第43話 噂

 街の北区に到着した2人は、本来の情報収集よりも、先ほど目にした現象についての調査を始めた。

 あんな不可思議な現象は、いくら幽霊惑星と呼ばれているレイスであっても普通ではない。


「久々に見たよ。あれはカスミホタルだ」

「カスミホタル……?」


 あの光景は、北区からもしっかりと見えたようだ。

 そしてその現象は、過去にもあったらしい。

 立ち寄った骨董品店の主である老婆は、懐かしむような口調でそう言った。


「無論、昆虫のホタルというわけじゃあない。エーテルを起因とした自然現象の一種さ。尤も、ワシが若いころに起きたのが最後。大体60年かそこらか前の話さね」

「でも、なんであんな姿形を……」

「さあね。エーテルが絡むと何が起きるかわからない。そうじゃろ、猫耳のお嬢さん」


 老婆は微笑みながら、カウンターに両肘を置いて手を組んだ。


「あくまでも聞いた話だがね。あれは魂がエーテルの力で姿を持ったものだと言われてる」

「魂……え、それって幽霊とかそういうのじゃ」

「ほっほっほ。お嬢さん。そう怯えるもんでもないよ。そもそも、霊なんてものはどこにでもあるもの。見えないから存在しない、見えている世界が世界の全てというのは勝手な思い込みじゃて」

「見えている世界が全てじゃな、ですか……」

「で、何か買っていかんか?」

「んじゃ、コレを貰おうか」


 アッシュがカウンターに持ってきたのは銃だった。

 骨董品店には似つかわしくないが、どうもこの老婆は古いものならなんでも店に並べているらしい。


「ほう、それを選ぶかい」

「その銃って……」

「アストラバレッタ社製ハンドキャノン、ハウリング。150年前に倒産した銃器メーカーが最後に製造した超高威力ハンドガン。まあ、弾も専用のものを使うから、二度と撃てない銃だ」

