襲来

第212話 すべての人を守るための盾を

 戦争が終わり、各所がその事後処理に追われてあわただしい中、エクスキャリバーンの面々は、それとは別の理由であわただしくしていた。

 具体的には、ラウンドの試験場を借りての新型量産機のテスト、である。

 何故そんなものが必要なのか?

 当然、インベーダーの襲来に備えるためである。


「ナイア、だったか。インベーダーの襲来が近いとは聞いているが、具体的にはわからないのか?」

「アリアなら知っている。いや、もしかするとなら知っていたかもしれないが、今はどうだかな」

「……」


 現在のアルビオン――アリアは、まともに話ができる状態ではない。

 記憶と感覚を共有したもう1つの人格であるアルビオンの消失。その影響が、時間が経つごとに大きくなっており、記憶の混乱や情緒不安定といった症状がみられる。

 当然と言えば当然のことだ。アリアがアルビオンとして、ウロボロスネストとして活動した数年の間でどれだけの被害を出し、どれだけの人間の運命を狂わせたのかは計り知れない。

 エクスキャリバーンのクルーのほぼ全員も、運命を狂わされた側の人間である。

 そしてそれは、アリアというたった1人の若い女が抱えきれる業ではない。

 故に、それを受け入れるための人格としてのアルビオンが存在した。

 だがアルビオンとアリアの記憶は共有されている。ストレスを受け止める器であった人格が消失すれば当然、今までアルビオンが受け止めていた罪悪感はすべてアリアに襲い掛かる。


「いつからアリアはアルビオンを……」

「さあなオレと出逢った時はすでにアルビオンだったぞ」

「……おそらくですが」


 と、ベルが口を開く。


「アルビオンという人格の消失に伴い、今まで彼女が受け止めていたストレスをアリアさんが受けているのは間違いありません。ですが、それ以上の何かがあるのではないか、と」

「それ以上の何か?」

「そこまではわかりかねます。わたしも、精神の方は流石に専門外ですので」

「その前にお前無免許だろ。その医療知識でなんで医師免許持ってないんだよ」

「大昔には多額の報酬と引き換えに救える患者は救う天才的な腕前を持つ黒い無免許医がいたので、問題はないでしょう」

「それ大昔の漫画の話だろ。オレですらアーカイブで見たことあるぞ」

「免許ないのは問題なんだよ。いや、世話になってる俺が言えたことじゃねえんだが」

『あー、3人とも。いい加減その機体のテストを始めてくれると助かるんだけど? こっちはデータ取りのために72人待機してるんだぞ』

『ひま。はやく』


 エクスキャリバーンのブリッジから、雑談している間ずっと試験場に直立したままの名もなき実験機に乗る3人にマコとリオンが不満の声を漏らす。

 実際、長時間放置されていたら文句もいいたくなる。


「悪い悪い。で、アニマは出てこねえのか?」

「アイツではテストにならないからな」

「アニマさんは機体そのものを動かしてしまうので……」

「ああ、そりゃあ、実験機のデータ取りには向かないわな」


 今、彼等が乗っている実験機は、あくまでも人が乗ることを想定している。

 なので、テストパイロットは当然普通の人間でなくてはならない。

 とはいえ、エクスキャリバーンで普通の人間のパイロットといえばアッシュとベルだけ。

 シルルやメグもソリッドトルーパーの操縦はできる。だが、シルルの本業は技術者。メグは生物学者だ。どうしても操縦技術というのはアッシュやベルには劣る。

 そこで、元ウロボロスネストのパイロットであるナイアにも白羽の矢が立った、というわけだ。

 何せとれるデータは多い方が良い。


「しっかし、お前達のところの技術屋はバケモノか? いくらベースとなる機体があったからといって、実験機が3機も用意できるとかおかしくねえか?」

「それは、そう」

「わたし達もなんでこの短期間でできたのかわからないんですよね……」


 実験機は新型のフレームを使用している。といっても、その構造そのものはクラレントMk-Ⅱマークツーのものと同じである。

 違うのはその素材。より安価なものへと交換され、それに伴い強度なども低下している。が、そもそもの量産型クラレントMk-Ⅱマークツー自体フレームだけでもハイコストな量産機であり、大量生産することを想定した場合はコストが高すぎるのだ。

