第209話 あまりにもあっけない幕切れ

 戦いが終わった。廃墟と化した街で、ラウンド側の最終防衛戦力として現れたウロボロスネスト所属機は全て無効化あるいは撃破された。

 エクスキャリバーンはそのまま王宮へと直進する。

 目指すのは、その王宮に存在する王宮内司令室。

 だが、艦が動き出したとき――オープンチャンネルで通信が入った。


「これって……」

「ウーゼル・ラウンド!?」

「お父様……」


 モニターに表示されるのは、惑星国家ラウンドの国王にしてマルグリットの父。

 そして――この戦争のきっかけとなった人物。

 はたして、そんな人物が何を口にするのか。それにエクスキャリバーンのブリッジに揃った面子は息をのむ。


『これを聞いているラウンドの忠臣すべてに告げる。直ちに武装解除し、投降せよ』


 第一声が、それである。

 あまりの出来事に言葉を失う一同。

 マルグリットは驚きのあまり席から立ち上がり、茫然として立ち尽くす。

 マコとメグは信じられないものを見た、とただモニターを見つめ、シルルは違和感に眉を上げる。

 それぞれがそれぞれの反応を示すが、モニターの向こう側にいるウーゼルはそんなことを知るはずもなく、言葉を続ける。


『惑星国家ラウンドは、惑星国家ネクサスに全面的に降伏する。惑星国家ネクサスの返答を求む』

「マルグリット」

「……降伏を受け入れます」


 こうして、あっさりと戦争は終わってしまった。

 だが、なぜだろうか。

 この終わり方というのが、あまりにも不自然なのだ。

 まるで、あらかじめこうなる事が定められていたかのようにも感じられる。


「事後処理は大変だろうな。けれど……それよりも、だ」


 シルルはどうしてもぬぐいきれない違和感と、今エクスキャリバーンが抱えている問題で頭を抱える。



 が目を覚ますと、そこは知らない天井があった。

 それよりも、何故生きているのか、と疑問符を浮かべながらゆっくりと上体を起こす。

 そこに待ち構えていたのは、彼女が良く知る友人の姿。


「……なんで、ワタシは生きているのかな、ナイア」

「あの戦いで死んだのはオッサンだけだ。シスターズ含め、オレたち全員だ」


 アルビオンと名乗っていた女は、ここがさっきまで敵対していた人たちのいるふねの中で、その医務室である、ということを理解した。

 だが、彼女の認識では、あの時――ロンゴミニアドの上半身と下半身が分かたれた後、ハイペリオンのビームソードで焼かれたはずだ。

 なのに、こうして生きている。


「状況は?」

「概ね予定通り。ラウンドはネクサスに降伏した。あの女王サンは事後処理に頭を悩ませるだろうさ」

「そう」

「……で、憑き物が落ちた気分はどうだ、


 そう、ナイアは語り掛ける。

 その名前で呼ばれた時、アルビオンは衝撃を受けた。

 同時に、確かに自分はあの時死んだのだと理解した。

 今ここにいるのは、アリア。ただのアリアとしての自分なのだ、と。


「ああ……」


 自覚した途端、心の中にあった何かが無くなってしまった虚脱感に襲われる。


「しばらくは休むんだな。アンタ、悪人やるには優しすぎたんだよ」

「優しすぎる、か……アッシュにも言われたよ」


 手をひらひらと振ってナイアは部屋から出ていく。

 ただ独り残されたアリアは天井を見上げる。

 自分達の役割は終わった。ウロボロスネストの役目は終わったのだ。


「……何しにきたのさ」

「……独りで全部背負い込もうとしたバカの面を拝みに来た」


 ナイアと入れ替わりで医務室に入ってきたアッシュは、アリアの言葉にそう返し、呆れたように笑う。


「ひどいなあ。ワタシは本気だったのに」

「お前達の機体を解析した。結果、明らかに現代の技術とは別系統の技術が確認された」

「……」

「始祖種族の技術だ、とミスターが断定した」

「そうだね。ワタシ達の機体は彼等の技術を解析したものを使用している」

「その過程で、知ったんだろう。彼等がインベーダーと呼ぶ脅威の存在を」

「……肯定しよう」

「現生人類よりはるかに進んだ科学力を持った始祖種族ですら苦戦するような存在だ。今のように争い続けている状態では、それに対抗することができない。だからお前は、人類の意思を統一することを目論んだ。そして生まれたのが――ウロボロスネスト。そうだろう」


