第218話 禁忌領域の力

 インベーダーが単細胞生物であり、細胞分裂して増殖する可能性が高い。

 それは想定しうる可能性の中では最悪のパターンである。

 何せ、その戦闘能力については、全容が明らかになったわけではないが、機械偽神と真正面から殴り合って打ち勝ったオームネンド・モルドの攻撃に耐え、宇宙最強レベルの強度を誇るエクスキャリバーンのシールドごと本体を吹き飛ばすことのできるほどの威力を持ったゾームの荷電粒子砲の直撃に耐えるような怪物であるというのは判明した。

 だからこそ、兵器開発に携わるシルルは頭を抱えた。

 現状、全宇宙中の科学力を集結させたとして、技術力においてはネクサスを超えるものは存在しない以上、短期間で新技術が開発されるとは考えにくい。

 宇宙中を探せば、有用な技術は見つかるだろうが、そんなことをしている時間はないし、インベーダーと遭遇したのは今のところネクサスのみ。

 はっきりと言ってしまえば、無敵と言われたラウンドを下すほどの異常な兵力を持った新興惑星国家を警戒している惑星は、ネクサスから提供される情報も信用せず、ネクサス側についた惑星を経由したとしても同様の反応を示している。

 現状、ウロボロスネストという宇宙規模で活動する武装組織というわかりやすい脅威に対して各惑星の方向性は一致している。

 だが、同時期に発生したインベーダーという脅威に対してはまだ懐疑的。不確かなものよりも解りやすい脅威への対処をしている、といったところだろう。


『ラウンドの工廠だけでは製造が追いつかない、ですか?』

「ええ。今、インベーダーの脅威を理解し、重力兵器を所有している惑星はアルヴ、ラウンド、エアリア、レイス、ウィンダム、サバイブ。このうち、レイスとサバイブは生産能力が乏しく、レイスではグラビティランチャーの製造は困難。サバイブに至っては機体も装備も不可能。エアリアは製造設備はあっても、エーテルマシンとは規格が違うので……」

『エアリアの分も、ラウンドで製造する事になる、と?』

「いえ、そちらはシルルがエーテルマシンでもグラビティランチャーを使用できるようにするコネクターを即座に設計したのでとりあえずは解決です」


 リーファとの通信でマルグリットは疲れ切った顔を見せていた。

 インベーダーの出現。だがまだ重力兵器の配備は終わっていない。

 ミスター・ノウレッジという最強の情報収集ツールを駆使してありとあらゆる惑星を監視しているが――それらすべてに対処するのは現状の戦力だけでは不可能に近い。

 まあそもそも、離れた恒星系の防衛を想定して動けるという時点でおかしいのだが。


『空間跳躍機能を他の艦艇にも搭載すればよいのでは?』

「現在ウロボロスネスト機のものを解析し、いくつかの艦艇には実装しました。ただ、あれだけの相手とまともにやり合える機体が我々の方にあるか、と言われると……」

『こちらでも映像を確認しています。肉片の解析結果と、仮説についても』

「……わたくしは、自身が考えうる最悪のケースを想定した上でそれよりも悪くなると考えています」

『正直、重力兵器以外でどう対処すればいいのか……』

「とりあえずは、エアリアへ回す分は少なくていいはずです。あそこにはまだ未覚醒のオームネンドがいますし、最悪あそこから戦力を派遣することも可能です。が……」


 そのオームネンドでも、苦戦する。それがインベーダーだ。


『兎に角、配備を急がせましょう。レイスには我々のほうで製造したものも提供しましょう。数を用意できるかは保証しかねますが』

「お願いします。現状、アレを突破しうるのは重力兵器と陽電子砲。それと……使うべきではないあの力だけ」

『……ちょっと待ってくださいまし。使うべきではない力、ですか?』



 惑星ネクサスとネクサスの月との間にある宙域にて、3機のクラレントMk-Ⅱマークツーとモルガナがある試験を行うために一直線上に展開。その後方に輸送を終えて帰還したばかりのエクスキャリバーンが待機していた。