 それを多くの惑星で運用されている機体と同程度のコストに抑えるためのダウングレードであるし、低下したといってもそれはあくまでも高級量産機であった量産型Mk-Ⅱマークツーと比較して。

 ダウングレードしたものであっても、他国の主力量産機と比較すれば十分に高性能である。


「で、オレたちは何をすればいいんだ?」

『ペイント弾を使った摸擬戦だとさ。ああ、近接攻撃はスタンロッド限定な。間違ってもビームソードは使うなよ?』

『そもそも、そうびしてない』

『そりゃそうか。頼むよ、リオン。シスターズも』

『ん』


 モニター越しではあるが、リオンがマコに向かってサムズアップしている。


「ずいぶんと仲良くなったようで」

「わだかまりはある。が、そうも言ってられないだろう」


 自分達より優れた技術を持った文明ですら手こずる相手。それを相手にしようとしているのだ。

 ここでやったらやられた、と問答を繰り返して衝突していては、強大な相手に立ち向かうことなどできはしない。

 だから、思うところはある。それを一度忘れて、こうして共に歩もうとしているわけだ。

 それに、どのみちウロボロスネストの構成員であったナイアやリオンは、どこへいくこともできない。その素性がバレれば当然の非難が待っている。最悪、命を狙われる、ということも十分に考えられる。

 特に、リオンやシスターズはその価値を知る者からすれば、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。


「ま、今は摸擬戦で稼働データを集めようか」

「ですね」

「んじゃあ、いくぜ?」


 最初に動いたのは、ナイア機。ペイント弾の装填されたライフルで2機を同時に攻撃した。

 その動きに反応し、アッシュとベルがスタンロッドを振り抜く。

 と、ライフルの弾丸はスタンロッドで叩き落される。

 それはもう、パァンという派手な破裂音と共に。

 妙な沈黙。ライフルの銃口を向けたまま、ナイア機が停止する。


「……嘘だろお前等」

『そうていがい……』

『ウチのリーダーと調理師はバケモノか……』

『えっ、べる、ちょうりしなの?』

「コックがなんでパイロットやってんだよ!? あ、いや。こいつそういや元々賞金稼ぎだったか! いや、だとしても、お前等おかしいだろ!? なんで銃弾を斬り払えるんだよ!?」

「「できたんだから、できるんでしょ」」


 そうはいうが、秒速数百メートルで移動する、90ミリの弾丸をスタンロッドで叩き落すのは普通ではない。


「ちょっとまて。オレこんなバケモノ相手に戦ってたのか?」

『……こんなのとやりあえてたあずらえるとおねえちゃんがすごい』

「んじゃ、今度はこっちからいくぞ」


 アッシュ機がスタンロッドを構えたままナイア機へ向かう。

 大きく腕を振りかぶり、攻撃態勢を取るが――ナイア機はそれを跳びあがって回避。上をとるなり、ライフルで攻撃するが、それを軽くステップで回避される。

 機体が着地する瞬間、ナイアはベル機がライフルを構えているのを確認。すでに発射寸前であると判断し、横へと飛び退く。

 瞬間。ベル機のライフルから弾丸が放たれ、その弾丸はアッシュ機へと迫るが、それを同じようにライフルを発砲し、弾を撃ち落とす。


『いいでーた、とれそう?』

『あーうん。機体の耐久テストにはなってる、かなあ……?』


 重力制御機構グラビコンを標準搭載し、重力兵器を携行する低コスト量産機。

 今までネクサスが培ってきた技術に、ウロボロスネストの所有していた技術を合わせたそれは、間違いなく宇宙最強の量産機と言えるものになるだろう。

 そしてそれは、大いなる脅威に対抗するための手段として運用されることを期待されている。

 問題は、インベーダーの襲来までに、どれだけの数が用意できるか、である。

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