第215話 遺物たちの考察

 ネクサスの開拓は今も進んでいる。

 すでに開発しつくされたといっても過言ではない首都マルグリットは確かに大国の都市と比較しても遜色ないほど発展している。

 だがそれ以外の部分ではいまだ未開の惑星といった趣が強い。

 実際、未開の惑星ではある。

 特に、戦争が終結したことによって先延ばしになっていた惑星アクエリアスの難民受け入れのための開拓は急務である。


「いやあ、まさか僕まで開拓の手伝いをさせられるとは」


 本来は野生生物の分布と、開拓によって受ける影響の予測が仕事だったはずのメグは、作業用ウッゾに乗り、基礎工事に従事していた。

 メグ自身、今後この宇宙に降りかかる災厄について知る人間のひとり。にもかかわらず、ここんなところでこんなことをしていていいのか、という思いはある。

 が、そもそも彼女自身は本来前線に立つような人間ではない。ソリッドトルーパーの操縦ができる、というだけで戦闘ができるわけではないのに、気が付けば前線でサブパイロットなんてものをやらされていた。

 本業は宇宙生物学者だというのに、だ。


「まあ、構わないけどね」


 とはいえ、メグ自身。今の暮らしを気に入っている。

 ネクサスが惑星連盟に加入し、そのネクサスがメグの立場を保証することで、他の惑星でのフィールドワークにもある程度の融通が利くようになる。

 それに、今までの罰金を支払ってくれたという恩もある。まあ、代わりにしばらくネクサスからは薄給で働かされることが確定しているが、そこは些細な問題だ。

 何せ、この惑星はつい最近まで人がいなかった、未知の生物であふれた惑星だ。

 生物学者としてこれ以上に興味のそそられる惑星はないだろう。

 だから――嫌がられたってしばらくは離れてやらない。


『メグ・ファウナ。少々いいだろうか』

「ミスター? 珍しいねこの僕にあなたが通信を繋ぐなんて」

『ああ。普段は機動兵器戦や、各勢力の情報提供といった形で呼び出されることばかりだからね。今回は、君でなければ意味がない話だ』

「僕でなければ? それはまた妙な……。まあ、作業しながらでいいならば」

『では単刀直入に。インベーダーという存在について、君はどう考えるか。それを聞きたい』


 流石に手が止まる。

 この始祖種族が遺したハイテク人工知能は何を言い出すんだろう、と。

 だがミスター・ノウレッジがそんなことを尋ねる、ということはつまり――そういうことなのだろう。


「インベーダーは生命体で間違いない、という事、か。そういえばそんなこと言ってたっけか」

『ああ。現代の言葉に当てはめてインベーダーと呼称する未確認領域起源侵略性敵性生命体について、宇宙生物学者としての立場からの意見が欲しい』


 なるほど。確かにこれは、他のエクスキャリバーンのクルーでは専門外であるし、新たに加わったウロボロスネストの構成員でも回答できるものはいないだろう。

 が、判断するには情報が少なすぎる。


「もうすこし情報があると助かるのだけれど?」

『ほとんど情報はない。残されていない。ただ、ある時は単独で、ある時には億単位で宇宙を埋め尽くして迫った、と記録されている』

「億単位の群れをつくる、という事?」

『統率が取れていた、とも聞かないがそういう認識で間違いはないのではないか、と私は判断する』


 しばし考える。その規模を統率することが可能な生物、というのはまずありえない。知的生命体あるのならばなおのことそれが困難になる。

 ならば、もっと原始的なものであろう、とメグは考える。

 例えば鳴き声によるコミュニケーション。人間には感知できないような音であっても、その生物には聞き取れる、というものはいくらでもあるし、鳥類や哺乳類などはこれを利用してコミュニケーションをとる。

 他にはフェロモンによるもの。これは昆虫類――とくに、社会性昆虫と呼ばれる昆虫が仲間に情報を伝えるために発するものだ。当然、人間には知覚できないにおいであることが多い。

