
「この速度でか! 正気じゃないぞ!!」
『識別……断定。惑星ラウンドで製造されたワンマンシップ、キャリバーン号と断定』
「キャリバーン号!? それってまさか――!」
『対象の艦船から宇宙海賊『燃える灰』が使用する艦船と同類の識別信号を確認しました』
「なんで『燃える灰』が!」
困惑するクルーなど意に介さず、キャリバーン号との距離は近づいていく。
「右舷の全推進器全開!」
衝突を避けようと右舷側の推進装置を全開にして巨体を移動させようとするエンペラーペンギン号。
だがそれでも間に合わない。
『衝突します』
「うわあああッ!!」
システム音声が最悪の結末を告げる。
が、いつまでたってもその時は訪れない。
『けkkkkkkいこkkkkく……接近nnnnnn』
「何が起きている!?」
「メインシステムがハッキングを受けてる! でもどこから……」
そんなものは決まっている。
艦の航行システムがどこかのネットワークと接続されている限り、そのネットワークへと介入して侵入してくるのが、ハッカーである。
現代において、どこのネットワークにも接続されていない艦船なんてありはしない。
特に企業や組織に所属する艦船は、定期連絡というものがある。その際に使うネットワークや、ネットニュースの閲覧やメールでのやり取り。
それらすべてのネットワークが存在する。
だから、どこから侵入したかは問題ではない。
入口は無数にある。だから鍵があったとしてもそれは無意味だろう。それをこじ開けてくるのがハッカーだ。
問題なのは、侵入されたのにどうして気付けなかったか、である。
艦のシステムも無防備ではない。不正なアクセスを検知すれば即座に警告を発し、あらゆるセキュリティシステムが起動するだろう。
最悪、侵入が防げないとなれば電源を強制的に落として侵入そのものを不可能とするという手段もとれたはずだ。
が、それができなかったというのは異常だ。
気付いた時にはすでにシステムが完全に侵入者の手によって改ざんされており、今すぐに修復するのは不可能。
この状態で襲撃を受ければ、ひとたまりもない。
『全艦停止します』
そうシステムが宣言するなり、最低限の機能だけを残してエンペラーペンギン号の全システムが停止した。
具体的には酸素供給関連とエアコン以外のすべてが停止した。
「くそっ、何がどうなって――ッ!?」
ブリッジの特殊ガラス1枚隔てた向こう側にいる巨体が銃口を向けている。
と、同時にブリッジのすぐそばにアンカーを打ちこんで通信回線を強引に開く。
『あーテステス。本日は晴天なり。本日は晴天なり』
「女……?」
「ふざけてるのか!」
『ふざけてはいないよ。ちょっと君たちのところの積み荷を確認したいだけさ。その間、君たちは私とお話していればいいんだよ。もし断るっていうのならば、ブリッジの
「まさかお前が……!」
ハッカー自らが出てきているということへの驚きと、同時に相手に生殺与奪のすべてを握られているという恐怖に、ブリッジクルーは何も言えなくなる。
『黙られても困るんだよなあ。一応記録によれば今日輸送しているのは採掘用小惑星から採取された鉱石類ということになっているんだけど――これ、違法採掘だよね』
「そんな訳が――」
『ああ、あまり今の『燃える灰』の操作能力をナメないほうがいい。君たちに黒いものがなくとも、君たちの所属する会社が黒だった、なんてことはあり得ないはなしじゃないって、わかるだろう?』
「……」
『っと、連絡が……え、は? はあ!?』
どうも、通信してきている相手の様子がおかしい、とエンペラーペンギン号のブリッジクルーは顔を見合わせる。
『ちょ、ちょっと待ってくれ!? おい、そこのブリッジクルー2名!』
「な、なにか?」
『君たちは今日の積み荷はなんだと聞かされていたんだ!』
「資源採掘用小惑星で採取されたレアメタルと、コロニーで加工した電子部品類だと……」
『そんな訳あるか! これは……いや、なんでこんな……!』
◆
ブリッジクルーの注意を逸らしていたシルルが混乱しているのとほぼ同時刻。
シルルのハッキングによって偽の情報を掴ませたエンペラーペンギン号へ、アロンダイト――アニマに運んでもらい、生身で艦内に侵入したベルは貨物室に到着するなりその光景をどのように表現すべきかと思考を巡らせる。
適切な言葉が思い当たらない。
ベル自身も覚えのある光景であり、そして忌むべき光景。
貨物など一切ない。
聞かされていたのは、違法採掘された鉱石類。それにプラスアルファはあるというのはあり得るとは思っていた。
そしてそれが偽造である可能性の方が高いとも考えていた。
だが、だからといって――これはない。
「……ひどい」
貨物室の様子は、ベルのつけたバイザーに取り付けられたカメラを通じ、キャリバーン号のブリッジへと共有されている。
だから、キャリバーン号のブリッジにいるメンバーにもベルの視界が共有される。
『……ベル』
「マリーさんには見せましたか?」
『見ない方がいいとは言ったがな』
「自分の意思、ですか。でも、この光景は少し刺激が強すぎるのではないですか」
ベルは口と鼻を押さえながらヘルメットを外していたことを後悔した。
血と汗と、糞尿の混ざり合った汚臭。
吐瀉物にも似た見た目の食料らしき何かが発する腐敗臭。
加えて、明らかに普通ではない密度で空間に満ちる薬物の臭い。
そのすべてが不快であり、そもこんな状態が長期間続けば健康を害するのは目に見えている。
そんな空間に、鉄格子の中に入れられた無数の人間。
老若男女問わず、男女というくくりだけで無造作に詰め込まれた人間。
薬物のせいもあってか、誰もかれもが虚ろな目をしており、生きるために必要な気力というものが一切感じられない。
「これじゃあ、奴隷船じゃないですか……」
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