 それを、沈黙と笑みを以て肯定する。


「スポンサーとしてウーゼル王を巻き込む事になったけれどね」

「一体、どこからどこまでがお前達の計画なんだ」

「まず、インベーダーについて知った人間はすべて消した。そうしないと、必要以上のパニックになるから。おじさんや、マコの家族はそのパターンだ」

「今ならそれは解る。手段はともかくな」

「そこからは、出来るだけ始祖種族の遺跡を巡り、彼等の技術を解析。インベーダーに対抗できるだけの兵器を開発するため、それらを使いこなせる人間を生み出すためにありとあらゆる事をやった。惑星レイスでアストラル計画と同時進行していたスワンプマン計画の再始動。惑星ウィンダムの人身売買ルートを使って人を集め、強化人間を生み出すブーステッド計画。その派生で生まれた演算処理用人造人間製造計画であるシスターズ計画。凍結されていた機械化超兵士製造計画・テセウスプロジェクトの流用。ある時には、街そのものの蟲毒のように利用したこともあったっけか」


 懐かしい気持ちと、胸を締め付けられるような息苦しさ。

 言葉にしたことで押し込めていた罪悪感がアリアを襲う。

 ――ああ。アルビオンとは、まさに白い壁。自分の心を守るためにあった壁なのだ、とアリアは理解して、涙を浮かべる。


「一体いくつの惑星ほしを巻き込んだ」

「覚えてないよ。直近だとディノスとフォシルかな」

「その目的は――」


 集団の意識を統一することは難しい。その規模が大きくなればなるほど、難易度は跳ね上がる。

 だが、それらを統一するのにもっともシンプルかつ確実なものがある。

 それは――共通の敵・脅威を生み出す、というものである。

 つまり、ウロボロスネストの目的は、来るべき脅威であるインベーダーに備える軍備増強。そして全人類共通の脅威として人類に立ちはだかる事で、人類を結束させることである。


「どこで気付いたのさ」

「お前の言動がおかしくなったときに、だ。非情になり切れないから、人格が別れた」

「うん。でも……彼女はもういないから」

「……今後のことは後で考える。お前たちの処遇に関してもな」

「うん。それでいいよ。ああ、でも」

「なんだ」

「ワタシはどうなってもいいから、彼女たちは……」

「……考えておく」


 そう言うと、アッシュは医務室を出て行った。

 これで終わった。

 本当の意味で、ウロボロスネストは終わった。

 ナイアの言葉をそのまま信じるのならば、仕込みは順次発動していくことだろう。

 自分達の行ってきた数々の悪事。その記録。

 それらをすべて白日の下に晒す。

 自分達が敗れた後では意味がないはずの仕込みであったが、それも無駄にはならなそうだ。

 ただ唯一、想定外があるとすれば、自分自身が生き残ってしまったこと。

 あの時コクピットを破壊されていれば動き出すはずだった仕込みだけは動くことがなかった。


「でも、それでもいい……」


 知らせなければならないことではある。

 だが、それを知ればきっと今よりも混沌とした世界になる。


「けど、知らせなきゃ。インベーダーが現れるまで、もう猶予はない」


 知ってしまっている。

 アリアは、知ってしまっているのだ。

 始祖種族たちが超兵器を多数投入しなければ討伐できなかったインベーダーが、いつこの宇宙に現れるのか、という事を。

 まだ心に空いた穴は大きく、少しでも思い出す度に蟀谷こめかみを鈍器で殴られるような衝撃で眩暈がするけれども、アリアは立ち上がり、医務室を出てブリッジを目指した。

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