 ホタルのように発光パターンで異性へのアピールを行う、というのもあるか。

 だが、それは惑星上で生活する生物に限った話。

 宇宙空間でも活動する宇宙生物に視野を広げると、それ以外の手段でコミュニケーションをとることがある。


「……宇宙生物の一種に、ディーバと名づけられた虫型の生物群が存在している」

『ディーバ? 歌姫、と?』

「大気のある場所、あるいは霊素エーテルの濃い場所なら、その羽音が心地よい音に聞こえる、というのが名前の由来の生物群だけれど、大きさも姿も異なるのに、それらが連携して行動する」

『その理由は?』

「彼等の脳に当たる部位には、理論上実現可能であるとされていた量子通信装置と似た構造になっていた。逆に言えば、それ以外の機能のほとんどを持たない。なのに、生物としてはかなり高度な連携をみせるものだから、ある仮説が出た」

『……種族全体でネットワークを形成。群体で1つの知性体として活動している、と?』

「宇宙で唯一確認されているネットワーク生物。個にして全、全にして個を体現する存在だよ」


 SFなどではよくある、種族全体で巨大な脳細胞を形成することで、高度な戦略を構築する生物。

 1匹が見たもの、体験したものを種族全体で共有し、即座に対応する驚異的な生命体。

 それが実在していた、というのはディーバ発見以来最大の驚きをもって迎えられた。

 が、今はその話は重要ではない。

 重要なのは、ここから。


「それが、インベーダーにも適応されるとしたら?」

『ああ。なるほど。貴重な意見だ。ありがとう。その話を聞いて腑に落ちた。まるでかけていた欠けていたパズルのピースがはまったような感じだ。これで、ある程度の推測ができる』

「それはどうも」


 そこで通信が切れた。

 が、今度は別の通信が飛び込んでくる。


『メグさん、作業の手が止まってますよ!!』

「ああ。悪い悪い。今すぐ再会しますよーっと」



 メグ・ファウナの意見を聞いた。


 ――収穫は?


 有益であった。実に興味深い情報を得た。

 なんでも、この宇宙には量子ネットワークを形成する生物が存在するという。


 ――興味深い。が、それがインベーダーと呼称される存在と何の関係が?


 インベーダーが量子ネットワークを構築していたと仮定した場合、奴等の襲撃にムラがあったことに説明がつく。


 ――説明? どんな説明だミスター。


 同胞にそう言われるのは妙な感覚だ。

 うん? 感覚……? 感覚といったか。私は。

 いやはや。ずいぶんと私も人間臭くなったものだ。嫌な気分ではないがな。

 いや、話を戻そう。

 奴等が単独であったり、億単位の群れであったりとばらつきがある事の説明だ。


 ――詳細を。


 襲撃があった記録のタイミングを調べなおした。

 ある惑星へ最初の1体が出現した後、その惑星へとインベーダーの集団が現れている。

 二度の襲撃の間にも他の惑星へインベーダーが単独で出現。そして――しばらくして集団のインベーダーに襲われている。


 ――つまり、最初の襲撃は情報収集が目的であり、惑星ごとの戦闘力を測定。それに応じた群れを差し向けている、と?


 その可能性が高い、と私は判断した。

 シス、私の判断は君にはどう思う?


 ――肯定しかねる。が、否定もできない。

 可能性としては十分にある為、私では判断しかねる。

 第一、それだけではその説は立証しえない。


 だが、この説が正しいとすれば、出現する度我々の創造主に撃退されてきたというのに、1万2000周期で再出現する事にもある程度の説明ができるとは考えないか?


 ――? 理解できない。


 メグ・ファウナとの会話で、気になる単語があったので調べた。

 社会性昆虫、という昆虫が存在する。それらには女王個体というものが存在するらしい。

 なら、インベーダーにもそれにあたる個体が存在。自身等の個体が一定数まで減少すると活動を停止し、その減った数の補填が終わるのが1万2000周期だとすれば?


 ――考察の余地は、あると判断する。


 とはいえ――シスの言う通り、これはまだ推測に過ぎない。

 情報が不足している。さらなる情報が必要だ。

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