第210話 戦の後、嵐の前

 エクスキャリバーン――キャリバーン号内ブリーフィングルーム。

 そこに集まったのは、元々のクルーと――ナイアとリオン。ウロボロスネストの構成員であり、ついさっきまで命のやり取りをしていた相手だ。


「さて、と。これで全員なのか?」

「タンパク質が主成分の肉体を持つ人間、という意味ならばこれで全員。タリスマンとアストラル体はそれぞれ代表が1人ずつだ」


 と、ナイアの問いにシルルが答えた。

 それで納得したのか、ナイアはバトルドールに入ったアニマを見つめる。


「同郷の人間にこんな形で会えるとはねえ」

『えっ、それじゃあ……』

「オレはレイス出身だ。ま、そっちとは生存計画が違うみたいだがな」

『ああ……スワンプマン計画、ですか』

「ちょっと待て。知らない単語が出てきたんだけど?」


 マコは勿論、発言者のアニマと、直前にアリアから聞かされたアッシュ以外の全員がその単語に聞き覚えがない。

 そしてアッシュも、その単語を聞いただけであり、その内容については詳しくは知らない。

 が、シルルはその名前とアニマの反応からして何かを察した。


「ずいぶんと皮肉の利いた計画名だね」

「オレは唯一の成功例。死んでも量子リンクした再生装置で再生して何度でも復活する。それがオレだ」

『すまない。どういう意味なんだ?』


 と、レジーナが尋ねる。確かにそれを理解できない者は多い。

 言葉の意味を理解しているのはアッシュ、シルル、アニマの3人だけ。


「昔の、それこそ地球の人類がようやく宇宙進出し始めたころの思考実験の一種が、スワンプマンだ」

「男と沼地に雷が落ちて、雷に撃たれた男は死に、その傍にあった雷が落ちた沼地からは、死んだ男と原子レベルで同一の生命体が生まれた。これをスワンプマンと呼び、この生命体は男の記憶・精神性・知性すら完全にコピーしている」

『思考実験では、死んだ男と沼から生まれたスワンプマンは同一のものであると呼べるのか、という点に焦点をおいて議論することが多いと聞きます。まあ、細かい条件を付けていくとややこしくなるので割愛しますし、この説明だってボクの認識なので正しいかどうかは置いておくとして……』


