第217話 ありえない生物

 特撮映画あるいは特撮ドラマ、というのは人類が遥か彼方に浮かぶ母星を飛び出してなお、ある一定の需要があるコンテンツである。

 怪獣が暴れたり、あるいはヒーローが戦ったり、というものが一般的なイメージではあるが、実際のところはSFX――映像に加工を施して通常ではありえない光景を作り出している映像作品すべてが特撮ものである。

 マコはまさに今、それを見せられている気分であった。


 モルドが拳を振るう相手。それは、まさにそういった世界フィクションの敵。端的に言うと、怪獣である。

 人が中に入っているかのような不自然な体系をした、爬虫類によく似た何か。

 獣かすら怪しい。そういう意味では、まさに怪獣としか形容できないそれは、牙を剥き出し、爪を振るい、長い尾をしならせてモルドと戦っている。

 それを援護するかのように、アクエリアスの地表からは閃光が放たれ、その直撃を受けた怪獣は身じろぎこそすれど、その直撃に耐えている。

 すでに最低でも2回受けている。そのはずだが、形が残っている。

 1発でも直撃すれば、シールドを展開していようと問答無用でエクスキャリバーンが吹き飛ばされるような攻撃を2回だ。


「ゾームの荷電粒子砲を受けて形を保っているなんて……」


 と、言葉を発したが、モルド――オームネンドもゾームの荷電粒子砲の直撃に耐えられるのだ。

 オームネンドが対抗すべき相手であるインベーダーが、同等かそれ以上の防御能力を持っているのは不自然ではない、と考え直してマコは、メインスクリーンの光景を眺める。

 今はモルドが抑えている。だが、もしモルドが負ければ即座に危険に晒される。

 いつでも空間跳躍できるように、そのトリガーには指をかけているが――その指が震えている。

 恐怖よりも、緊張。タイミングを間違えられないという、緊張感が指を震わせる。


 スクリーンの向こうでは、勝者が終わった荷電粒子砲の直撃に耐え切ったインベーダーにモルドが殴り掛かり、至近距離で圧縮した霊素エーテルを叩き込んでいた。

 キャリバーン号の記録にあった、オームネンド・モルドの近距離攻撃における武器。

 周辺の大気を圧縮し、それを打撃と共に急速放出することで発生する衝撃波を相手にぶつける、という仕組みである。

 惑星上では空気を、水中では水を、そして宇宙空間では霊素エーテルを。

 時と場合、戦場を選ばない高威力の打撃を防ぐ存在は、いる。確かに存在するが、それは例外中の例外。

 大抵の物質は、そんなものの直撃を受けて形が保っていられるわけがない。

 仮に形が残っていたとしても、その内部は衝撃波によってズタボロになっていることだろう。

 事実。その一撃で決着がついた。

 拳が命中するなり、放たれた衝撃波は怪物の外殻を砕き、皮膚を割き、内臓を潰し、骨と肉が混ざり合った内容物は背を突き破って宇宙空間にぶちまけられた。


「……」


 あまりにもグロテスクな様に、嘔気を覚えるマコ。

 同時に、今後自分たちが戦う相手は、ただの兵器などではなく生命体あるいは生物兵器であると確信する。

 状況が終わった、と判断したのかゾームは活動を停止したインベーダーだった肉の塊に向かって最後の1発を発射した後、発射体勢のまま沈黙。

 放たれた閃光は宇宙を漂う肉塊を焼き尽くし、消滅させた。

 そんな光景を背に、戦いを終えたモルドがエクスキャリバーンへ向かってきている。


「あんなのに勝てるの……? でも」


 倒せないわけではない。

 実弾やビームなどは通用しないかもだが、人類には重力兵器が存在している。

 今はただ、その時が来たことを、状況が動いたということをネクサスの仲間に伝えよう。

 そう、マコは考え、ひとまずは当初の目的であったエアリアへと向かった。



 エアリアにたどり着いたマコからインベーダー襲来の報告を受け取ったマルグリットはついに来たか、と送られてきた映像を確認し、頭が痛くなった。

 理由は――当然、マコ同様、フィクションとしか思えないような光景がそこにあったから。

