第44話 大気組成
結論からすれば、図書館に対した情報はなかった。
惑星レイスの歴史について調べようとしたものの、完全に空振りで、公園のベンチに2人してぐでーっと体重を任せていた。
「まさか資料らしい資料が一切見つからないなんて……」
「意図的に消されたみたいに全く手掛かりがないなんて」
北区だけがそうなのか、と思い他の区画の図書館にも向かったのだがこれらも空振り。
ゲゲルだけでなく、ゴーストタウンに関するロクな資料が見つからない。
得られた情報はネットから引っ張ってこれる程度のものでしかなく、無駄に全区画回って体力とエアバイクのバッテリーを消耗しただけであった。
『で、私に泣きついてきた、と?』
通信端末をキャリバーン号にいるシルルとつなぐ。
あちら側からは音声のほかに、大小様々な機械が動く作業音も声とあわせて聞こえてくる。
「まあ。そうなんだけどな。優先度は低いから後回しにしてくれて構わないぞ」
『そうかい。ならそうするが――ひとつ、気になる事が判ってね』
「気になる事?」
『ああ。短期間的には問題はないが、長期的には問題のあることさ』
少々もったいぶった言い方をするシルル。いつも通りではあるが、わずかながらにためらいも見えた。
言うべきか、言わざるべきか、という話なのかもしれない。
『……あまりもったいぶっても仕方ないか。はっきりと言うと、だ。本当微量な――キャリバーン号のセンサーですら一度は見逃したくらいのレベルなのだけれど、この惑星の大気には毒性がある』
「毒性? それにしては……」
公園に訪れる親子連れや、散歩に来た老夫婦。
老若男女問わずその様子を見ても、その身が毒素に犯されているような状態であるとは到底思えない。
『だから、言っただろう。長期的には問題のあることだ、って。たかが1世代や2世代程度ではどうということはないさ』
「世代? ちょっと待て。それはどういうモノなんだ」
『キャリバーンの分析とシミュレートによれば、だが確実に人間を死に追いやる毒素であることは間違いない。ただ性質的にはただの毒素なんかよりよっぽど
「生殖細胞ってつまりは……」
『精子や卵子といったものだね』
「お前……濁したのに言いやがったな」
ベルがその単語だけで赤面している。初心かよ。初心だった。
『そしてその毒に犯された細胞同士で生まれた子供は、最初から毒素を蓄積した状態で生まれてくる。子供が成長し、大人になって子を成そうとした時……どうなると思う?』
「……成長するまでの間に蓄積した毒素が、その子供に加算される」
『そう。ただ致死量としては本当に微々たるもの。最低でも身体機能への影響が出始めるのは25世代目くらいだろう』
仮にすべての世代の人間が20歳で子供を設けたとして、500年。
その間、気付かれずにゆっくりと侵攻する毒の侵食。
この毒の恐ろしいのは、その侵攻があまりにも遅い為に気付きにくく、気付いた時にはすでに手遅れになっているであろうことだ。
「俺たちも、このままだと拙いのか?」
『いいや。大丈夫だろう。継続的に毒素を摂取しない限り、免疫で排除できる程度の毒だからね』
「……この惑星の人を救う方法はないんですか?」
『現実的じゃないね。毒の中和剤なんかは作れるかもだけど、大気そのものが毒なんだから、結局はイタチごっこが始まるだけさ』
「……なあ、もしかしてソレと関係あるんじゃないか?」
「アッシュさん? それってどういう意味です?」
「いやさ。人類の生活圏がここだけ、ってのも異常な状況だけど。それってもしかしてその毒素の薄い場所がここの周辺だけで、ここ以外でまともな生活ができなかったからじゃないか、って。ゴーストタウンはそれでも人間がここ以外で暮らそうとした痕跡で、ゴーストタウンができた理由を残った人類は隠蔽したかったんじゃないか、ってさ」
突飛な話だけど、と最後に付け加えるアッシュ。
話を聞いたシルルは、即座にコンソールを操作し始める。
『すまない、アッシュ。ドローンを数機買ってきてくれないか?』
「ドローン? なんでまた」
