第40話 高高度戦
キャリバーン号とハンマーヘッド号。
大気圏突入時に衝突した2隻であるが、互いの距離は大きく離れることはなかった。
結果、執拗にキャリバーン号を――いや、マコ・ギルマンを狙うハンマーヘッド号は惑星高高度での戦闘を仕掛けようとしていた。
戦艦同士の衝突。
それ自体は珍しいことではない。戦場であればどこでも目撃されることだ。
だが、それは基本艦隊戦という集団での戦闘で行われることである。
それが1対1という状況で、しかも惑星の大気圏内で行われるというのは極めて珍しい。
加えてそれが、宇宙海賊同士の衝突というのだからなおさらだ。
「敵艦、Y3時X10時方向。また撃ってくる!」
「主砲2番、副砲2番4番セット。チャージ開始します」
「クラレントの起動準備完了。アッシュ、いつでも行けるね」
『ああ。問題ないが――』
ハンマーヘッド号の放ったビームが再度キャリバーン号のシールドを直撃する。
その直後に高速ミサイルが接近。シールド解除させる隙など与えないと言わんばかりの波状攻撃である。
「ベル、副砲4番のチャージ中止。みんな、ちょっと無茶するよ」
「マコ?」
「今のままの動きじゃ狙い撃ちされるだけ。だから、キャリバーンの限界ギリギリの動きをする。だから、ベルトで身体固定して」
「……わかりました。マコさんに任せます。ベルさん、相手から目を離さないでください。シルルはそのサポートを」
「ああ」
3人が身体をシートに固定するのを確認し、マコは静かに深く息を吸い込んで、一気に吐き出すと操縦桿を握りしめ、エンジンの出力を一気に上げる。
「ぐっ!?」
艦が激しく揺れる。艦の姿勢が急に大きく傾いたせいである。
艦首が斜め上を向き、その状態で加速。
さらに艦は身を捻り、弧を描くような動きでハンマーヘッド号へと向かっていく。
「シルル、バリアなんて邪魔なだけだ! 解除して!」
「多少のビームにも耐える装甲だが、ミサイルの直撃を受けたらただでは――」
「ミサイルより速けりゃ当たらない!」
事実、連射されるミサイルは1発たりともキャリバーン号を捉えられていない。
真正面から迫るそれらはまるでドリフトをするかのように空を滑るキャリバーン号に容易く避けられ、そのタイミングで放たれた追撃のミサイルは、圧倒的なスピードで振り切られている。
「ベル、当たらなくてもいいから撃って!」
「えっ、あ、はい!」
主砲と副砲がハンマーヘッド号めがけて放たれる。
しかしキャリバーン号が高速で動いているせいでビームは1発たりとも直撃しない。
だがそれでもかなり近い場所を通り過ぎた。その攻撃が与えたプレッシャーは相当なものだ。
考えても見てほしい。
全長750メートルの戦艦が、戦闘機と同等かそれ以上の速度とマニューバで突っ込んできて、直撃まであと数メートルの位置にビームをぶち込んでくる。
これが恐ろしくないわけがない。
そもそも、戦艦でそんな動きをしようと考えるほうがどうかしている。
「この軌道……ベルさん、主砲・副砲の1番2番準備!」
「了解です」
マリーはマコがやろうとしていることを察し、ベルに指示を出す。
「シルル、クラレントのパージ準備を。アッシュさんは、衝撃に備えてください」
『ああ、パージのタイミングはそっちに任せる』
「全く、責任重大だね」
キャリバーン号はハンマーヘッド号を通り過ぎ、大きく旋回しながらやや螺旋をえがくような動きで最接近する。
「……バレルロール!?」
ベルもキャリバーン号の描いた軌跡に気付いて驚愕の声を漏らす。
同時に、マリーの指示の意図を理解する。
バレルロールとは戦闘機のマニューバのひとつであり、
当然、それを戦艦でやろうという発想に至るのは狂気の沙汰である。
ましてや惑星の重力下。下手な動きをして失速したり負荷をかけすぎてエンジントラブルでも起こせばそのまま墜落するリスクだってある。
「もう一度仕掛ける!」
「ベルさん、攻撃タイミングは任せます!」
「っと。敵さん撃ってくるぞ!」
ハンマーヘッド号の主砲と副砲がキャリバーン号の軌跡を予測して角度を調整し始める。
だが、それでもキャリバーン号は止まらない。
相手の砲門にエネルギーが集中し、発射される寸前というタイミングでキャリバーン号の艦首が跳ね上がった。
