第216話 風雲急を告げる

 先の惑星間戦争から1カ月。

 戦後処理のための臨時政府で運営されているラウンドでは、順次グラビティランチャーの製造と、内部フレームを廉価版Mk-Ⅱマークツーフレームをベースにしたものに更新したサルタイアや、アルヴへ送るためのザイオーマの製造を行っている。

 そしてそれを受け取り、現地まで運ぶのはマコの操舵するエクスキャリバーンである。


「ザイオーマ30機……確かに。しかし、まだ積み荷があるようですが?」

「ああ。こっちはエアリアとサバイブへの積み荷ですよ」


 ただ、今回の航行ではラウンド・アルヴ間だけでなく、アルヴからエアリア、サバイブへと物資を運ぶ事になっている。

 既に各惑星の政府にはインベーダーの存在が知らされている。そしてネクサスはそれに対抗するための支援を行う、とも。

 だがネクサスが信用できない、インベーダーの存在に懐疑的などの理由で支援を断る惑星が大半であった。

 そんな中、エアリアとサバイブはすぐに手を上げ支援を要請した。

 結果、エアリアには先行して機体を10機ほどと、自身等で製造できるように機体データを提供。サバイブに関しては重力兵器を製造できるほどの製造施設を持たない為、実機と装備の提供を行う事になった。

 支援を断った惑星からすれば、喉から手が出るほど欲しいであろう重力兵器を手に入れる機会を失ったわけであるから逃した魚は大きく、素直に手を挙げた者たちからすれば棚から牡丹餅といった感じだろうか。


 それに、支援を受け入れたのはエアリアとサバイブだけではない。

 惑星ウィダムと惑星レイス。この2つは、ナイアのコネ――つまり、惑星政府の中枢にいるウロボロスネストの協力者により、すでに実機と技術の提供が行われている。

 他にもウロボロスネストの張り巡らせたネットワーク経由で重力兵器の設計図と実機は宇宙中に広がっている。

 重力兵器の脅威を知っているからこそ、その拡散を危険視していたネクサスが自らそれを行う。

 そうでもしないと、得体のしれない、現代の人類をはるかにしのぐ技術力を持っていた始祖種族が、それに対抗するために超兵器を製造するほどの脅威に立ち向かうことはできない。

 少なくとも、そうネクサスの主要メンバーは考えている。


「相手の脅威度がわからない、というのも困りものですね」

「ええ。ですが、我々はゾームを目の当たりにしていますし、あれだけのものを用意したとなると……」


 惑星アクエリアスに眠っていたゾーム。惑星を半周してなお威力減衰が起きないほどの荷電粒子砲を放つ超兵器。それが必要になる相手となれば、過剰にもなる。

 マコ自身思い出すだけでも、身震いする。

 ゾーム同様始祖種族の遺物であるオームネンドのモルドが居てくれたからこそできたことで、もしいなかったら――今、マコ含めたエクスキャリバーンのメインクルーは全員あの場所で死んでいただろう。


「搬出完了しました」

「では、アタシはこれで」


 積み荷の搬出を終え、次の目的地へ向かおうとしていた矢先。マコの携帯端末に緊急の連絡が入る。

 その相手は、ミスター・ノウレッジであった。


「どうしたのさ。シルルやマリーじゃなく、ミスターからなんて」

『独断で君との接触をした。事態は急を有する。アクエリアスのゾームが再起動した。だが詳細が分からない』

「!?」

『念のため、モルドを先行させる。確認に行って貰えるか?』

「……了解」


 ミスター・ノウレッジは、今もなお人類の生活圏にある惑星の監視をしている。それは、人がいなくなった惑星でも変わらない。

 いや、アクエリアスにはゾームがある。その監視をやめるわけにはいかないのだろう。

 だからこそ、その再起動という緊急事態にも即座に対応出来る訳だが。



 アルヴからエアリアに向かうはずだったエクスキャリバーンは急遽その進路を惑星アクエリアスに向け、衛星軌道上を周回する。

 途中、モルドが合流し、甲板に着地。万が一、ゾームによって攻撃されるようなことがあれば彼に守ってもらわなければ、エクスキャリバーンのシールドだけでは1発でもジェネレーターがオシャカになる。


