第45話 幽声
惑星レイスの大気に毒性がある。それを隠しているこの惑星の都市を管理している組織はどうも怪しい。
そう踏んだシルルは、即座に行動を開始した。
惑星中の都市国家すべてを調べ上げたウィンダムの時とは異なり、調べるべきものは少ない。
だからこそ、作業は2日で終わった。
ハッキングとデータの回収自体はすぐに終わったが、そのプロテクトの解除と必要とする情報の創作に時間がかかったのである。
「で、シルルはまだ作業中なのか?」
「はい。どうやらデータを整理する、と」
「できれば一度切り上げてこっちに来てほしいんですが。もう人数分用意してしまいましたし」
ベルが5人分の食事をテーブルに並べる。
が、食堂にいるのは一応4人。
アッシュ、マリー、ベルと――表情筋が死んでいるマコである。
マコは小刻みに震えており、いつ起きるともしれぬ心霊現象におびえていた。
「マコ、とりあえず飯は食おうか」
「ウン、ソウダネ。アタシ、タベルヨ」
恐怖が消えていないマコは油を差していないロボットのような動きで自分の分のサラダにフォークを突き刺す。
「見つけたぞおおおおおおお!!」
「ぎゃああああああああああああ!!」
そのタイミングで、食堂へシルルが叫びながら飛び込んできた。
そしてそれに驚いたマコは絶叫し、フォークを放り投げた。
宙を舞うフォークはベルが回収してそっとマコの前にあるサラダの皿に戻す。
「どうしたんですか、シルル。慌てすぎですよ」
「慌てもするさ! レイスからなぜ人がいなくならないのかが判ったんだよ!」
「話はちゃんと聞くから、とりあえずテンション下げるか、一度寝ろ」
完全に目が血走っている。完全に徹夜をしたテンションである。
「食事は一度冷蔵庫に入れますので、先に寝てください」
「ああ、待って。出来立ては食べさせて!」
テンションの高い状態ではあるものの、自分の席についてまずはグラスに注がれた水を一気に飲み干して、大きく息を吐き出す。
「まず、ハッキングを試みたのは軌道エレベーター管理局、各区の住民管理局・警察機関・図書館。データが出てきたのはエレベーターの管理局。そのメインサーバーからだ」
「ずいぶんなところに侵入しましたね。逆探知とかされませんでした?」
「それを含めてのハッキングさ。逆探知なんて真似はさせやしないさ。で、出てきたのは驚愕の事実。この惑星には最低でも二度移民船団が降りて定住している」
その言葉に、全員が反応した。
それはありえない、と。
惑星への移民というのは早い者勝ちである。何せ移民船団という数百万から数千万人規模の人間が移住可能な惑星というのは全宇宙規模で見れば山のようにあるだろうが、実際に遭遇できるかどうかは運次第。
そんな場所に後からやってきた移民船団が加われば余計な衝突が起きるのは必至。なので、先に移住した移民船団が存在する場合は、後からきた移民船団は補給などを受けることはできるが、自分たちだけの移住可能な惑星を探して出立するというのが、はるか昔――すでに太古とも呼べるほどの過去、人類が地球を巣立った時に決めた絶対厳守のルールである。
それのルールを破った移民船団が存在する、というのがどうにも信じられないという風に、4人の顔がシルルへと訴えかける。
「ああ。勘違いしないでくれ。彼等も最初は気付かなかったんだ。この惑星に先人がいたということに。そのあたりまでちゃんと記録されていたからね」
「気付かなかった? そんな訳――」
ない、とは言い切れない。
レイスの大気中に含まれる毒素。これによって先に移住した人間が絶滅していたら?
都市の痕跡が消えるほどの年月が経った後に移住してきたとしたら?
そうなると、ルール違反とは言いづらくなってくる。
「まあ、その2度目の移民船団も当然毒素に悩まされた。けど、彼等は脱出できなかった」
「脱出できなかった……ってことは、移民船が使えなくなったのか?」
「ああ。それが、カスミホタルと呼ばれる現象だ」
「カスミホタル……? それなら俺たちが街に行ったときに見たが……」
「よく無事だったね。記録によれば、惑星を脱出しようとした移民船を破壊したらしい」
そんなことができるのだろうか、とあの光景を目の当たりにしたアッシュとベルは考え込む。
確かに異様な雰囲気であったが、何かを訴えてきているように見えた。そこに敵意のようなものは感じず、ただ不気味ではあるが幻想的でもあった、という感想を抱いている。
シルルの言うように、害をなしてくるとはどうしても思えなかった。
「その原因が何なのかはこの際おいておいて、移民船を破壊されて惑星から出れなくなった彼等は、どうにかして街を発展させていった。それが今の軌道エレベーター周辺の街、というやつだ」
「でもそれだと軌道エレベーターの建造なんてできないのではないですか?」
「そのあたりは詳しい情報はなかった。だが、現在軌道エレベーターとスペースポートが存在する以上、どこかのタイミングで宇宙船を用意できて、妨害もされなかったんだろう」
ハニーマスタードソースのかかったチキンステーキを咀嚼するため、シルルが一端話をやめる。
そこで、ベルが手を挙げた。
「んむ。ベル、何かな」
「行儀悪いですよ、シルル」
まるで学校で教師が生徒をチョークや指示棒で指すように、フォークをベルに向けるシルルを、マリーがたしなめる。
「……皆さん。これは実際にカスミホタルを見たわたしの感想なんですけど、アレって本来はそこまで危険なものではないと思うんです」
「それは俺もそう感じたな。なんていうか、何かを伝えたいけど伝えられない、って感じがした」
「仮に物理的な攻撃力を持っていたとしても、それはきっと何かの警告のためにそうせざるを得なかったんじゃないか、と」
ベルの感想と考察を聞いて、シルルは腕を組んで唸る。あと咀嚼は続ける。
「だとしても今は証明のしようがない、か。だがその感想は重要な要素だ。まあ、自然現象みたいなものに意見を聞くことができれば、一気に解決する問題なのだけどね。ははは――」
『自然現象じゃありません』
「――は?」
笑っていたシルルが沈黙。周囲を見渡し、声を出したのか、と眼で訴える。
アッシュ、マリー、ベルの3人は首を横に振る。マコは論外で、無言で白目をむいてひっくり返った。
当然、空気が凍る。
明らかにこの場にいる人間ではない声。
その声に、全員の動きが止まる。
『あれ、聞こえてませんか?』
――聞こえてるから全員止まったんだろうが。
とはだれも言えない。ここで反応できる勇気はない。
歴戦の宇宙海賊だろうと、立ちはだかるものすべてを殺してきた賞金稼ぎだろうと関係ない。
心霊現象など、体験したことがない。
『えっと、とりあえず最初に。ごめんなさい。あの小さなロボットを乗っ取って話しかけたはのボクです』
「ん? ちょっと待て。ということはあの声は……」
『はい。ボクです。あの時はちょっと高度が高くてうまく声が出せなくて』
あの時の騒ぎの原因との接触。ただし、その姿はない。
静かにアッシュとベルが銃のグリップを握る。
『あ、ボクは確かにここにいますけど、現状皆さんを直接害する事も、皆さんがボクを害する事もできませんよ。だから、銃なんてものを構えないでください』
「ッ!?」
アッシュもベルも、銃をそんなにわかりやすい場所に隠し持っていない。
なのにそれを見られている、ということに驚きを隠せなかった。
『まずは自己紹介を。ボクはアニマ。アニマ・アストラル。レイス人であり、この惑星で唯一自我を維持しているアストラル体です』
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