第46話 取引

 気絶したマコはとりあえず椅子を並べてつくった簡易ベッドに寝かせ、アニマ・アストラルと名乗った声の主の話を聞くことに。


『皆さんも知っての通り、この惑星の大気は人間にとって毒を含んでいます。それを知った時、ボクたちは選択肢は限られていました。いくつかの選択肢のうち、その時点で最も成功率が高かった計画が選ばれ、それが実行されました。それが、アストラル計画』

「アストラル計画……」

『ボクの両親が計画した計画です。オルタネイト計画やレプリノイド計画といったものもありましたが、時間がありませんでしたし、今の話には関係がないので割愛させてください』

「そのあたりについても興味があるのだけれど……仕方ない。進めてくれ」


 シルルはアニマから語られる話に興味を抱いているが、それを今聞き出すことができそうになく、少しだけ残念そうな顔をする。


『アストラル計画は、人間を構成する要素のうち、肉体のみを排除した存在――アストラル体として生存させるという計画です。これにより、ボクたちは肉体を捨て生き延びることを選択しました』

「肉体を捨てた? じゃあ……」

『実質、幽霊みたいなものですかね』


 あまりにも明るい口調でいうが、肉体を捨てるというのは並大抵の覚悟ではできない。

 しかし、そうせざるを得ない状況まで追い込まれていた、ということでもある。


『ですが、この姿にも問題があった。アストラル体は何かの依り代に宿っていないと、急速にその存在をすり減らしてしまう。つまり――』

「本当の意味で、死ぬ?」

『はい。それを避けるために他人と融合した者もいます。けど、融合を繰り返した結果自我が崩壊。滅びるその時まで、さまよい続ける亡者のようになってしまいました』

「……それって、まさか」

『アッシュさん、でしたよね。貴方の想像通り、カスミホタルと呼ばれている現象で出現した人影は皆、アストラル体がエーテルを使って一時的に視認でき、強い物理干渉能力を持ったボクの仲間です』

「ちょっと待ってくれ。私が閲覧した記録によれば、二度目にこの惑星を訪れた移民船団をカスミホタルが攻撃したとあるが、それはつまり、君達が彼等の妨害をしたという認識でいいのかい?」


 惑星大気の毒素に気付き脱出しようとした移民船団を攻撃した、という記録。

 何故そんなことをしたのか。そのことと次第によっては、アニマへの対応を変える必要がある。

 シルルは冷静に思考しつつ、相手から情報を引き出そうとし、アッシュとベルはどこから声がしているのかと探りを入れいつでも動けるように気を張り、マリーは――マコの介抱をしていた。


『それは、彼等がボク達の依り代を奪ったからです』

「依り代、というのは……」

『作業用のアンドロイドです。一応、生身の肉体を捨てたとはいえ人間ですから、人型のものに宿ることでアストラル体を維持していたのです。が――』

「それを奪われた、と」

『はい。アストラル体になった我々は、多少の物理干渉能力は持ちますが、工業製品を製造できるほど多種多様な工具や重機などの操作はできません。アンドロイドの再生産もかなわず、残されたアンドロイドを持っていかれることは死活問題でした』

「なるほど。確かにそれは……」

『結果、あのような事件に発展してしまい、墜落時の衝撃でアンドロイドは全滅。結局、ボク達は依り代とすべきものを失うことになったのです』


 自分たちの命がかかっている。だから必死に取り返そうとする。当然の帰結だ。

 相手に悪意はなくとも、それが誰かにとっての害となる事はままあること。その結果が、惑星脱出の妨害。

 アッシュたちにその真偽を確かめるすべはないが、アニマの言葉を信じるならば一応の筋は通る。

 気を張っていたアッシュとベルは警戒を解き、シルルも気を緩めてゆっくりと息を吐く。


「アニマ。アストラル体というものについてはある程度理解できた。残念ながら真偽についての精査は今の我々には不可能だが、君を信じよう。アッシュもベルもそれでいいかい?」

「ああ」

「異論はありません」

『ありがとうございます』

「それで、そのアストラル体の君がどうして我々に接触してきたんだい?」

『それは――ボク達を利用しようとする人間を排除してほしいのです』

「利用? 何に利用するっていうんだ?」

『アストラル体は他のアストラル体と融合でき、それを繰り返すことで自我を失っていきます。それを理解しているからこそ、ボク達はそれを進んで行うことはありません。ですが、アストラル体を人為的に融合させている存在がいます』

