第41話 幽霊惑星

 ハンマーヘッド号を撃破し、クラレントが定位置に再接続される。

 未だキャリバーン号は惑星高高度を維持しつつ、スペースポートと直結している軌道エレベーターのほうへと向かっていた。

 その惑星のことを知るならば、現地の人間との接触が一番である。

 となれば惑星レイスにおいてほぼ唯一の人口密集地帯であるそこに向かうのは当然だ。


「そうだ。ベル。君、ミスター・ノウレッジとは接触できたんだろう? 何か情報はなかったのかい?」

「……それが、接触したことはしたんですが」


 妙に歯切れが悪い。

 そもそも5日も情報収集にあたって、その間に何も話していないのだから、結果はお察しだろう。


「どうも、レイスではうまく情報収集できないみたいでして」

「情報収集できない……?」

「はい。軌道エレベーター周辺の街なら問題ないみたいなんですが、その外――つまり、街以外の場所の情報が一切入ってこない、と」


 流石にそれはおかしい。いくら人口が1か所に密集しているからといって、人間がいる限り必ず人の流れというものがあり、それと共に物資や情報のやり取りが発生する。

 仮に拠点が1つだけだとしても、その拠点に他の場所の情報が一切入ってこないというのはおかしいのだ。


「その後、独自に話を聞いて回ったのですが、結局あまり有効だと思える情報はありませんでした」

「あまり? ということは、多少はあったんですか?」

「はい。ムラ鉱山に勤めていた男性から伺ったのですが、作業中にうめき声を聞いた日、帰り道のゴーストタウン付近で人影を見た、と」

「でも、鉱山に勤めていたなら、なんでそんなところにいるんですか?」

「それを声を聴いただけでも恐ろしかったのに、姿までみたものだからたまらずすぐに辞表を出してスペースポートに逃げてきた、ってとこでしょ。どうせ」

「ええ。シルルさんの言う通りです」

「ゴーストタウンに人影、ね」


 ここでいうゴーストタウンというのは、文字通りの人が住んでいない街、という意味だけではない。

 惑星レイスにおけるゴーストタウンというのは、誰もいないのに、生活の気配のする街の事であり、そこから転じて幽霊が暮らしている街という意味でゴーストタウンと呼ばれているのである。

 尤も、幽霊という存在をどう定義すればいいのかわからず、あくまでもレイスの住民がそう呼んでいるだけ、という話ではあるが。


「ムラ鉱山の周辺地図を出してくれ」


 ブリッジに戻ってきたアッシュの指示でシルルがメインスクリーンに地図を表示する。

 その周辺にあるゴーストタウンはたった1つだけ。

 街の名前は――ゲゲル。街の出入り口にそう書かれた看板があるから、そう呼ばれているというだけの街である。


「アッシュさん。どうしますか」

「ベルの持ってきた情報は気になるが、だったらなおの事エレベーター周辺の街に向かった方が良いな。そっちのほうがスペースポートより詳しいだろう」

「そうだね。確かに、ベルを疑うわけじゃあないが、恐怖に基づく情報というのは信憑性に欠ける。裏付けが必要だね」


 うんうん、とシルルがで頷いている。

 普段の操舵担当マコはハンマーヘッド号との交戦後、少し1人で考えたい、と言って操舵をシルルに任せ自室に引き籠っている。

 やはり自分の過去が原因となっている以上、思うところはあるのだろう。


 操舵を引き継いだシルルであるが、操舵そのものは現在オートパイロット設定。目的地周辺まで自動的に移動する為、手すきになった為にコンソールを操作して先の戦闘での負荷を調べて、即座に対応できるものは見つけ次第対応していた。

 ワンマンシップであるキャリバーン号の設備メンテナンスは、基本的にオートマトンによる作業で行われる為、指示役がブリッジにいればいつでもどこでもメンテナンスが可能なのだ。


