第13話 対面

 シスター・ヘルとしての仕事を終え、保護した少年少女を管理組合ギルドへ預け、自身は回り道をしてバイザーを外して汚れを払ってから孤児院への道を急ぐベル。

 途中市場に寄って子供たちへのお土産を買うのを忘れない。


「これでよし」


 フロレントを1機駄目にしたが、まだ予備の機体はあるし、命を捨てるよりは何倍もマシな選択だったとベルは考えている。


 ――自分は死ぬ訳にはいかない。

 

 このシェルターの孤児院は自分がいるからこそ成り立っている部分がある。

 そもそも今はベルがその孤児院の経営者。

 一応は自分に何かあった時のために歳の近い協力者にも運営を手伝ってもらっているが、彼女たちでは荒事は無理だ。

 様々な収入源はあれど、シスター・ヘルとしての収入がなければ際限なく増える孤児への対応など間に合わない。間に合うはずがない。


「……次は、仕留める」


 思わず腕の中の買い物袋を強く締める。

 連戦による疲弊は多少あった。けどそれよりも、キャリバーン号から切り離された機体にしてやられたことが悔しい。


「お、おい……なんだあれ」

「デカいな、戦艦か?」

「戦艦……?」


 周囲が騒がしくなり、ふと視線を上に向ける。

 いつも通り、半透明のシェルターの隔壁には大きな雨粒が何度もぶつかり、荒れた空模様であることを告げてくる。

 が、その中を悠然と進むものが、視界に入った。


「あれ、は……!」


 見間違うはずがない。あの巨体、あのフォルム。


「キャリ、バーン? なんでこんなところに……?」


 後をつけられた? 報復される。シェルターが危ない。

 子供たちを逃がさなければ。でもどこに?

