第214話 薄氷上の平穏
終戦から1カ月が過ぎようとしていた。
現在の惑星国家ラウンドの立ち位置は、惑星国家ネクサスとの戦争に敗れて植民惑星と化している、というのが世間一般の認識である。
実際、その面は少なからずある。
マルグリットの勅命により、ラウンドの工廠はそのすべてがフル稼働。グラビティランチャーの製造と損失したソリッドトルーパーを補うための大量生産が行われている。
失われた人命まではどうしようもないが……そこを補うための遠隔操作システムの構築も並行して行われている。
何故そんなことが行われているのか、というのを理解している人間はあまり多くはない。
何せ、インベーダーの存在は未だ最上級の機密事項扱い。
このことを知るのは、惑星国家ネクサスの主要人物と、ウーゼルの側近や国家における要職に就いていた人間くらいなものである。
だがそれ故に。ネクサスの植民地化してもほとんど抵抗なく指示を受け入れられている。
ほとんど、というのは勿論――エクスキャリバーンの出現によって家族や友人を失った者たちの反発が存在するからである。
閑話休題。
マルグリットとしては制圧し、占領下においているかつての故郷から搾取するつもりなど一切なく、以前の体制をほとんどそのまま維持した状態で、惑星の運営を父の側近たちに任せ、エクスキャリバーンを含めたネクサス艦隊を引き連れ一度惑星国家ネクサスへと帰還していた。
凱旋。確かにその通りであるが、戦場から戻った者たちの顔はとても勝利を喜んでいるようなものではなかった。
その存在について何もわからない敵。
どれくらいの規模かもその都度異なる脅威。
『インベーダーについての情報は、それだけなのですか?』
「残念がながら。これが通常の兵器開発ならばどれだけ楽だったことか』
マルグリットはリーファとの久方ぶりの通信越しの対話の中で、そう愚痴をこぼす。
実際その通りである。
兵器開発はある程度要求される性能というのが決まっている。
例えば機体のステータスを数値化した時、それがすべて100の機体を基準としよう。
その機体に対抗するための機体、あるいはその後継機に求められるのは当然110や120といったステータスだろう。
だがそれを実現するとなると、コスト面での問題とぶち当たり、それを解消するためにどこかしらのステータスを削る、といった作業を行い、最終的にどこかしらの要素で基準を上回る機体を生み出していく。
ようは、基準となるものが存在するからこそ、それを上回っているということがわかるし、基準となる運用データがあるからこそ用途に合わせて削っても問題ない部分があるというのも判断できるのだ。
が、インベーダーは違う。
一切の記録が存在せず、ただ脅威度だけは青天井。
こうなると、こちらはどれだけの準備をすればいいのかわからないのだ。
『もうすぐそのインベーダーというのが現れる、とは聞いていますし、グラビティランチャーの設計図も受け取りました。それと、
「流石に装甲のほうは偽装をお願いしますね」
『それは勿論。ザイオーマ同様そこは上手く』
ザイオーマ、とはネクサスがアルヴに提供した機能制限型の
が、表向きにはアルヴがネクサスの技術を解析して製造した、という事になっている。
理由は当然、そうした方が角が立たないからだ。
重力兵器に関する技術提供を受けた、とあればそれをやっかむ者が当然出てきて、何らかのアクションを起こす可能性があった。
それが今回のクラレント
対外的にはザイオーマを運用して研究した結果、より発展した
「現在、防衛網の構築が進んでいるのはネクサス、ラウンド、アルヴの3つ。シルルのコネを使ってエアリアも進んではいますが、やや遅れ気味。他の惑星に関してはウロボロスネストが使用していたネットワークを使ってどうにかできないかと模索しているものの……」
『思うようには進んでいない、と。まあたった1カ月でできるわけもないのですが。普通は……』
「ははは。普通じゃあないんですよ、ウチの国は。何せこちらが制止しても無視して働き続ける絶対に過労死しない労働力がいるので」
『それは本当にうらやましいですわ。それはそうと……ウロボロスネストの各員についてなのですが』
「今は味方ですよ。おそらくは、裏切るという事もないでしょう」
『自らを絶対悪とすることで人々の意思を統一する。そのためだけの組織。その為だけの、使い捨ての組織、ですか』
今思えば、だからこそウロボロスネストという組織は少人数であったのだろう。
使い捨て前提の組織。あらかじめ倒されることが決まっている組織。
倒されることで、それを成した者たちがその後の訪れる脅威に立ち向かうための旗印となる。
ならば、活動規模は大きくても、犠牲になる人間は少ない方が良い。
その少人数であらゆる惑星で活動するのだから、始祖種族の技術を解析した空間跳躍技術を実用化していなければ、人類の生活圏全域で活動するなんてことができるわけがない。
「結果的に言えば、最初から協調路線で行く、という方法もあったはずなのです。ですが、そうはならなかった。彼等、彼女等は死ぬ事すら覚悟して――むしろ、死ぬことで己の役割を完遂することができる、と言わんばかりの戦い方でした。でなければ、時間稼ぎのために自爆を選んだりしません。機体を破壊された状態で、生身で飛び出して相手を倒しに行ったりは、しません……」
コクピットハッチを破壊され、パイロットスーツすら着ていなかったためどうやっても死が確定していたシェイフーは、その戦いそのものが時間稼ぎであり、機体を自爆させて発生させたプラズマクラウドはネクサスの侵攻を確実に遅らせ、その後の戦いでロンゴミニアドやベディヴィア、ヴェナトルといった機体の調整が間に合った。
ベルと戦闘し、機体を行動不能にされてなお戦意を失わなかったアズラエルは、機械化した身体でアストレアに取り付き、パイロットを直接潰しにかかっていた。
アズラエルに関しては、護身用の銃程度では傷つかないという自信があってのことだろうが、その時のベルはアッシュから渡されたハンドキャノン・ハウリングがあり、その一撃を受けて命を散らした。
「……? いま思い返すと、なんであそこだけ」
『どうかしましたか?』
「いえ。ただ、タイラント・ルキウスとの戦闘だけ、他の戦闘とすこし毛色が違うような気がして」
その違和感には気付いたが、その正体にはマルグリットは気付けなかったが、思考を巡らせて少しだけ考える。
今この場で話し合うべきことではないため、それは優先させるべきではないとはわかっているが、どうも気にかかったのだ。
今までの通信ログを聞いた限り、アズラエルという男はアルビオンに対して絶対的な忠誠を誓っているのは伝わってくる。
そしてベルとアズラエル自身にも何度かやり合った経験があり、因縁があった。だがそれだけならば、アルビオンへの忠誠など口にするだろうか。
つまり、あの時のアズラエルはアルビオンのためにベルの排除を目的として動いていた、と考えられる。
その理由は何だ。何故そんなことを、と考えた結果――導き出された自分の答えに納得する。が、同時に否定したくもなった。
「……まさか、そんなことで?」
『どうしたのですか、マルグリット様』
「い、いえ。何でもありません」
アルビオンは、アッシュに執着していた。それが愛情に由来するものであることはマルグリットも知っている。そして、その周囲にいる女性全てを排除しようとしていた。
そして、戦場ではアッシュとベルはよく連携する。まさに相棒といった雰囲気まである。
あの戦場でそれを目の当たりにしていたアズラエルは、アルビオン個人の望みを叶えるために動いたのではないか。
「それよりも、今後の対策について詰めましょう」
そんな妄想じみた推測を、リーファ相手に言えるわけがない。
何より、それが正しいかどうかを確かめる方面は永遠に失われているのだから。
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