「ん?」


 が、シルルが首をかしげる。

 作業している手が止まったことに、マリーが気付いた。


「どうしたんです、シルル」

「いや。大した問題ではないのだけれど……なんだこれは」


 流石にアッシュとベルもシルルの様子がおかしいと気付いて操舵席に近づく。


「何が起きてるんだ」

「いや、先の戦闘でかなり無茶な動きをしただろう? だから負荷のかかった場所を徹底的に洗い出し、今の状態でも対処できるところをオートマトンに任せてたんだけど……」

「……1機、変な動きしてますね」


 コンソールに表示される艦内図と整備用オートマトンの位置と動き。

 多数の点で表示されるそれは、いずれも先の戦闘でマコが行った戦闘機のようなマニューバによる負荷で発生した問題解決のためのメンテナンス作業中である。

 だがそのうちの1機だけ、奇妙な動きを見せている。

 まるでその動きは、行き止まりになんどもぶつかりながら迷路をさまよっているようにも見える。


「システムにバグはない。今リアルタイムでチェックしているけど、ハッキングを受けた形跡も見当たらない」

「ていうかこれ、気のせいじゃなけりゃブリッジ目指してないか?」

「本当ですね」

「「……」」


 アッシュとベルが顔を見合わせ、頷くと銃を手に取る。

 システムがバグったわけではない。ハッキングはされていない。

 だが、オートマトンがブリッジを目指しているというのは、なんらかの意思を感じざるを得ない動き方である。

 何せ整備用オートマトンの装備でも、人間は殺せる。

 溶接用のレーザートーチは勿論、素材加工用のドリルやハンマー。重い部品も持ち上げる作業用アーム。

 それらすべてが人間に向ければ凶器である。


「マリーさん、一応物陰に隠れていてください」

「は、はい!」

「シルル、コントロールできるか?」

「駄目だ。指示は受信してるし、オートマトンの中ではプログラム通りの行動を取っている事になってる。駄目だ、こっちの指示を一切受け付けない!」


 どんどん近づくオートマトン。幾度かの試行錯誤を繰り返していくうちに、それは正しいルートを理解し、あっという間にブリッジの扉の前に到達した。


『アァ――ァァァァア――――ケ、テ』


 突如、ブリッジ内に響く明らかな人のうめき声。

 マリーが短い悲鳴をあげ、シルルの手が止まる。


「え、今の、何?」


 ベルもその声に顔を引きつらせる。


「計器類に異状はなし。姿勢制御も問題ないし、オートパイロットも正常作動中」

『ミツ――テ――ボ――ヲ――――ア、ァァァァア――』

「ひぃっ!?」

「おい、ベル何とかしろ聖職者だろ!!」

「ですから、恰好だけなんですって!!」


 マコがいたらこんな程度の騒ぎではなかっただろう、というのは想像に易い。


「……いや、待て。この声まさか艦内全部に響いてないよな?」

「……あっ」

「マコさん……」


 個室でどんな惨劇を起こしているのか気になるところだが、それよりも今は自分たちの身の安全だ。


「勝手にドアロックが解除される?! くるよ!」


 オートマトンが動き出した時点で仕掛けていたブリッジのドアロックが解除される。

 勿論、原因はわからない。ただ現実として、そうなる。

 ドアが開き、角柱型のメンテナンスオートマトンがブリッジへと侵入してくる。


『アァ、ォ――――ァアァァ――――』


 ブリッジのありとあらゆるスピーカと、オートマトンから発せられる人間の声。

 同時に、オートマトンの全装備が一斉に起動した。


「ベル!!」

「はいッ!」


 アッシュとベルがオートマトンめがけてそれぞれの銃を乱射する。

 連続して放ったにもかかわらず、互いにただの1発たりとも目標への攻撃を外していない。

 次々と叩き込まれるエーテル弾と銃弾。

 あっという間にオートマトンはスクラップと化した。


『ォアァ――――ケ、テ――――ボ――ヲタァァ――テ……』


 オートマトンが完全に機能を停止するとともに、ブリッジに響いていた声は力をなくして聞こえなくなる。


「……一応、終わったのか?」

「わからない。今後も続くかもしれないし、もしかすると何かの手がかりだったのかもしれない」


 どちらにしろ、現時点においてキャリバーン号に起きた怪奇現象について、この場の誰ひとりとして説明を付けることができないということだけは確かなことであった。

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