『調べたいことができた。 あと、小型で大容量のバッテリーもだ』
「わかった。ここにいても成果はなさそうだから、一旦戻る」
情報を集めようにも、ゲゲルに限らずゴーストタウン関係の話を聞こうとすれば、皆固く口を閉ざしてしまう。
これ以上の情報収集は無駄だろう。
ここらで切り上げ、2人はシルルに頼まれた買い物を済ませるとすぐにキャリバーン号へと戻った。
◆
キャリバーン号に戻ったアッシュとベルは、シルルに頼まれたものを渡すとシルルはそれを即座に改造し始めた。
大容量バッテリーを搭載したドローンをいくつか組み上げ、それをすぐさま空へ放った。
「シルル、何をしているのですか」
「マリー、少し手伝ってほしい。この周辺のゴーストタウンへ今飛ばしたドローンをそれぞれ向かわせてほしいんだ」
「はあ。やってみますけど」
ブリッジのコンソールと操作がリンクしたドローンは、マリーとシルルの操作で各地に飛んでいく。
「バッテリーの容量からして、往復が可能なのは4か所。ナギダ、エマ、ミャータ、アキナ。そこの空気の成分を調べる」
「空気の成分……? そんなもの、どこでも同じではないのですか?」
「マリー。それは違う。確かに、大気の組成なんてものは基本的に同じだ。だが、プラスアルファが違う。同じ惑星でも、その場の環境によって大きく異なってくる。例えば、化石燃料を大量に消費するのならば、それ由来の有害物質が。火山地帯なら硫黄が噴き出している場所があるかもしれない」
「つまり、それを調べる、ということなのですね?」
「その通り」
2人の操作するドローンは、シルルが改造しただけあって超高速で飛んでいく。
リアルタイムで位置情報がキャリバーン号と共有され、進行状況がメインスクリーンにも表示される。
ナギダ、エマ、ミャータ、アキナの4か所のゴーストタウン。
その上空に順次到着したドローンが、ゴーストタウン周辺の大気組成のデータを転送し始める。
送られてきたデータは、即座に解析に回してそのデータを随時シルルのコンソールに表示する。
「これは……」
「何かわかりましたか?」
「ああ、うん。もう十分だ。ドローンを帰還させてくれ」
シルルが見た結果。集まった4か所の大気組成のデータと、現在位置の大気組成を比較する。
確かに基本は同じ。生物が生存するにはちょうどいい、理想的な大気である。
だが、決定的に違うものがある。
「さて、これを何と呼ぼうか」
毒素。そう呼称するしかない、シルルが徹底的に宇宙中の情報を叩き込んだキャリバーン号のデータベースにも合致するデータのない未知の毒。
その毒素が、軌道エレベーター周辺の街と、ゴーストタウンとでは明らかな差異があり、ゴーストタウンのほうが圧倒的に多かった。
「アッシュ、今どこだい?」
『トレーニングルーム。どうした、何かわかったのか?』
「判ったなんてもんじゃないよ。君の言った突飛な発言が正解だったようだ」
「えっと、シルル? どういうことですか」
「この惑星の毒素の濃度は、場所によって極端に違う。というか、エレベーター周辺だけが極端に少ない。他の場所で生活すれば――4世代目で身体に影響が出始め、5世代目は生まれてこないだろうね」
『マジかよ……』
『シルルさん、何故この惑星の人は、そんな状態なのにこの惑星に住み続けるんですか?』
「あれ、一緒にいたのか、ベル。その質問だが、何か裏がありそうだね。その理由を調べられなかった事についても、ね」
興味がわいてきた、とシルルは不敵に笑う。
「一応確認するけど、いいよね?」
『ああ、やってくれ』
アッシュの許可が出たことで、シルルはケタケタと笑いだし、コンソールのキーボードを叩き始める。
軌道エレベーターと街の各区の管理局へのハッキング。
探すデータと探す場所が判っており、かつハッキングを仕掛ける相手も少ない。
惑星中の全都市へのハッキングや、宇宙中のデータを洗い出したことのあるシルルにとって、そんなものは朝飯前。児戯に等しい難易度であった。
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