第42話 蒼光

 怪奇現象に見舞われたキャリバーン号であるが、当初の目的通りエレベーターの周辺に広がる街へやってきていた。

 軌道エレベーターを中心として東西南北の区画に区切られたそこは、固有の名前を持たない。

 この惑星において街といえばそこであり、それ以外の場所にある街はすべてゴーストタウン。つまり、人類の生活圏ではない。

 キャリバーン号は降下したポイントから最も近かった北区周辺に着陸した。

 もっと近づけばよいかもしれないが、キャリバーン号のように目立つ艦が近づけば街の住民はパニックを起こすかもしれない。

 そうなったら情報収集どころではない。


「それで、誰が街へ行く?」


 重たい空気をどうにかしようとシルルが話を切り出す。

 実際、情報収集をするにしても、誰かが街へ行く必要があるのだから、そのメンバーを決めよう、というのはおかしな話ではない。


「……」

「アッシュ?」

「……ん。ああ、すまん。ちょっと考え事をしてた」

「あの声について考えていたんですか?」


 ベルの質問に、アッシュは頷いて答えた。


「ああ。不気味ではあったけど、よくよく考えれば悪意みたいなのは感じなかった。オートマトンの装備の一斉展開もアピールみたいなもんだったんじゃないかと思ってな」


 尤も、破壊という選択肢が間違っていたとはアッシュは一切思っていない。

 相手に悪意がなかろうと、凶器になり得るものを見せびらかしてくる相手を放置なんてできるわけがない。


「敵意がない、としたら……なぜ干渉してきたのでしょうか」

「それはきっと、何かを伝えたかったのではないでしょうか」


 そうベルは言う。実際、アッシュもその可能性が最も高いと考えている。


「でも誰が何で――というより、どうやってメッセージを送ってきたのか、って話になるよな」

「ハッキングを仕掛けてきたっていうのならば、私がその痕跡に気付かないわけがない。それに、オートマトンは正常なまま異状な行動を取っていたというのも気になる」

「そんなこと、あり得るのですか、シルル」

「ないから頭抱えてるんじゃないか、マリー」


 と、両手をあげるシルル。


「こればっかりは科学では――というより、電子機器の動きとしては絶対にありえない動きをしたんだから、全く説明ができない」

「まさか本当に幽霊……」


 マリーがぼそっと言った一言に、3人が一斉に反応し、視線が集中する。


「あ、すいません。でも……」

「いや、いい。ちょっと過敏になりすぎてた」

「でも実際、マリーさんの言う通り、そういう不思議な力以外ありえませんよね」


 あの時のキャリバーン号は惑星大気圏への突入直後。しかもハンマーヘッド号と衝突し、高速回転してからの突入だ。

 もし外部に何かとりついていたとしたら、その回転時に遠心力で放り投げられ、シールドに叩きつけられて粉砕されていただろう。

 当然生身の人間が取り付いている、という線もなし。そもそも流石にそれは現実的ではない。


「と、なると今ある我々の手がかりは――ムラ鉱山とゴーストタウン・ゲゲル、か」

「人影をみた、程度の情報でしかないんですよ? やっぱり街の中で少しくらいは情報を集めたほうがいいんじゃないですか」

「それならば、アッシュとベルで行ってくるといい。私はGプレッシャーライフルの製作に取り掛かりたい。その間、マリーはブリッジで周辺の警戒をしてほしいんだ」

「わかりました。わたくし、やってみます」

「そう構えなくていいよ、マリー。ワンマンシップなんだから、ある程度の攻撃はオートで行ってくれる。というわけで、2人はデートのつもりで行ってくるといい」

「デッ……!?」


 ベルが赤面してうろたえる。

 一方、アッシュは呆れたように息を吐き出す。


「お前なあ。初心なヤツをからかうんじゃあないよ」

「そうかい? 反応からしてまんざらでもないように見えたけど」

「い、いえ。その……わたし、そういう事は全く経験がないというか、意識すらする余裕がなかったというか……! そうですよね。男女が一緒に行動すればそれはもうデートということで――あれ、だったらあの時もデート? でもわたしとアッシュさんはデートするほど親密な関係では……あれ、あれ?」