 スワンプマン計画。アニマとナイアの言葉を信じるのでれば、それは惑星レイスの毒の大気に対してかつてのレイス移民者たちが生存のための計画の1つであったのだろう。

 アストラル計画が肉体を捨て精神生命体となることで生存を目指したのならば、スワンプマン計画はあくまでも肉の身体に執着した計画であったのだろう。

 だが、その計画の成功例がここにいるということはつまり、このナイアという一見少女にしか見えない女も、アニマ同様の年月としつきを生きている、ということになる。

 とはいえ、流石にそれにしては肉体が若すぎるので、その間に何度も死んでいるのは間違いないのだろうが。


「って、オレの事はどうでもいい。お前等に話しておく事があるから、アリアの代わりにオレが話す」

「……」


 ナイアの陰に隠れるようにするリオン。彼女はずっとシルルの方を見つめている。

 やはり何か感じるところがあるのだろうか。


「ま、そっちのヤローはもうアリアから直接聞いてるだろうし、あんまり詳しくはオレも知らねえ。だが、オレたちウロボロスネストの目的は、ただのテロリズムじゃねえ」

「……」


 その言葉に、何人かがぴくん、と反応した。

 だがここで話の腰を折るのを嫌って喉元まで這い上がってきた言葉を飲み込む。


「世界にとっての悪となる。宇宙共通の敵となる。それがオレたちの目的だった。それにはもちろん、スポンサーが居たがな」

「ッ! まさかそれは」

「さすが王女さんだ。その通り。ラウンドだ」


 その後も、ナイアの口からウロボロスネストについての情報が語られる。

 これまで各惑星で行った活動内容。最終的な戦力規模。拠点の位置。

 そして何よりも衝撃的だったのが、ラウンドとのつながりである。


「そもそも、ウロボロスネストの結成理由は、全宇宙の人類の意思の統一。そしてそれを画策したのがラウンド――いや、ウーゼル王だった、と?」

「……」


 流石にマルグリットもショックが大きいのか、膝から崩れそうになり隣にいたベルに支えられてなんとか立っている。


「流石に信じられない。いや、ウロボロスネストの目的を達成するために全人類の敵対者であることを選んだのは理解できる。ある意味でそれは最も単純かつ確実に意思を統一する方法だ。だが良し悪しで言えば、悪しだ。それをあのウーゼルが選択するとは思えない。それに、なぜあの通信以後ウーゼルはこちらにコンタクトをとってこないんだ」


 この中ではラウンド国王であるウーゼルの事を誰よりも理解しているシルルは、やり方がウーゼルらしくないという。

 勿論、シルルにも見せない裏の顔がなかったか、と言えば否定はしきれないだろう。

 だが、ナイアはそれについての回答を持っていた。

 それはウロボロスネストという組織が結成される最大の理由となったもの。


「インベーダー。その存在をウーゼルは知ったんだよ。でもまあ、当時15歳程度の小娘の話によく耳を傾けたものだとオレは思うがね」

「8年も前か……」

「オレも詳しくは知らねえが、アリアは始祖種族の遺跡を発見。そこに描かれたものと、わずかに残された文字から、インベーダーを知り、それをどういうコネで繋がったのかわからないラウンドの国王に伝え――ウロボロスネストが結成された」

『……つまりは、インベーダーに対抗するためだった、と。信じられないな』

「1万2000年周期の脅威。それに対抗するには、今のバラバラのままの人類では不可能。そう考えてのことだったんだろうさ」

「……なるほどな。それならばある程度は理解できる」


 と、シルルも一定の理解をみせる。

 とはいえ。その前段階でどれだけの人間が命を散らしたのか、という点に目を瞑れば、だが。


『ウロボロスネストの結成理由とその目的、そしてその裏にいる人間のことはわかった。ならば、その事情を知っているはずのウーゼル王は何故何も語らない。彼も当事者ならば、通信なりなんなりでも、我々に説明をすべきではないか』


 レジーナが口にした言葉。

 至極当然の話で、事の発端たるウーゼルには説明責任というものがある。

 無論、世間に対してもそうだが、それ以上に実の娘と矛を交える事になったという事に対して納得のいく説明を、というのがエクスキャリバーンクルーの総意である。

 だが実際には、あの降伏宣言の後一切の接触はなく、通信も繋がらない。

 それはあまりにも不自然だ。


「……マルグリット、だったか」

「はい。何でしょう」

「心して聞いてくれ。ウーゼル・ラウンドはすでに死んでいる」

「っ!? ですが、あの時は間違いなくお父様が……!」

「あれは収録だ。ハナからウーゼル王は自分と娘が戦う事になるというのを読んでいたんだろうさ」


 流石に、動揺が広がる。

 ウーゼルはすでに死んでいる。

 だとすれば、いつだ。


「オレたちは、ウーゼルの計画をベースに、アリア――アルビオンが少しばかり手を加え、それに従って行動していた。つまりは、オレたちとお前たちの因縁も、すべてウーゼルの計画したことだったんだろうさ。まあ、その結果……人類がインベーダーに対抗できるだけの兵器を生み出してくれたんだからな」

「……重力兵器か。まさかそこまで計算して? いや、そんなことができるとしたら、未来予知でもない限り不可能だ。まったく、ウーゼルのヤツは……」


 シルルは少し笑い、困ったな、と髪をかきあげた。


『ウーゼル王が死んでるなら、こちらから出向くしかないですよね?』

「ああ。だったら停戦協定は私がさっさと済ましてくるよ。久しぶりの古巣に挨拶もしなければ、だしね。ナイアだったか。話はできているんだろう?」

「ああ。勿論だ。それに、急いだほうがいい。インベーダーが現れるその時は、もう目の前まで迫っている。そう、アリアは言っていた」

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