第211話 戦後の情報拡散
惑星国家同士の戦争は、その実情を知る者からすればあまりにもあっけない幕切れであった。
だがそれを第三者の視点から見れば、ラウンドの防衛ラインを無視して直接首都ペンドラゴンへ侵攻したネクサスにより、首都ペンドラゴンは甚大な被害を被り、その時点で迎撃可能だった部隊を展開するもこれをことごとく撃破され、ウーゼル王が降伏を宣言した、となる。
ウーゼルの降伏を承諾したネクサスの代表マルグリットは、事後処理の後、すぐに行動を起こしてスムーズに終戦協定が締結され、正式に戦争が終わる事となる。
ラウンド側の宣戦布告からみても数ヵ月程度の出来事。戦争と呼ぶにはあまりも短く、一方で損失額という数字でみればおそらくではあるが有史以来最大額の損害を出している。
しかもその被害というのも、あまりにも一方的。
ネクサス側の人的損失はゼロ。それに対してラウンドはすでに正確な数を把握できていないほど、人命が失われた。
こんな戦争があるものか。そう誰もが口にする。
一方、この終戦のニュースはあっという間に別の話題にさらわれてしまう。
それは――ウロボロスネストの存在である。
その存在は、各惑星の軍事部や裏社会では知られていたが。
だが、
具体的な内容は、直近ならば惑星アクエリアスにおいて始祖種族の兵器であるゾームを起動させた事。少し遡れば、惑星ディノスと惑星フォシルの対立を煽り、惑星アルヴの王家殺害と女王との入れ替わり、惑星レイスや惑星ウィンダムでは機動兵器の開発。危険薬物の流通や人身売買に、複数のテロ。誘拐、殺人。
そして――その被害者リスト。
記載された名前には、各惑星の要人の名もあり、世紀のスキャンダルとして惑星間戦争の終戦よりも大きく扱われた。
どこに潜んでいるかもわからず、いつ自分達にも牙を向けてくるか分からない組織、ウロボロスネスト。
その存在を知った者たちは、声をそろえる。
恐ろしい。絶対に許せない。見つけ出せ。――殺せ、と。
悪感情という形ではあるが、宇宙に住む人間の意思は統一される。
全宇宙共通の敵となる、というウロボロスネスト結成当初の目的はこうして達成されたのである。
尤も――すでにその組織が壊滅している、ということはその当事者たちしか知らないのだが。
『……ずいぶんと派手に動いたものだな』
「でも、そのかいはあった」
ミスター・ノウレッジという自我を獲得した始祖種族の遺産のメインユニットの前に座ったリオンは、自前の端末を操作しながら、機械の言葉に反応を返した。
「リオンたちは、ぜったいあくでなければならない。そして、それをたおしたのが、あなたたちであることがじゅうよう」
『なるほど。それはわかる。存外単純な話だ。絶対的な悪を打倒した英雄は、人々の統率者となるのは、珍しい話ではない』
「だから、うろぼろすねすとのかいめつは、まだふせてある。けど……」
『ああ。そうだな。インベーダーの襲来までそう時間はない。情報開示のタイミングは重要だ』
現状、人々はウロボロスネストを畏怖の対象としており、それを倒したエクスキャリバーンを英雄視する動きはかならなず存在する。
そうなれば、インベーダーに対抗するために統率を取りやすくなる。
何より。現在は惑星ネクサスの異常ともいえる発展を遂げた科学力こそ、対インベーダー戦においては重要なのだ。
「のこされたじかんで、どこまでできるのか」
『それは君たちシスターの力なら演算できるんじゃあないのかい?』
「リオンたちは、そこまでばんのうじゃない。ただのりょうしこんぴゅーたーていど」
『……それは、世間一般的には十分に優れた演算能力だといえるのだがね』
◆
戦後処理は――信じられないほどスムーズに進んだ。
何故か、というとそれは敗戦後の準備がすでにできていたからであり、条約の締結もほとんどウーゼルが生前に用意したもので、ネクサス側にとって不利益を被るようなものではなかった。
しいて問題となることといえば、エクスキャリバーンによるペンドラゴン襲撃の際に巻き込まれた被害者遺族への対応だろう。
戦略上において必然的に発生する被害ではあったとはいえ、もっと高度を上げていれば被害は抑えられた、という批判は当然存在し、それに対して戦争の責任者であるマルグリットへの責任を追及する声もある。