「……ほら、面倒くさいことになった」

「……以後気を付けよう」


 混乱するベルをマリーがなだめる。

 初めてであった時の雰囲気はどこへやら。彼女の素の部分はわりとポンコツ気味である。


「とにかく、私はクラレント用の装備の製造に注力したいという話だ」

「わかったわかった。ほら、ベル。着替えろ」

「ここでですか!?」

「いい加減落ち着け」


 とんでもない事を言い出すベルの額に手刀を軽く落とした。


「そういえば、マコさんはあのあと……」

「当初とは別の意味で引き籠ったよ……」


 引き籠ったところで、本当に幽霊の仕業ならどうしようもないだろう、と言える雰囲気でもなかったので、とりあえずマコは放置している状態である。

 この惑星にいる限り、有事にならない限り彼女は役に立たなそうである。



 街までは徒歩で移動できる距離ではない。

 そこで登場するのが、惑星ウィンダムでも使ったエアバイクである。

 今回はサイドカーを左右につけず、アッシュが運転、ベルはダンデムシートでの2人乗りだ。


「とりあえず最寄りの北区だな」

「はい。ですが――」


 改めてレイスの大地は異様だ。

 荒廃している、という風ではないがまるで建物らしい建物が見当たらない。

 ところどころ人工物の形跡もあるが、そのすべてが瓦礫。

 原型などすでに判別不能なほどに崩れ果てて、苔や雑草に覆われたそれは飛び出した鉄骨がなければ人工物とは気付けないほどで、どれだけの長期間それが放置されていたのかを物語っている。

 こんな感じだと、あえて建てていない、あるいは建てるだけ無駄だからやっていない、といった感じだ。

 こういうところには大体厄ネタが隠れている、というのが巨大生物だらけの惑星サバイブで生まれ育ったアッシュの経験談である。


「気になるか?」

「はい。なんというか、こう……まとわりついてくる嫌な感じがします」

「嫌な空気だな。本当」


 エアバイクの速度を上げ、さっさと街に入ってしまおうとエンジン出力を上げる。

 と、それに呼応したかのように、空気が震えだす。

 まるでそれは泣き声のような音となって2人の鼓膜を震わせ、次第に音は大きくなっていく。


「なんだ……?」

「レイス特有の現象でしょうか……」


 2人の周りの大地が青白く輝きだし、光の粒子を空めがけて放出し始める。


「まるでサンゴの産卵だな……」

「見たことあるんですか?」

「サバイブもアクエリアスほどじゃないが、海の多い惑星だったからな。一度くらいはあるさ」


 神秘的な光景ではある。

 だが、不気味な声がそういう印象をかき消す。

 空で舞う青白い粒子。それは次第に形を成し始め、明確な生物の形を作り上げる。


「クジラ……?」

「なんで陸地に……ってなんだこの光!」


 空を泳ぐ光の粒子で生み出された生物はクジラだけではない。

 魚やクラゲといった様々な生物が現れた。それはいい。

 問題は、地上の方にある。

 空へと昇らぬ光は、大地に漂い人間の姿を形どる。

 その数、ざっと見ても100や200どころではない。

 見渡す限り、人型の光がずらりと並んでいる。

 それらすべてがその場から動かず、エアバイクに乗ったアッシュとベルを見つめている――気がした。


『ハヤ――ツワ――アァァ――――アア!!』

『マザル――キエ、テ――ォァアァ――』

『タス、ァ――カ、レ――ミ――ケテ――』


 キャリバーン号のブリッジで聞いたのと同じような質感の声。

 それが、いくつも重なって聞こえてくる。

 だが今度は、はっきりと意味のある単語が聞き取れた。


「混ざる?」

「消えて……?」


 その言葉の意味を理解できないまま、2人を乗せたエアバイク進み、しばらくすると発光現象も消え、静けさを取り戻す。


「なんだったんだ、今のは……」


 その結論を出せぬまま、2人は街の北区へと到着した。

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