第213話 計画変更

 シルルは頭を悩ませていた。

 アッシュ・ベル・ナイアの実機テストの結果は、非常に有用なものであった。

 具体的には、どこまで動かせば壊れるのかがよく理解できた。

 結果、対インベーダー用に想定していた重力兵器の運用に耐え切れない可能性が出てきてしまった。

 これはまずい。非常に拙い。

 ならば、現行のクラレントMk-Ⅱマークツーと同様のものを流通させるか、というとそれでは駄目だ。理由は勿論製造コスト。

 高級量産機では性能は担保できても、頭数が足りない。


「ミスター、インベーダーの規模について具体的に提示できるかい?」

『不可能だ。散発的に単独で出現した事もあれば、億単位で出現した事もある』

「シス、そちらの記録では?」

『ミスターと同様の回答しかできません』

「そうか……」


 ミスター・ノウレッジと、いつの間にかシスと呼び始めたオームネンド統括システムという2つの始祖種族の遺産から情報を引き出そうとするが、何もわからない。

 散発的に出現することもある一方で、億単位で出現することもあるという幅の広さ。

 これではとにかく頭数をそろえて対抗するしかない。

 だがその頭数をそろえられそうにない、という話になっているのだが。


『ところでマスター』

「何さ」

『なぜ新型機に拘るのでしょうか』

「……は?」


 一瞬、シスに何を言われたのか理解できず、通信用端末のほうに視線を向けたまま呆けるシルル。

 現行機では対抗できない可能性が高い脅威に対抗するには新型機を作る。

 それはシルルにとっては当然のことである。今まではそうしてきた。

 だが、すこしばかり冷静になってみる。

 ――そういえばここ数日寝ていない。

 以前もこの状態まで自分を追い込んで、とんでもない凡ミスをやらかしそうになっていたことを思い出す。

 一旦冷静になろう、と眼の間を指で揉む。


「何か提案があるなら教えてほしい。今の私はどうやら判断力と思考力が著しく低下しているようだ」

『では提案します。重力兵器を運用するための機体、ではなく既存の機体でも重力兵器を運用できるようになる装備の開発ならば、機体よりもローコストに抑えられる可能性があります。また、用途を限定する事で重力制御機構の複雑な操作に割かれるリソースを減らすことが可能です』


 シスからの提案を聞いていたシルルは、その発想に至らなかった自分が情けなくなり天井を見上げた。

 いや、正しくは――それが忘れていた事を嘆いた。

 その発想など、とうの昔に通り過ぎている。

 だからこそ、その試作品は存在する。運用テストもすでに終わっている。

 ならば、そっちのほうが早かったのではないか、と。


「ありがとう、シス。ずいぶんと疲れていたようだ、というのは理解できた。私はプラン変更の報告の後、少しばかり睡眠をとることにするよ……」

『報告なら私からしておこう。君は早く寝ることだ』

「なら頼むよミスター。新型機の製造プランは一時凍結。試作番号OD19541103の量産にシフトする、と」



 試作番号OD19841103――グラビティランチャー。

 具体的には、砲身内で発生させた球体の重力場を反発するベクトルの重力場を使って弾き飛ばすことで攻撃を行う投射装置と一体化したソリッドトルーパー用外付け重力制御機構グラビコン

 惑星国家ネクサスの建国宣言をしたぐらいのタイミングでそれは完成していた。

 宇宙空間でのテスト運用はすでに終えており、効果も実証済み。

 だが何故それが装備として採用されなかったのか、というと当時のネクサスには一切必要がなかったからである。

 何せ、同時期に進んでいた量産型クラレントMk-Ⅱマークツーが最初から重力制御機構グラビコンを採用し、重力兵器も問題なく使用できるよう設計されていたのだから、そんな追加装備をわざわざ作る必要性がなかったのだ。

 とはいえ、試作したものを破棄してしまうわけもなく、いまもネクサスの保管庫におかれたままである。


『あった。さすがはシルルさんだ。エクスキャリバーンにも設計データを保管してある』


 エクスキャリバーンのアーカイブに保存されているデータに検索をかけ、出てきたデータを閲覧するバトルドール状態のアニマ。

 あとはこれをラウンドの工廠へ送り、そこで製造できるかどうかである。

 何せネクサスの工業技術は明らかに他の惑星の一歩――いや、あるいは数百歩以上前を進んでいる。

 特に生産速度。これに関してはもはや周囲と時間の流れ方が違うのではないかと、ネクサス側の人間であるアニマ達ですら疑いたくなる。


『アニマ、ここにいたのか』

『レジーナさん。どうしたんですか』

『何。機動兵器関係の話になると我々はどうもやることがなくてな』

『ああ。そうですよね。タリスマンの皆さんはソリッドトルーパーに乗るほうが弱体化しそうですし』


 ははは、と笑うアニマ。

 レジーナも腕を組んで頷いてそれを肯定する。

 実際、レジーナを含めた一部のタリスマンはメガフラッシャーという必殺の武器を持っている。その最大威力は軽く見積もっても戦艦の主砲には匹敵するだろう。


『ミスター・ノウレッジから伝えられたシルルからの伝言の件か?』

『はい。こういうのはボクたちアストラル体がやったほうが早いんで。実際すでに見つけてあります』

『……そうか。それにしても、インベーダーか。我々も力になれるだろうか』


 そう、レジーナは漏らす。

 確かに始祖種族ですら苦戦するような相手だ。それを改造や追加装備でどうにかできるであろうソリッドトルーパーならともかく、レジーナ達タリスマンはあくまでも超人的な身体と特殊能力を獲得しただけの人間に過ぎない。

 技術やセンスという意味では鍛えれば強くはなるだろう。だがそれで、それだけで間に合うのか、確かに疑問である。


『いざその時が来た時。私がその場にいることで周りの足を引っ張るのではないか、という思考が頭から消えてくれない』

『大丈夫ですよ。きっと、その時までには何とかなりますって』

『そうだといいな』


 アニマは端末を操作し、グラビティランチャーの設計図をラウンドの工廠と――アルヴの女王リーファにも送った。


『何故アルヴにも?』

『必要でしょう? さっきマリーさんにはメールで確認を取って了承してもらっていますし、この設計図を渡す意図もあちら側には伝えています』

『……バトルドールの身体、案外便利なのだな』

『はい。元々備わっている機能はすべてそのまま使うことができるので。今では気に入っています。まあ……顔がアニメっぽいのだけは気になりますけど』

『あと、何故メイド服?』

『それは、聞かないでください……』


 グラビティランチャーの存在は、宇宙を大きく揺るがすものとなることは間違いない。

 その設計図を知るのは、ネクサスと、その占領下にあるラウンド。そして惑星国家アルヴの3つの惑星のみ。

 今はまだ多くの惑星に知られる訳にはいかない。

 タイミングは、速すぎても遅すぎても駄目なのだ。


『……間に合うんでしょうか』

『わからない。だが、そうだな。ウロボロスネストの存在が周知され、それが全宇宙共通の敵だという認識が進んでいるのに、いまだ各地では争いが起きている。そんな状態で、重力兵器の存在は知られていいものではない』

『……そうですね。現状、重力兵器を防御することできるものは存在しませんし』


 意思の統一化はなされ、エクスキャリバーンの一行を英雄として祀り上げるための準備もできている。

 そのはずなのだが、世界にくするぶる火種はいまだ消えず。

 当然と言えば当然だ。

 新しい敵が出てきたからといって昨日まで敵だった人間を、共通の敵がいるのだから今は仲良くしましょう、と簡単に割り切ることは難しいのだから。

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