アムダリアコローニー群

第58話 資金繰り

 惑星レイスを発つ準備を終えたキャリバーン号は、航路の最終確認を行い次の目的地へと向かう為に食糧と弾薬の補充をスペースポートで行っていたのだが……。


「へっ?」


 スペースポートから回されてきた請求書を見て、ベルが顔を引き攣らせた。

 金額がとんでもない事になっていた。


「え、ちょ、え?」


 他のメンバーが信用出来ない、とアッシュから金銭管理を任されていたベルは請求書を改めて確認し、0の数を数える。


「……」


 食糧に関しては仕方ない。5人分の食糧を1カ月分に多少の余裕を持った発注をした。

 医薬品と衣料品もある程度は発注をかけたが、これさ微々たるものだ。

 各種弾薬類とソリッドトルーパー関連の部品もかなりの金額になるし、艦用の資材も不足分を仕入れた為これも仕方ない。

 だがそれらを考慮したとしても多過ぎる請求額に困惑する。


「あ、アッシュさぁぁぁぁんッ!」


 混乱しながらも最高責任者であるアッシュに通信回線を繋ぐ。


『どうしたんだ、ベル』

「請求額が、請求額がああああ!!」

『請求額? こっちに回し――』

「はい」

『――何じゃこりゃああああ!?』


 回されてきた請求書を見てアッシュも叫びを上げる。


『え、は? なんだこの請求額』

「心当たりがないんですけど……」

『……いや、もしかしてだが心当たりがある』

「あっ」


 ベルも察した。この請求額になる理由。

 やりそうな人間が、1人いる。


「シルルさん。ちょっといいですか?」

『何かな? 今はちょっと手が離せないんだけど』

「それはもしかしてこの異様な物資購入費に関係していますか?」

『……なんのことかな?』


 白々しくとぼけるが、もうそれは自白しているのも同然である。

 実際、通信機の向こうからは何やらひっきりなしに溶接用のトーチが火花を散らす音が聞こえてきている。


「で、アッシュさん。黒確定しましたけどどうします」

『どうするもこうするもあるか。今はいいけど、次の弾代がないぞ』

「特にミサイルの使用は控えないとですね」

『はっはっは。すまないね。でもこれも必要だったのさ』

『それについては後で問い質すとして、だ。とりあえず資金繰りが必要だな……』

「と、なれば手っ取り早いのは高額賞金首を狙う、とかですか?」

『あとは――海賊らしく』

「……いただいていく?」



 惑星レイスからワープドライブで1週間ほど惑星エアリアのある恒星系方面へと移動した場所。

 アステロイドベルトでもなく、プラズマベルトもないそこにはスペースコロニー群――アムダリアが存在している。

 惑星エアリアのある恒星系の外側。暗黒宙域とも呼ばれる場所であるが、このような場所にも人類は生活している。

 重力制御機構グラビコンによって、用途に特化したコロニー群をまとめ、小惑星として太陽系の外周を回るそれは、スペースオアシス同様に様々な勢力に長旅の中継地点として使われている。

 ただ、スペースオアシスと異なるのは、この場所が一種の独立国家のようなものである、ということであり、入港するにしても審査が行われるだけでなく、場合によっては入港を拒否される。

 だからだろう。どのスペースコロニー群においても共通の問題として、犯罪組織の温床にもなっている。


「あー、現在の我々キャリバーン号の運営資金源たる『燃える灰』はたった1人の天才とバカを紙一重で行ってる奴のせいで致命的な資金難に陥りました」

「なんでそんなことに……」

「なあ、紙一重。説明してくれるよな?」


 一同の視線がお縄になったシルルに向けられる。

 一切の身動きが取れないように捕縛用のワイヤーで縛られ、自分の席に括り付けられている。

 尤も本気で縛っているわけではなく、すぐにほどけるようにはしてあるが。


「いやあ、元々高性能機であるクラレントと、私が自ら改造したアロンダイトの性能に比べて、フロレントはやや劣っていると感じられてね。勝手ながら追加装備を造っていたのさ。で、その素材として結構なものが必要になってねー」

「そういうことなら――って、そうじゃねえ! そういうのは事前に申請しておけばどうにかしてたって話でなぁ」

「てへぺろ☆」

「1000歳越えにやられてもなんか腹立つわ! むしろそんだけ年齢を重ねてんなら報連相くらいちゃんとしろ!」


 まったく、とあきれて嘆息するアッシュ。この中でシルルとの付き合いが最も長いマリーですら、今回の一件に関しては少々やりすぎていると感じているのか、視線が冷たい。


「で、なんでこんなところに来たのさ、アッシュ」

「決まってんだろ。だ」

「……へぇ」


 マコの口角がつり上がる。


『あの、海賊のほうのお仕事とはいったい?』


 専用のオートマトンでブリッジで行われているこの会議に参加していたアニマが尋ねる。


「普通の宇宙海賊ってのは、貨物船とか客船を襲って金品を奪うもんだ。けど『燃える灰』ってのはな。悪党からしかものを奪わねえ」

『でもそれって結局、誰かの物品を貰っているのでは?』

「その点は問題ない。むしろ返したほうが迷惑になることが多いからな」

『どういうことです?』

「海賊保険ってのがあってね。主に運送業とか観光業とかが加入するものなんだけど、字の通りの保険で、海賊による略奪行為に対する保険な訳」

「なのに奪われた物が戻ってきて、保険金も受け取ったとなれば――」

『ああ……』

「本来はその形がいい。それは勿論だ。が、保険会社としてもマッチポンプを警戒していていて、物品が戻ってきた場合は保険金を返金する必要があるのさ」


 アッシュ、マコ、シルルと続けた説明を受けて、アニマはオートマトンのマニュピレーターを組んで頷くような動作をしてみせた。


「で、本題。今回目を付けたのはこいつだ。ベル」

「はい」


 いつもはシルルの仕事だが、そのシルルが縛られている為ベルがコンソールを操作してメインスクリーンに画像を表示する。


「これが今回のメインターゲットである輸送船エンペラーペンギン号だ」

「どこにでもある普通の輸送船に見えますが……?」


 というマリーの言葉に対し、ベルは別の図を表示させる。

 それは一般的な巡洋艦とエンペラーペンギン号を比較した図である。


「……大きすぎません?」

「全長1550メートル。宇宙でも数えるほどの巨大輸送船で、おそらく宇宙最大のワンマンシップだ」

「で、本題はこのエンペラーペンギン号が、どこの誰の所有物か、あるいは誰に運用されているか、ということでしょ」

「ああ。その通りだマコ。表向きは普通にペンギン運送という運送会社の所属になっている。が、これがかなり胡散臭い」

「胡散臭い、ですか」


 アッシュがコンソールを操作し、画像を切り替える。


「このペンギン運送という運送会社は実在する。惑星間だけでなく、恒星間の物資輸送も行う企業で、知名度はなくともペンギンのイラストが描かれた輸送船は一度くらい見た記憶があるだろう?」

「確かに。アルカディア・オアシスでも停泊してたね」

「が、俺の得た情報――というか、ミスター・ノウレッジから得た情報によれば、ペンギン運送のアムダリア支社ってのは事実上支社長によって私物化されていて、汚職粉飾当たり前。おまけに裏社会の人間の息もかかってるって話だ。ま、さすがに今回は蛇とは関係なさそうだが」

「なるほど。確かにつついてもよさそうな案件だ。で、いつ仕掛けるの?」

「ああ。予定は3時間後。ターゲットがコロニーから出てワープドライブを使う前に攻撃を仕掛ける」

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