「衛星軌道上からも確認できるな……」


 ミスター・ノウレッジは、放置されたままの人工衛星から惑星内の様子を伺っていたようだが、エクスキャリバーンの望遠カメラでも、ゾームが起動しているのが確認できるだけで、それ以外は変わったことはない。

 しいて言うのならば、あの時の戦場に残されていたはずのゾームとまったくの同一機が稼働している事だろうか。

 それに、重力衝撃砲グラビティブラストで開けられた大穴が塞がっているし、そもそも完全に機能を停止させたはずのものがなぜ動いているのか。


「……いや、そんな理由はわかりきってる。だから、どこにいるんだ」


 監視の方向を惑星外にも向ける。

 甲板上のモルドも何かを察知したのか、周辺を見渡している。

 確実に何かがいる。それも、始祖種族の生み出した兵器であるモルドとゾームが揃って反応するような脅威が。

 そんなもの、マコの知識の中ではそれ以外の可能性が考えられない。


 ――この近くに、インベーダーが現れた。


 艦のセンサーを最大感度に設定。シールドをいつでも最大出力で展開できる準備はして、最悪の状況になった場合即座に空間跳躍で逃げれるように脱出のための座標入力を済ませる。

 宇宙海賊をやっていると、その場の空気を読んで行動する、という事もやるようになってくる。

 無論、それには長年の経験と、それ相応の場数があってこそだが――マコの場合はその場数が異様に多い。

 故に、肌に伝わってくる緊張感というか、異様な空気感が何を意味しているのかも冷静に考えることができる。

 できるがゆえに、直感してしまう。考えてしまう。

 この感覚プレッシャーは、死に直結するものだ、と。


「……」


 本来あるべき宇宙の静寂。だがこの静寂が、今はただ妙に気味が悪く、そして嵐の前の静けさそのもののであると感じられた。

 事実。その感覚は正しく、マコはその存在を己の経験に基づいた直感を信じて操縦桿を握り、巨大な艦体を振り回した。


 その直後、ブリッジには警告音が響き渡る。

 高エネルギー体がアクエリアスから宇宙めがけて発射された。マコにはそれを確認するような余裕はない。

 そんなことをしなくても、それが何かはわかる。ゾームの放った荷電粒子砲である。

 センサーよりも早く反応したマコの操舵により、掠めることもなかったはずなのに、その余波だけでシールドがバチバチとスパークし、システムが警告を発する。


「掠ってすらなくてコレか! あの時直撃してたらエクスキャリバーンでも吹き飛んでたぞ!」


 くるくると回転しながら距離を取りつつ閃光が伸びる方向を拡大する。

 その甲板からモルドが離れ、閃光を追いかけるように飛んでいく。

 カメラが拡大した映像をメインスクリーンに表示する。

 最大望遠に近い距離まで拡大しているせいで、少々画像が荒い。

 その映像をリアルタイムで補正をかける。


「……は?」


 補正がかけられた映像を見たマコは、そう言葉を漏らして思考を一度放棄してしまった。

 ほんの一瞬。だが、ブリッジに響く警告音とその直後に放たれた荷電粒子砲の閃光。そして揺れるブリッジに、はっとして思考をし直す。

 だが、今自分が目にしている光景が、冗談のようにしか見えず、ただ口を押えて茫然としてしまう。


「冗談にしてはタチが悪すぎるでしょ。怪獣映画か何か?」


 映し出されたそれは、まるで巨大なトカゲ――いや、怪獣がそこには映し出され、その怪獣が荷電粒子砲を受け止め、モルドと殴り合っている。

 こんなものが現実であるというのか。

 だが実際に今起きていること。まごうことなき現実。

 そして。その怪獣こそ、現代に出現した最初のインベーダーなのである。

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