あるのだが――それをうやむやにするのが、ウロボロスネストとウーゼルの繋がりである。
ウロボロスネストの存在が公表されるのとすこしタイミングがずれて、ラウンド国王であるウーゼルとウロボロスネストの関係が、ネットに流出した。
そしてネクサスの前身である『燃える灰』についての情報も。
以前より宇宙海賊でありながら、真っ当に生きている人間を襲わない事で知られていた『燃える灰』。それが惑星国家ネクサスを建国するまでのあらすじが、ネットワークを経由して宇宙中に拡散されている。
「これ、脚色しすぎではありませんか?」
「このくらいハデにやってしまったほうがいいのさ。嘘は言っていない」
まあ。当初の『燃える灰』と、マルグリットとシルルの出会いからして、ウーゼル王がウロボロスネストと繋がっていることを暴くため、その力として『燃える灰』と協力関係になった、とずいぶんと形が変わって伝わっているが。
その後も、ウィンダムでは凄腕の賞金稼ぎシスター・ヘルを協力者に加えてウロボロスネストの兵器開発計画を阻止しただの、レイスでも巨大兵器の暴走を現地協力者と共に食い止めただの、サメカラス変異種によって絶滅寸前だったサンドラッドの住民を救っただのと、嘘とまではいわないがいいように聞こえるように――もっといえば、物語の英雄を称えるかのように脚色されている。
それに対してマルグリットは難色を示したが、3徹目で隈をつくった
「ちなみに、これは彼女等の提案だ」
「彼女等……? アリアさんたちから、ということですか?」
「どうも、ネクサスは世界を救う英雄として担ぎ上げられるようだ。それはそれとして、だ」
シルルはマルグリットに手に持ったタブレットに表示した設計図をマルグリットに見せる。
「これは……ベディヴィアとヴェナトルの設計図、ですか?」
「それだけじゃない。タイラント系列機すべての設計図、カムランにヴィヴィアン。ガラティンやマルミアドワーズのものまである。全部提供してくれたおかげでいろいろとはかどるっているよ」
と、座った目でいうものだから、そろそろシルルを無理やり眠らせることを考えるマルグリットであった。
が、それはそれとして、だ。
「ですがそれは……」
「ほとんどが常人には扱えない」
ウロボロスネストの機体は特殊すぎて設計図を渡されたところで、いくら強力だからと言って万人が使えるような機体ではない。
廃人化リスクのある薬を投与するか機械化しないとまともに操縦できないタイラント系列機。そもそもの仕様が特殊すぎるカムラン。まともに操縦させる気のないヴィヴィアン。ソリッドトルーパーとしては火力の高すぎて汎用性がないガラティンに、そもそもそれをソリッドトルーパーとして定義していいのかわからないほど巨大で火器管制が複雑なマルミアドワーズ。
こんなものを量産するのはただの愚行でしかない。
「だが、これに搭載されているシステムは使える」
「システム……あっ!」
マルグリットは思い出す。
ウロボロスネストの機体は、単独で空間転移を可能としていた。
それができるならば、戦略的にはかなり大きい。なにせ完全に不意を突いた攻撃が戦闘中にできるだのから。
「エーテルマシンでも似たような事はできる。けれど、あちらはエネルギーキャパの問題で回数制限があるが、ウロボロスネストの機体にはそれがない。ジェネレーター出力も一般的なものとダンチとくれば……」
「事実上、無制限に空間転移や空間跳躍を行えるソリッドトルーパーが完成する、と?」
「そんなのを相手にしていたんだよ。私達は」
「そう考えると、アリアさん達が本気だったら……」
「訳も分からないまま、一方的に蹂躙されていた可能性が高い。まあ、面と向かってのやり取りでは本気で殺すつもりだったんだろうけどね」
「えっ。そうなんですか?」
「……ウロボロスネストに勝てなきゃ、私達がこれから仮想敵にしなきゃいけない連中になんてかないっこないからだ」
「……そうですね」
ふぅ、と息をついて椅子の背もたれに体重を預けるマルグリット。
「私よりも君も仕事を頑張りたまえ」
「手伝ってくれませんか?」
「人員配置は会社を運営する人間の仕事だろう?」
「会社でも人事部というものが……というか私がやっているのは国家の運営ですよ」
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