 隣で見ていたシルルに至っては複雑な表情をした後、それらが一周周って笑い出した。


「なにこれ怪獣映画? しかもグロテスクすぎてB級感すごいんだけど」

「シルル」

「解ってる。だが……まさかここまでとは。メグ。どう思う?」

「何故執務室に呼び出されたかと思えば、そういうことか。サンプルの採取は?」

「モルドの拳に付着していた肉片だけ回収できたそうだ。すでにモルドは帰還。細胞は隔離施設で現在分析中です」


 メグはマルグリットから現在解っているインベーダーの肉片の情報が記載された資料を受け取り、それに目を通す。

 そして、顔をしかめた。


「これ、本気で言ってる? もし本気でこの報告をしてきたのが生物学者だったら僕はそいつの顔面に1発食らわせなきゃいけなくなる」

「わたくしはその資料に目を通していないままなのですが、なんと書いてあるのですか?」

「回収した肉片から採取された細胞を調査した結果、インベーダーは単細胞生物だということが判明した、だとさ」


 メグの言葉に、マルグリットとシルルは目を見開く。

 それはありえない、と断言できるからだ。

 単細胞生物とはつまり、その身体がたった1つの細胞だけで構成されている生物である。

 それゆえに、人間をはじめとした多細胞生物とは異なり、その姿は単純かつ複雑なものになる。

 一般的に認知されているものでは、アメーバがまさにそれである。

 だが、メグがいま目を通した報告書によればインベーダーは、特撮作品に出てくる怪獣のような姿をしているにもかかわらず、その単細胞生物だというのはありえないのだ。


「単細胞生物の群体。それがインベーダーという生命体の正体だ」

「いや、しかし。しかしだ! この映像を見る限り、インベーダーには内臓や骨が存在する! 流石にそんなことはありえないだろう!」

「だからぶん殴るといってるんだよ、僕は。無論、群体を形成する単細胞生物は存在する。けどね、多細胞生物の身体機能を再現するような単細胞生物なんて聞いたことがない」


 骨や内臓。それすらも単細胞生物がそれらの機能を模したものがインベーダーの正体である。

 そう、報告書は言っている。

 同時に、ある懸念が浮かぶ。


「ちょっと待ってください。だとすれば、回収した細胞は……」

「報告書通りならばすべて回収した後、重力場による圧壊により確実に消滅させたらしい」

「そう、ですか……」


 残った細胞同士で結合し、新たな脅威が惑星内で発生する、という最悪の事態は避けられた。

 それだけではない。もしその細胞が分裂しはじめてしまうと、それこそ大惨事だったところだ。

 無事インベーダーの細胞――いや、インベーダーそのものともいえる細胞の抹消ができているようでマルグリットはひとまず安堵する。


「……ああ。だからゾームは倒した後のインベーダーを攻撃し、細胞の一片も残さずに」

「だとすると、インベーダーの対処は重力兵器で行う、という方向性には間違いはなさそうですね」


 一片も残さず焼却することで再生を防ぐ。そのためだけに、ゾームのような超高出力の荷電粒子砲を備えた兵器が必要だった。

 もしかすると、惑星上から宇宙空間にいるインベーダーを攻撃するためだけに、あそこまでの火力が必要だったのかもしれない。


「仮に、だけどさ」


 ふと、メグが真剣な顔で口元を抑えながら言葉を漏らす。


「仮に。仮にだけれど、インベーダーが細胞分裂で増殖するとして、こいつが惑星内に侵入した状況で下手に撃破なんてしようものなら……」


 死滅していなかった細胞が増殖。惑星内で対処困難な怪物が大量発生する、なんてことにもなりかねない。

 それは、まさに地獄絵図。サンドラッドのサメカラス変異種をはるかに上回る脅威となるであろう。


「……その仮説を前提に動きましょう。各惑星にも通達を」

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