第12話 悪巧み
嵐のような時間であった。
状況を分析していたシルルは、こう結論付けた。
「運が良かったね」
と。
短い時間の戦闘であったが、得られた情報は大きい。
まず、相手の――シスター・ヘルの強さ。
両手に持った反動のある銃で寸分違わず同じ場所を攻撃し続ける技量。
ソリッドトルーパーのOSでは照準補正くらいはしてくれるだろうが、ブレまで完全に抑えてピンポイント攻撃なんて真似はマニュアル操作でなければまず不可能だ。
次に、クラレントに組み付かれた後、不利だと悟れば機体を捨てて逃走を選べる思い切りの良さ。
組み付いたクラレントの発生させた重力場の影響で身動きが取れなくなった機体に乗ったままでは、あの時アッシュが有言実行していればあのまま死んでいただろう。
しかし、逃げることを選択した彼女は生き延び、機会を繋いだ。
「彼女、また攻めてくると思うけど、今度はこっちが危ないね。クラレントの重力場が相手に与える影響が思ったより小さかった故に、こうなった訳だけど」
そう。こちらからすれば機会を繋がれた。
あくまでも相手を撤退に追い込めたのは、クラレントの存在と機能が不意打ちとして機能したから。
それを知った状態で挑んでくるシスター・ヘルの脅威度は、語るまでもない。
「先手を打てればよいのですが……」
「んー。難しいかもしれないねえ」
「でも、キャリバーンのカメラで彼女の姿を捉えたのでしょう? だったら画像解析とか、できないのですか」
「したところでどこまで効果があるか」
「あります!」
と、マルグリットは語気を強くする。
それなりに長い付き合いのシルルであるが、ここまではっきりとした物言いをする姿を見たのは数えるほどだ。
「バイザーで顔を隠しているということは、正体を隠す必要のある表向きの立場があるということです」
「お、おう……? そう、なのかな?」
「それに、シルルなら人探しくらいどうにでもなるでしょう? アッシュさんとマコさんを探し出すのに、星系単位でハッキングできたのすし」
「それ、海から砂一粒探すレベルから砂漠でオアシス探すレベルになっただけなのだけどー。まあ、やれるだけやってみますか」
◆
作業開始から数時間後。惑星ウィンダムに存在する全
「と、いうわけなんだ」
「いや、お前本当、何なの」
事後報告で聞かされたアッシュはシルルのハッカーとしてのスキルにも戦慄したが、それ以上に明らかに作業時間が短すぎる。
「惑星総人口80億くらいだっけ、ここ」
「それをたかが数時間で条件にあう人間ピックアップできるだけでもすげえよ」
「さすがシルルです」
「姫さん、さすがとかそういうレベルじゃないんだよ、コレ」
ブリッジのメインスクリーンに表示される候補者の個人情報。
「セレス・エーテルミス、ベル・ムース、フェリス・フェリシア、ラミア・ラジャ。この4人が候補だよ」
「それぞれケリュネイア・シェルター、セントール・シェルター、ネメアー・シェルター、エキドナ・シェルターと住んでいる場所もバラバラ。しかも現在地からどのシェルターもそれなりの距離がある、か」
「だからこそ、私達は助かったんだと思うよ。彼女にとって我々との接触は本来予定にない行動だったはずだ」
「ソリッドトルーパーを引っ張り出すような何かがあった、ってことか」
「彼女も賞金稼ぎだからね。しかも生死不問専門の。それなりに消耗はしていたと思うよ」
「で、仕事が終わったタイミングで目の前に、最低でも24億。各組織にかけられた分もあわせると約4兆が転がってくる、と。そんなのアタシだって突きに行くね」
「と、いうか……俺たち生死不問だったんだな」
賞金首と呼ばれる人間にも2種類存在する。
生け捕り限定と、生死不問である。
前者の場合は、法の裁きを与える必要のある人物か行方不明者である。
後者は十中八九ロクでもない犯罪者である。たとえば、宇宙海賊であるとか。
そういう連中を狩るシスター・ヘルのような存在は世間一般的には肯定的に見られることが多い。
無論悪党専門の海賊である『燃える灰』も、世間的には肯定的に受け入れられている。
が、それでも懸賞金がかけられる以上こうしてぶつかり合う事もある。
「まあ、君たちの懸賞金は大体が裏社会の人間からのと、ラウンドからのだから相当な恨み買ってるんで仕方ないとして、だ。本題はそこじゃあないだろ」
「シスター・ヘルの正体、でしょ。ねえアッシュ。直接やり合った感想だとどうなの?」
「あんな不意打ちかまして感想もなんもねえよ。ただな……」
アッシュは候補者リストを見直し、そのうちのひとつを指さす。
「顔の輪郭は、たぶんこいつだ」
「ベル・ムース。セントール・シェルターか」
シルルがコンソールを操作し、現在位置からセントール・シェルターまでの最短距離をナビゲーションする。
が、それに現在の気象状況をあわせると――とんでもない事になった。
「うわっ、なんだこれ……!?」
「現在地からセントール・シェルターまで、時速60キロで移動したと仮定して3時間前後。その3時間の間に起きると予想される気象状況だよ」
「これ本当に人の生活する惑星の天気なんですか……?」
「こういう惑星でも人は暮らしていけるんですよ、姫様」
現在はやや雲が多いが、まだ日の光が入ってくる。
が、1時間後には外出することそのものが危険なレベルの大雨。その後、雷雨に変わり、ひと段落したかと思えば次はハリケーン並みの暴風。
惑星の気象状況が目まぐるしく変化すると言っても、限度がある。
これなら接触しなければ無害なサバイブの巨大生物がまだマシだろう。
「簡単な乗り物なら今ある資材で造れるとはいったけど、ここまで激しく危険な天候になると単独行動はおすすめできないね。やるなら近くまでキャリバーン号で移動するしかない」
「……背に腹か」
シルルの提案通りの事をすれば、間違いなく衆目を集めてしまい、そこから降りたアッシュが『燃える灰』の構成員であるということがバレる。
今更悩む事か、と言われるとそれもそうかもしれないが、素顔で活動しにくくなるのはデメリットが大きすぎる。
「あの、顔が隠せればいいんですよね?」
「え、ああうん。そうだな」
「だったら宇宙服のヘルメットみたいなのでよくないですか?」
「……あ」
問題が、たった一言で解決した。
同時に何故その発想に至らなかったのかと、妙に恥ずかしくなる一同。
「おほん。えーっと。ああ、そうそう。彼女についての情報なのだけどね、住所が少々気になるんだけど」
「住所?」
「ここさ」
「これ……孤児院か? にしてもかなりデカくないか」
「元教会の施設と土地が丸ごと孤児院の施設らしい。しかもこの孤児院の所有者が彼女、ベル・ムースさ」
ベル・ムース。年齢は24歳。その年齢で、孤児院を運営できるほどの資金繰りができるとは思えない。
無論不可能ではない。宝くじで一発当てたとか、株の取引きで利益を出しているとか。不労収入があるとか。
しかし宝くじはそもそも当たる確率が低い。株は失敗した時にリスクが高い。最後の不労収入はそれこそ可能性としては低い。
ならば、あと考えられる可能性は――ハイリスクであるがハイリターンな裏稼業。例えば、そう。賞金稼ぎとか。
「仕掛けるか」
「で、メンバーは?」
「俺とシルルだ」
その言葉に、マコとマルグリットは豆鉄砲をくらったような顔をする。
だがシルルは少し考えて、まあいいだろう、と頷く。
「というか、顔を見られたくないならヘルメットで顔を隠して艦を降りればいいんじゃないかい?」
「あ……」
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