 それらがベルの頭の中を一瞬で駆け巡る。

 狼狽するベルの後から明らかに異質な気配が2つ。

 はっとして振り返ると、一組の男女がベルを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。

 男のほうはなぜか宇宙服用のヘルメットを抱えているので、怪しさを感じざるを得ないが、衆目は上空のキャリバーン号に向いていて、ベル以外誰も気にした様子はない。


「さあて、どうしようか。シスター」

「当方としてはまず話し合いで解決したいところなのだけどねえ」

「……」


 この状況でベルに選択肢はほとんどない。

 ここで賞金稼ぎとしての通り名、シスター・ヘルと呼ばれても面倒であるし、下手に刺激して相手が暴れるのは絶対に避けたい。


「場所を変えましょう」


 その提案以外にマシな選択肢が思いつけなかった。



 セントール・シェルターでも有名店と言われている喫茶店のテラス席――円形テーブルを囲むアッシュ、シルル、ベルの3人。

 周囲の雰囲気は、何かと噂の戦艦キャリバーン号が上空に現れた事もあってあわただしいが、それでも上空にいるだけなので興味を失いはじめ、平静を取り戻しつつある。

 この場所が選ばれたのは、そのテラス席からはベルが営む孤児院が一望できるからでもある。

 ベルにとっては孤児院そのものを人質にとられたようなもの。

 アッシュたちもそのつもりであり、ベルに抵抗されるのを避けるという意味が強い。


「まずは自己紹介だ。俺はアッシュ・ルーク。ルーク・サービスの代表取締役だ」

「私はシルル・リンベ。元ラウンドの技術主任だ」

「わたしはベル・ムース。しがない孤児院の経営者です。周りの人間からはシスターと呼ばれています」


 シスター。確かに修道服を着て、教会のような場所で活動していればそうも呼ばれるだろう、とアッシュは苦笑する。


「ま、表向きはこれで通そうじゃないか。探られたくない腹もあるだろう?」

「……そうですね」


 自分の前に置かれたミルクティーに口をつけて一息つくベル。

 現状において自分に危害を加えるつもりがないと判断し、一旦は警戒を解いた、というだけではあるが。


「さて、早速だが本題だ。に言ってくれないかな。から手を引くように、と。彼等は君の友達とは争う気がないそうだ」

「……それは難しい要求ですね。彼女は多くの資金を必要としているので」

「何故かな?」

「慈善事業……いえ、多くの命を奪った事への贖罪でしょうか」


 贖罪。その言葉の意味することは、もちろん彼女の本心だろうとアッシュは受け取った。

 アッシュとて海賊行為を行えば、その過程で相手を死なせることがある。ただ彼女と異なるのは、それに対する罪悪感を抱くことは少ないという点だ。

 だからこそ、ベルの在り方は彼の癇に障った。


「なら殺しはやめるんだな。そのうち自責の念で死ぬぞ」


 同じ悪党を殺すにしても、罪悪感を抱かないアッシュと、罪悪感に押しつぶされそうなベル。

 どちらがまともなのかと言えば間違いなく後者ベルである。

 だがしかし、殺しを生業とするのならばアッシュのような人間でなければ、いずれは潰れる。


「では彼女はどうすればよかったんですか?」

「最初から殺しなんて手を使うのが間違ってんだよ。誰かを殺し続けるなら、マトモでいるのをやめるしかない」

「――」


 ベルが俯き、言葉に詰まる。

 彼女自身思うところはあったのだろう。


「もう一度言うぞ。その程度の覚悟じゃそのうち自責の念で死ぬ。そんなヤツの、その程度の覚悟で『燃える灰』は潰せない。潰させない」


 狼狽えた様子のベルをアッシュは睨みつける。

 その程度の覚悟で自分たちを倒そうとしていたのか、という怒りがあるのは、この時点において第三者であるシルルの眼から見ても明らかだった。


「それでも、わたしは……」

「まあまあ。一旦落ち着こうか。2人ともヒートアップしすぎだ。アッシュ、君はこうなるとわかっていて私を連れてきたのかい?」

いつも通りマコじゃ俺と同じ考えに至りかねないからな」

「……そうですね。あなたの言う通りかもしれません。ですが、武器を持つ事でしか抗えないことがあるとしたら?」

「それはどういうことだ?」


 一拍置いて、ベルは覚悟を決めたかのようにアッシュを見つめて語り出す。


「あの孤児院の孤児たちは、誘拐事件の被害者が4割。不自然な事故の遺族が3割。つまり――」

「バカな! そんなことがあるか! あの孤児院の子供は300人以上だぞ!? その7割が人身売買の被害者だってのかい?!」

「落ち着けシルル。声がデカい」

「……すまない。私が熱くなっては元も子もないね。だが、これを聞いて冷静でいられるほうがどうかしている! そもそも、この惑星の治安はどうなっているんだ!」


 シルルがそういうのも当然。人身売買なんてものはどの惑星でも禁止されている。

 当然それに対する罰則もあらゆる惑星のあらゆる国家で厳罰。死刑制度のない国家であっても無期刑。死刑制度があるのならば即日死刑というのもありえる大罪だ。

 それがまかり通っている、とも思える被害者数。

 良識のある人間ならば驚愕と共に後手に回っている治安維持組織に怒りを覚えて当然だ。


「彼等彼女等はそういう組織にとっては自分たちの存在を証明する生きた証拠。同時に逃げ出した商品。奴等にとっては、牧場から牛や豚が逃げれば捕まえるようなものなのでしょう」


 胸糞悪い、とアッシュが小さく呟いた。

 だが同時にベルが銃を握り続ける理由にもある程度納得はできた。

 持たなければ、守れない。その意識が、ベルにはあるのだろう。


「わたし自身、先代に助けて頂けなければ今頃どこで何をさせられていたのか……」

「アンタも、か?」

「両親に売られたんですよ。たった100万で。先代に救われた私と、その時一緒に救い出された子供はあの孤児院で育ち、そして今も各々のやり方であの場所を守っている。居場所を奪われた子供の新たなよりどころになれる場所を」

「そりゃあ災難だったな。同情のしようもないが――そうか。シスター・ヘルのやり方って」

「子供を守るために先手を打ちつつ、収入を得る為……?」

「いや、だったらなおさら俺たちを攻撃する理由もないだろう?」

「それは……あの孤児院の地下に――」


 ベルが何か言いかけたタイミングで、アッシュの持った通信機が鳴りだす。


「っと、どうしたマコ?」

『いえ、マルグリットです』

「って、どうした姫さん」

『セントール・シェルターの北・西・東の三方から所属不明のソリッドトルーパー部隊が接近中です! 各方面、最低でも12機ずついます!』

「機種と武装は?」

『え、えっと……マコさん!』

『全機ウッゾとそのカスタム機で対艦装備じゃない。アタシたちじゃなく、狙いはこの都市国家シェルターそのものだ』


 シェルターを狙った攻撃。アッシュたちとの会話を聞いていたベルが青ざめる。

 その顔を見たアッシュはすぐに叫ぶ。


「そいつらを近付けさせるな! 使える武装全部使っていい!」

『了解!』


 キャリバーン号の武装を使えば対応できるが、数が多すぎる。そのすべてを迎撃するのは不可能だ。

 シェルターへの被害はどうやっても出てしまうだろう。


「ただの山賊とかそこらのゴロツキとは違うだろうね」

「だとしてもソリッドトルーパーをそれだけの数用意できる時点でバックになんかいるな」

「……アッシュさん、シルルさん。都合のいいことを言っているのは理解していますが、協力をお願いできますか?」

「シスター?」

「わたしの――シスター・ヘルの隠し格納庫へ案内します」

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