艦全体を使って空気抵抗を受けることでの減速。それによって相手の攻撃タイミングをずらす。
相手のビームが見当違いの場所を穿った直後に、元の姿勢に復元し再度加速。
バレルロールを行い、丁度背面飛行になるタイミングで主砲と副砲が
高出力のビームはシールドによって受け止められるが、さすがに4門同時の発射には耐えきれずビームは貫通し、装甲を穿つ。
避けようも防ぎようもないタイミングでの攻撃。加えてシールドを貫通するほどの高威力のビーム射撃により、大穴の空いたハンマーヘッドは火を噴き出す。
「クラレント、パージ!」
キャリバーン号が腹を天に向けているタイミングでの攻撃と、それに次いでクラレントが放出される。
遠心力によって弾かれるようにキャリバーン号から離れ、即座にウイングバインダーを開いてハンドビームガンを構え、ハンマーヘッド号へと急接近する。
「……シルル、各部チェック」
「了解」
姿勢を戻しつつ、マコは高度をゆっくりと下げていくハンマーヘッド号を一瞥した。
◆
クラレントがハンマーヘッド号に接触する。すでにビームで撃ち抜かれた艦体は、いつ沈んでもおかしくはない状態であった。
加えて、クラレントが甲板に着陸したとなれば、すでに勝敗は決している。
ハンドビームガンを構え、それをブリッジに付きつける。
「これで終いだ。投降しろ」
『投降? 投降だと?! あの女に負けを認めろと! 否、断じて否だ!』
「モブカ・サハギン、か」
『貴様だ。『燃える灰』! 貴様があの女を連れ出さなければッ!』
その言葉に、クラレントはハンドビームガンを自身の足元へと1発放つ。
すでに虫の息であるハンマーヘッド号にとっては手痛すぎる追い打ちである。
「宇宙海賊になんぞならなかった、とは言わせない。それはお前が勝手に落ちぶれただけだ」
『すべてを失った俺は、奪うことでしか這い上がれなかった! 重ねた罪でアクエリアスには戻れず、あの女を探すこともできず、こんなところで海賊なんぞをやるハメになった!』
「……」
愚かだ。そして哀れだ。
怒りや憎しみを否定するわけではない。それらは時に人間にとって必要な衝動となる事をアッシュは知っている。
ただ、選んだ手段があまりにも短絡的で、自分勝手。
彼がもし、真っ当な生き方をしていて、自分の力でマコの命を狙っているのだとすればまだ理解を示せた。
だが、彼は海賊団の首領であり、力を得るために略奪を繰り返した。
個人の復讐に、無関係の人間を巻き込み――殺したのだ。
「奪われたのに、奪うのか、お前は」
『ああ。奪うさ。あの女さえ殺せれば、他の誰がどれだけ死のうが関係ない!』
「救いようがないな、お前」
クラレントが甲板から離れる。
同時に銃口をハンマーヘッド号へと向ける。
『たった1人残った妹を、ただあの家に嫁いだという理由だけで殺された俺の気持ちが解るのか!』
「解らない。だから復讐そのものは否定しない。お前の怒りは正しいよ。けど、やり方が気に入らない」
静かに、ただ静かに沈みゆくハンマーヘッド号に照準を合わせる。
ハンドビームガンの出力を上げつつ拡散範囲を狭めて貫通力を高めていく。
狙うのはブリッジ。そこを撃ち抜けば、即座にモブカ・サハギンを仕留めることができる。
だが、アッシュはそうしない。そこまで、アッシュは優しくない。
「最後の確認だ。お前、どれだけ殺した」
『そんなもの、いちいち数えてられるか』
「……そうかい!」
発射の直前で狙いを後部のエンジンに変えて発砲する。
細く鋭いビームは容易く装甲を貫通し、エンジンが爆発し、艦が砕け始める。
さらにブリッジの真下部分を照射モードにしたビームで薙いで艦本体から切り離す。
『殺せぇ! 一思いに殺せ!!』
「悪いが、そんな慈悲は俺にはねえよ」
派手に爆発を起こしたエンジンが本体から分離する。
爆発によって折れた艦体は浮力を失い、空中分解しながら落下していく。
その落着の様子を最後まで見ることもなく、アッシュはクラレントをキャリバーン号へ向けて飛ばした。
ただ、クラレントのセンサーは巨大な何かが爆発したことを静かに告げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます