第220話 出陣を阻む者
タイミング、というものがある。
だがしかし。このタイミングでよかったのか、というと疑問符が残るが――ただある意味ではそれを公表することが余計な真似をしでかそうとする連中への抑止力となるのではないか。それを期待して、ついにネクサスの軍勢がウロボロスネストの本体を壊滅させた事が公表された。
加えて。インベーダーの情報も同時公開された。
現代の人類が初めて遭遇した時の戦闘の一部始終を収めた映像と共に公表されたその存在は、世間に大きな混乱をもたらした。
何せ映像には人類が遭遇したことのない異形のバケモノと、それと戦う始祖種族の遺産。
始祖種族なんてものは各惑星の政府上層部くらいしか認知しておらず、一般には都市伝説扱いされていたものが実在するとなれば、それはもう大パニックなんてものではない。
おまけ、と言わんばかりにネクサスはこの脅威と戦うために各惑星へ重力兵器の設計図を提供する用意があると宣言。
また、現状の維持が可能な残り時間と、ネクサスの艦隊が敵の本拠地への攻撃を仕掛ける事も発表した。
だが。これらの情報は正確ではない。
ネクサスが提供するのは重力兵器の設計図だけでなく、ある程度は現物の提供も可能であるし、インベーダーの本拠地への攻撃はエクスキャリバーン単独で行う事になる。
「シルル、今回の生還率は?」
「計算しない方がいいと思ってそっちは計算してないね」
エクスキャリバーンのブリッジで、アッシュとシルルは最終チェックを行っていた。
ここでチェック漏れなんて起こして弾薬が足りないだの、装備の数が合わないだのという状況になるのは洒落にならない。
最終チェック。文字通り、最後の戦いになるかもしれない戦いへ挑む直前の、チェック作業。
平常心を保とうとはしているが、2人ともどこか落ち着きがない。
「俺もそう思うよ。で、本題だが。準備のほうは?」
「資材は勿論、食料品も十分にある。メガフラッシャーを備えたタリスマン達もすでに乗り込み……シスターズも全員配置についている」
今から向かおうとしているのは、まごうことなき死地である。
かつ、下手に戦力を割けば防衛戦力が足りなくなる。なので、少数精鋭のみの編成となる。
――まあ、いつも通りのメンバーと言ってしまえばそれまでだが。
だが今回は違う。
元ウロボロスネストの構成員である2名――ナイアとリオン、そしてリオンと全く同じ姿をした71人のシスターズと呼ばれる人造人間がエクスキャリバーンに加わっている。
ナイアは勿論前線でソリッドトルーパーを駆って戦うし、リオンとシスターズは艦に残り無人機の操作や各種情報処理などを担当する。
これで、エクスキャリバーンの情報処理能力は各段に上昇したはずだ。
「アリアの事はどうするつもりなんだい、アッシュ」
「……置いていくしかないだろう。流石に寝たきりの人間を戦場になんて連れていけるかよ」
「そうなる、か。ベルは何て?」
「原因不明。というか、バイタル的には一切の問題がないにも関わらず目を覚まさないらしい」
「邪魔するぜ。それに関してはオレが伝言を預かってる」
ブリッジの出入り口にもたれかかったナイアは若干睨むような目でアッシュを見つめる。
その視線に、自分に関係のある事なのだろうとアッシュは推測する。
「以前、アルビオンは言っていた。自分はアリアという人間の激しさと罪の象徴だ、と」
「だが、もうアルビオンはアリアの中にはいない。だろう? ……いや、ちょっと待てよ」
「気付いたか? アルビオンが消えたことで、アリアの罪はなくなった。だがその中から激しさが消えた。激しい感情すべて消え、残ったのはそれ以外の感情と――罪を犯した記憶」
ナイアの言葉に、アッシュとシルルは目を見開いた。
なんて、残酷なことだろう。
自分の別人格の犯した罪だからこそ、アリア自身に罪を償う責任はない。それは、納得できない者もいるだろうが、筋は通る。
だが、その罪の記憶までは消えなかった。
「じゃあ何か? アリアは、失った感情の穴を罪悪感で埋めたってのか?」
「そうなると、アルビオンは予見していたンだよ。だから、そのアルビオンからの伝言だ。『すまない』ってな」
いなくなった者を責めることはできない。だが、これはあんまりではないか。
「あとな。アリアは連れて行ったほうがいい」
「何故だ?」
「アリアは現代において、最初にインベーダーの存在を知った人間だ。その時に、アルビオンが生まれたその日に、アイツは資格を得ているのさ」
「資格? それはなんだい」
「さあな。アルビオンも最期までオレたちにすら話してくれなかった。だが、インベーダーとの決戦に、アリアを連れて行かないという選択肢はない」
「……解った。連れて行こう」
「ま、断られても勝手に連れていくつもりだったけどな」
「あ、監視カメラにシスターズが……」
シルルがカメラの映像には、シスターズがアリアのベッドをまるで神輿のように担ぎながら廊下を闊歩する姿が映っていた。
◆
すべての準備が終わり、エクスキャリバーンが惑星の衛星軌道上にあるシースベースから離れ、目的地へ向けて旅立とうとする。
それを見送らんと、ネクサスの艦隊が並ぶ。
規模の大きい惑星とくらべれば小規模な、それでいてその大半が重力兵器を搭載している最新鋭艦艇が、等間隔に整列している様は壮観である。
「皆さん。各員の確認とシステムチェックを」
「リオンさんとシスターズ、各部署にて待機。ナイアさんはアリアさんのいるキャリバーンの医務室です」
『ダッド、マム、グランパ、グランマの指揮するアストラル体、全員搭乗確認。現在オートマトンにて機体の調整と弾薬の補充作業中』
「タリスマン達はレクリエーションルームだね。このくらい気楽なほうがいいのかもねえ。僕も行っていい?」
「駄目に決まってるだろうメグ。少しは私を見習って火器管制、推進系、出力系、シールドジェネレーターに異常なし。アッシュ。そっちは?」
「……レーダーに感あり。このパターンはッ!?」
すでにインベーダーは何度か出現している。
それゆえに、インベーダー転移してくる際の独特の波長というものをエクスキャリバーンは記録できている。
今、まさにそれをレーダーが感知し、その出現予測ポイントを艦のシステムが自動でメインスクリーンに拡大表示する。
そこに映し出されたのは、まごうことなきインベーダーである。
ただ、今まで現れた個体と大きく異なる点があった。
今までの個体は、最初に現れたものと外見上はほぼ同一であった。
一方、今回の個体はあきらかに頑丈な外殻を保有している。
「なるほど。強化されるってことはこういうことか……」
オームネンドによる肉弾戦。それによる撃破を繰り返した結果、単純に防御力を強化するという方向で、インベーダーは新たな個体を送り込んできたらしい。
だが、それとは別に奇妙な反応もレーダーは捉えていた。
「目標のインベーダーの後方から出現する反応が何かわかるか?」
「待った。この反応……プラズマドライブじゃない?」
「はあッ? マコ、冗談はやめてくれ。プラズマドライブの反応なんて、今の距離で感知できるわけが……」
そう言いつつ、コンソールを確認するシルルは愕然とした。
間違いなく、プラズマドライブが稼働している時に発する独特の波長を、エクスキャリバーンのセンサーは感知していた。
それは、あり得ないことである。
その波長は、至近距離かつ相手の艦の外装に損傷でもない限りは感知することすら困難である。
だが、現在は最大望遠距離以上の距離にいるはずの相手の反応を感知している。
だからこそ、シルルは困惑する。だが、両頬を叩き、事実を事実として受け入れて思考を切り替える。
「……待った。何か見覚えがあるぞあのフォルム」
マコが忌々しいと言わんばかりの顔で、メインスクリーンに映るシルエットを睨む。
インベーダーのような姿をしている。インベーダーで間違いないだろう。
だがしかし、その頭部の形状はマコの記憶に深く刻まれたある艦艇のものとほぼ一致している。
「えっ? 目標から通信? 繋ぎますか?」
「いや、いい。相手は解ってる。モブカ・サハギンだ」
そういうなり、マコはコンソールから主砲を操作して発砲した。
同時に。それはこの遭遇戦の開幕を告げる狼煙となった。
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