「もしかして、それはムラ鉱山に陣取っているんじゃなあいだろうね?」

『そのまさかです。シルルさん』


 アッシュとベルは、融合という言葉と消滅という言葉に引っかかりを覚えた。

 その理由は、言うまでもなく街へ向かう時に見た青白い光――カスミホタルの生み出した人影が口にした、意味のある単語。


「……混ざる」

「……消えて」

「「ああっ!!」」


 合点がいった。

 あの単語は、彼等の発したSOS。他のアストラル体と混ざって、自我が消える。そういうことだったのだろう。


『奴等はアストラル体を観測できる機械と、アストラル体に触れる事ができる装置でボク達の仲間を捕まえ、それを強引に融合させて自我を奪って、ソリッドトルーパーに憑依させるという実験を行っています。それを、これ以上行わせないようにしてください』

「手段は択ばなくていいんだろうな」

『はい。アッシュさん。仮に同胞が憑依したソリッドトルーパーであったとしても、破壊してください。彼等はもう元には戻れないし、機体を破壊されても消滅したりしませんから』

「最後に俺から確認だ。何故、俺たちなんだ? 他にも頼れる人間はいくらでもいたんじゃないか?」

『それは、あなた達が持つ波長が、ボク達にとって好ましいものであったから――要するに、話を聞いてくれる、助けてくれると直感したから、ですよ』

「んー。スピリチュアルなことはよくわからんが、ハナから信用されてたのは理解できた。ただ――」


 ファーストコンタクトが割と最悪だったので、そこはどうにかならなかったのだろうか、と。


「――いや、まあもう過ぎたことか」

「それで、どうする? いきなりムラ鉱山に乗り込む?」

「その前にゲゲルだろ。あそこについての情報は――いや、アニマ。お前なら知ってるか?」

『ゲゲルですか? あそこは毒素がひときわ濃く、生身での活動は危険ですよ』

「何だって?」

『あそこにいるだけで寿命が削られるほどの濃い毒素が充満しているんです。その範囲に人が近づかないように、仲間が常に見張っているのです』


 それが幽霊騒ぎの原因、というわけである。


『ですが今は、奴等によってゲゲルは支配されてしまった。奴等はゲゲルをアストラル体を狩る狩場に。その毒素を盾に、地下に巨大な研究施設を建造したのです』

「……やけに詳しいが、まさかとは思うがお前」

『ボクはその施設にいました。たまたま、特異体質だったのか様々な機械に乗り移りながら施設から脱出。外の仲間と合流して、助けを求めていたところに――』

「キャリバーン号が降りてきた、ということですね」


 マコを開放していたマリーが会話に加わる。

 寝かされたままのマコはぴくりとも動かない。

 一応は気絶しているだけであるため問題はない、はずである。むしろ起きた後が問題かもしれない。


「アッシュさん、助けてあげられませんか?」

「お前ならそういうと思ってたよ。けどな。ギブアンドテイクだ。アニマ、お前さん。俺たちに払えるものはあるか?」

「アッシュさん!」


 マリーが非難するような声を上げる。

 だが、それをシルルとベルが制した。


「アッシュさんは別に意地悪で言っているわけではありませんよ」

「ああ。対価というのはすなわち、その人間の信用だ。マリー、君は信用できない相手と取引ができるかい?」

「それは……」

「まあ、そこまで難しいことは聞いてないよ。ようは、覚悟を見せてくれってことだ」

『ならば、ボクの全てを』

「……乗った! マコ――は駄目だな。シルル、キャリバーン号発進。目標は、まずムラ鉱山だ。アニマは……どうするんだ?」

『何か宿るものがあれば』

「だったら格納庫のフロレント2号を使ってもらおう。案内するよ」

『ありがとうございます』


 案内する、とシルルが言ったものの、見えないものをどうやって案内するんだろうか、と疑問を抱いたアッシュであるがそれを一端横に置くことにした。


「ていうかアニマ、君どうやって喋ってるんだい?」

『艦内のスピーカーを通してですね。一応、声だけなら遠くまで届けられるんですけど……』

「ああ、あの不気味な声になるってことか……」


 そのせいで、こっちはちょっとした恐怖体験だったわけだが――今更何も言うまい。

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