「いいね。気に入ったよ、若いの。流石にタダとはいわんが、安くしておくよ」

「どうも。それじゃあ、機会があればまた」


 骨董品店を出て、買ったものを懐にしまう。

 とりあえず、あの現象についての情報は得られた。詳しい話は、キャリバーン号に戻ってからシルルにでも調べてもらえばそれでいいだろう。

 ここからは本題である。

 ムラ鉱山とゴーストタウン・ゲゲルについての情報だ。


「ムラ鉱山で作業している業者……といっても、候補は限られるけどな」

「そりゃあ、基本鉱山なんて企業の所有物でしょうし。たしか、マグス鉱業でしたっけ」

「ああ。問題はその関係者に会えるかどうか、なんだが――」


 骨董品店を出て少し歩いた先にある酒場。流石に真昼間から酒盛りをしているバカはいない。

 情報収集といえば酒場、というくらいだが、今は時間も早いこともあってただの飲食店として営業している。


「ま、行くだけ行ってみるか」

「……ですね」


 酒場に入るなり、近場の企業の昼休憩や、ランチを食べに来ただけの主婦たちなどで席がほとんど埋められていた。

 仕方のないことであるが、席が空いているようには見えなかった。


「いらっしゃいませ。申し訳ありません、現在満席でして」

「ああ。そうみたいだな」


 諦めて情報だけ聞くか、と思っていた時。


「おーい。こっち空いてるぞ。相席でいいならだけどなー!」


 と、男の声がした。

 たしかに、相席ならばいくつか席が空いているように見える。


「相席、か。構わないかベル?」

「ええ。わたしはそれでも」

「では、ご案内します」


 通されたテーブルにいるのは、真昼間からジョッキビールを注文し管を巻いている中年男が2人。

 空になったジョッキはテーブルの上だけでも2桁目に突入。当然それだけ飲めば出来上がっているようで、顔はかなり赤い。

 それでも、しっかりとした意思疎通ができるのだから、アルコールには強いらしい。


「見ない顔だな、兄ちゃん姉ちゃん。カップルかい?」

「カッ……!?」

「ええ、まあ似たようなものです」

「!?」


 話がややこしくなるから合わせろ、とベルを小突くアッシュ。

 ハッとしたベルもやや無理をした笑顔で誤魔化す。


「なんでわざわざこんな惑星に? 旅行にしても、見るところねえぞぉ。ここ」

「俺たちは2人でいろんな星を回って、その風俗を調べているんですよ」

「え、女連れでか……?」


 一応の注釈であるが、ここでいう風俗とは特定地域における風習という意味での風俗である。

 決して、この出来上がった中年男の言ったような意味ではない。


「バッカおめぇ。学がねえにもほどがあんだろうがよ」

「学がねえのはお前もだろ?」

「「がはははは!!」」


 新たに注文したビールジョッキをぶつけ合い、それを一気に飲み干す。


「……」


 無茶苦茶な飲み方に、ベルが静かにキレる。

 それを宥め――られそうにないので、話を進める。


「それで、ポートで聞いた話なんですが、ムラ鉱山でがあったとか」


 幽霊騒ぎ、とまでは聞いていなかったが、アッシュはあえてそう誇張した表現を使った。

 ベルが聞きだした証言そのままより、こっちのほうがインパクトが強く、伝わりやすい。

 実際、アッシュの話を聞いた途端、男たちの顔がスン、と真顔になった。


「あんちゃん、誰にその話を聞いたかしらねえが、調べにいくってんならやめといたほうがいいぜ」

「なぜです?」

「俺たちも、あの鉱山で働いてんだがよ。普段作業している坑道から離れた場所で作業しようとしたヤツ等がそういうのを見ちまったってのはよく聞くンだわ」

「そいつらみんなションベンちびりながら小鹿みてーに足振るわせて逃げてくるモンだから見てない連中は面白がってそれを酒場で話しちまった」

「ああ、それで噂が広まって鉱山に入る人間が増えた、と?」

「それも揃いも揃ってバカそうな若い連中だ。度胸試しだとさ。けどま、その度胸試しに行った連中は1人も帰ってきてないって話だがな」


 度胸試しにいった人間が戻ってこない。

 それだけで十分怪しいし、なんなら事件性もある。


「その、警察組織とかは……」

「勿論、最初の数件は各地区の警察組織が対応した。その後は防衛隊もな」

「ま、そいつらも全員戻ってこねえ。で、気味悪がって今じゃあ作業員以外誰も近づかねえ。作業員も、ロボットみてーに決まったルートを決まった通りにしか採掘しねえ」

「なるほど……興味深い話ですが、さすがに危険が伴いそうですね」

「ああ。だからやめとけやめとけ」

「それでは、ゲゲルというゴーストタウンについては?」

「ああ、あそここそやめとけ。人の近づく場所じゃねえよ」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、新しく運ばれてきたビールには一口だけちびっと口に含んで飲み込む。

 まるで、ゲゲルというゴーストタウンについて語りたくない何かがあるかのような雰囲気だ。


「詳しくお話をお聞きしたいのですが――」

「ああ。悪いね。あそこは曰く付きの場所なんよ。あんまりその話題を公の場でいうと、な? 解ってくれや」

「わかりました。ご協力感謝します。さて、俺たちも何か頼むか」

「え、あ。はい。では私は――」


 流石に飲食店に入って何もせずに、というのも変だろう。

 適当に注文をして食事をとる。

 運ばれてきたランチセットのチキンステーキを一口口に入れたベルはその味が気に入ったのか、ゆっくり味わって食べている。

 同じものを注文したアッシュも同じように口へ運ぶが、確かに美味い。


「ベル、お前まさか……」

「このハニーマスタードソース、再現しますね」

「やっぱりか……」

「多分、出来ます」


 一口食べただけでレシピを再現させるなんて、料理を提供した店側も思うまい。


「さて、ここから先どうするかねえ」

「とりあえず、図書館にでも行きますか?」

「図書館、か。そうだな。そこなら資料があるかもな」


 ムラ鉱山については、とりあえず酒場の2人から得られた情報だけでいいだろう。

 問題はゴーストタウン・ゲゲル。こちらについて調べるのならば、やはり地元の図書館のように、地域や惑星そのものの資料として記録・保存している場所へ向かうのが一番だろう。

 食事を終えた2人はまだ飲み続ける男2人に別れを告げると、北区の図書館を目指して歩き出した。

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