「第1段階。開始」


 ハイペリオンの胸部に搭載されてた砲門が展開される。

 この砲門は、対ソリッドトルーパーを想定した場合過剰火力であるとしてロックされている装備である。

 加えて。仮に砲門を展開できたとして、別のロックがかかっているため使用できない。

 第1段階とは、この砲門の展開を指す。

 それに伴い、ハイペリオンの両肩・腰にある4つのビーム砲が展開する。


「第2段階。開始。ハイペリオン側のコネクター展開」


 ハイペリオンの後ろに回ったアストレアの――より正確にはフルドレスユニットから延びる接続用ケーブルが射出され、それがハイペリオンのコネクターと接続。

 同時にフルドレスユニットはアタックモードにして、エクスキャリバーンの主砲の前に移動する。


『第3段階。重力場展開開始』


 ネクサスが両腕を開き、重力場の操作を始める。

 重力場はエクスキャリバーンの周辺に展開し、それはすべてビーム砲の前である。

 同時に、繋がったまま動くことができないハイペリオンとアストレアの周囲に重力場の盾を展開する。

 これは、実戦において想定される攻撃から守るためのものであるが――今回は訓練、という程度に留まる。


「第4段階。システムリンク。クラックアンカー接続」


 ネメシスのクラックアンカーがハイペリオンの両肩にあるコネクターと、モルガナの持つ杖と接続。

 これにより、ネメシスを介してハイペリオンとモルガナのシステムが繋がることになる。

 そして、第5段階。

 エクスキャリバーンのビーム砲が発射され、それがネメシスの展開した重力場に寄って歪曲され、それらがすべてアストレアのフルドレスユニットを直撃。

 だがそのビームすべてがエネルギーとして吸収され、アストレアを介してハイペリオンへと供給される。


「霊素構成開始。仮想バレル展開。事象演算開始。照準固定。射角誤差0.02未満に修正。トリガー権限をハイペリオンに譲渡。アッシュ」

「了解。ノヴァブラスター、発射!」


 ハイペリオンの展開した4つの砲身の間に稲妻がほとばしり、それらのエネルギーが胸部の砲門へと集束。

 次の瞬間には視界が真っ白になるほどの閃光が放たれた。

 いや、正しくは放たれたそれが人間の視覚情報として閃光としてしか認識できないため、そう見えているのであるが。

 放たれたそれは、最初に目標として設定した小惑星へと命中する。

 その瞬間。光と共に小惑星が

 文字通りの消失である。


「……実験は成功だ」

「なんてものを搭載したんだ、シルル……」

「ノヴァブラスター……正式名称は物質情報改竄呪術砲、でしたっけ。これ、原理はどうなっているんですか?」


 と、この実験に携わったアッシュとベルはその威力に戦慄する。

 いや、この兵器を開発した当事者すらもあまりの事に若干放心気味である。


「理論上は可能だとされていた、演算による事象の書き換えを攻撃に転用したものだよ。だが、ここまでの事とは思っていなかった。もはやこれは兵器なんてものじゃない。禁忌の領域に踏み込んでいる」

『一体どうやってこんなものを……』

「……シス経由で入手した始祖種族の技術を利用した。科学者として、好奇心に駆られたというのは否定しないさ」


 各機がフォーメーションを崩し、跡形もなく消失した小惑星が存在していた空間を見つめる。


「あのさ、アタシにもわかるように簡単に説明してくれる?」

「すごく端折ると、相手は死ぬ、だ。より詳しく言うと、攻撃対象がいつかは終焉を迎えるものであるのならば、現在の情報にその終焉の情報を上書きして、相手を消滅させるというものだ」

「それって……つまりは」


 いつか終焉を迎えるもの。それは生命体であっても、無機物であっても、惑星であっても例外はない。

 この宇宙に存在している限り、物質世界に存在しているものはいつか消えてなくなる。

 故に。物質情報改竄呪術砲――ノヴァブラスターと名づけられたそれを防げる存在は、この宇宙には存在しないのである。

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