第136話 最悪の相性

 アッシュ達と別れたベルトアニマ。こちらはこちらで人質の集められている部屋――というよりは、見取り図を見る限り監視カメラの映像はホテルの部屋を映したものであったらしく、艦内に作られた街並みを進む。


「通気口らしい場所はいろいろあるけど……」

『もっとメタルクラッシュが行われるスタジアムに近いほうがいいんでしょうか』

「そうですね。その付近に必ず格納設備があるはずですし」


 アニマを通気口に届ける、という目的もありまずはそちらを優先して行動しているベルであるが――街並みの異様な雰囲気に思わず緊張してしまう。

 すでに争った形跡があり、ネオベガスと『蛇の足』の銃撃戦が行わた形跡であるというのはわかる。

 だが、ネオベガス側のノックルーマと思われるソリッドトルーパーの残骸に違和感がある。

 対ソリッドトルーパー用の装備で破壊されたのならば、もっとこう装甲が焼け焦げたような跡や破損した部位が砕け散ったように見えるはずだ。

 だが、それは引きちぎられたように見える。

 事実、破損したマニュピレーターのフレームはまるで強い力で引っ張られたかのように伸びて千切れていた。


「パワーローダーか、それとも何かしらのソリッドトルーパーか……」


 歩みを止めず、人質が監禁されているであろうホテルへめがけて走り続ける。

 その最中も周辺を見渡し、最大限に警戒した状態を維持し続ける。

 普段ならこんなことをせずとも殺気を察してどうにかなるが、相手が機械だった場合そんなものを向けてくれる訳もない。

 駆動音を察知するための耳、硝煙の臭いを感じ取る為の鼻、そして相手の姿そのものを捉える為の眼。

 この3つ全てに意識を向ける。


「なるほどな」


 耳が、異音――否、声を捉えた。

 その瞬間、全身が雷に打たれたかのように激しく震える。

 短い言葉を聞き取っただけだというのに、総毛立つほどに濃厚な死が近づく感覚に、ベルは咄嗟に声のしたほうへたっぷりと毒のカクテルが塗られた針を投擲する。

 ほぼほぼ反射に近い、防衛本能にも結び付いた攻撃。常人ではそんな反撃をされれば、まず避けようがない。

 ましてや、ベルの投げた針は極めて細く、目視も困難なほど。直撃コースならばまず相手は避けようともしないはずだ。


 実際、声の主はその毒針を避けることはなかった。


「あの防衛網を抜けてきた侵入者がいると聞いてわざわざ戻ってきたが、女が1人とはな。たったそれだけで人質の救出とはずいぶんと『蛇の足』は低く見られたようだ」


 巨漢が立っていた。ロングコートを羽織り、そのポケットに両手を突っ込んで仁王立ちする巨漢が、胸に刺さった細い毒針を掴んで地面めがけて投げ捨てた。

 只者ではないとベルは察する。

 何より、その男に投げつけた針の毒はまさに毒のカクテルというものであり、複数の毒を混ぜ合わせたもので、普通の人間ならばその時点で即効性の毒により激痛にのたうち回り、呼吸困難を起こして死に至るはずである。

 だが、男はそう言った様子を見せることはなく、まっすぐベルを見つめている。


「尤も。俺はあいつ等とは違うが、なッ!」


 瞬間。男が爆ぜるように飛び出した。

 まっすぐ向かってくる男に対し即座にハンドガンを抜いて後ろへ跳びながら発砲する。

 が、その弾丸は顔を覆った両腕に弾かれる。


「嘘でしょッ!?」

「この距離、貰ったぞ女!」


 足が地面につくなりベルは姿勢を低くしつつ、左へと跳びながら肩に乗ったアニマを放り投げる。


「行って!」


 そう告げると、ベルは男のがら空きになった横っ腹に左の銃口を向け、残っている弾丸をすべて使い切るまで連射する。

 が、その弾丸は身体にめり込むどころか、命中するなり弾頭が潰れて地面にカラカラと音をたてて落ちる。


「まさか、全身義体……?!」

「残念だが、まだ生身は残っている。わずかだがな」


 男の両足がしっかりと地を踏みしめ、上半身が勢いよく捻られ、太い右腕がベルの身体を打ち、弾き飛ばした。


「むっ」


 だが男は、その手ごたえの軽さに違和感を覚える。

 確かに当たった。それは間違いない。だが、それにしては軽い。


「跳んで力を殺したか」


 それでも、ほとんど直撃に近いほどのダメージを受け、背中からアスファルトに叩きつけられたベルはその瞬間に肺の中にあった空気が全部口から漏れ出した。

 激痛。自身の知識をもとに今の自分がどのような状態であるかを推測し、とりあえずは骨折もしていなければ内臓の損傷もしていないであろうと判断する。

 なんとか立ち上がり、胸元からハンドグレネードを取り出してそれを男めがけて投げつける。


「ハンドグレネードなど!」


 男は地面に転がっているノックルーマの外装を手に取り、それを爆発寸前のハンドグレネードめがけて投げつける。

 瞬間、ハンドグレネードが炸裂し、爆発とともに投げた装甲板が男のほうへと跳ね返される。

 爆炎が男の視界を遮り、その間にベルは物陰に向かって痛みを堪えながら走っていく。


 走りながら思考を整理する。

 痛みはこの際気にしない。気にしていられない。

 そして、出し惜しみもしていられない。

 仕込んでいたEMPグレネードを起動させて、いまだ爆炎の影響が残るほうへと投げつける。

 身体の大半が機械なのならば、電磁パルスが効かないわけがない。

 それに視界はいまだ晴れていない。仕掛けるならば今だろう。


「……」


 起爆までのわずかな時間に、呼吸の仕方を変える。

 負ったダメージを完全に消すことはできないが、感じなくすることはできる。

 痛みで若干錯乱状態にあった頭を落ち着かせ、同時に短いながらも体力の回復を試みる。

 そして、グレネードが起爆する。


「ぐ、がっ……!?」


 効果がある、と確信し背中に回しておいたアサルトライフルを腰のあたりに構えて放つ。

 いつも使っているハンドガンとは全く異なる反動に少しばかり戸惑うが、足を止めてしっかりと狙うことができている。

 こちらからは相手の姿がおぼろげながらも確認できている。外している、ということはないだろう。何せ相手は身の丈2メートルはある巨漢だ。外しようもない。


「このぉっ……!!」


 自分の筋力と戦闘スタイルと相性の悪い武器であるが、先ほどとは威力が違う。

 多少はダメージを稼げているはずだと信じて最初のマガジンを使い切って取り外すなり次のマガジンを装填。攻撃を続行する。

 相手の身体が機械化されている以上、すぐに動けるようにはならないはずである。

 ――はず、だったのだが。


「なん、で……!」


 動きが鈍くはなっている。だが、依然として男は動いている。

 しかも徐々に加速しながらこちらに向かってきている。


「ぐぅぉおおおおおおおお!!」


 拳を振りかぶり、勢いよく突き出す男。

 それに対しベルは射撃を中断してアサルトライフルを持ち替えてその側面で受け止めようとする。

 が、男の拳はアサルトライフルをまるで熱された飴のように変形させながらベルへと向かって突き進んでくる。

 咄嗟に手を放し、バックステップで一気に距離を取りつつ反転。建物の壁に靴から飛び出させたブレードを突き刺しながら駆けのぼり、相手よりも高い場所へ移動。そこから残っていたグレネードを全部放り投げる。

 この時点で、ベルの武器のうち、相手に通じそうな武器はハンドガン以外残っていない。

 他の武器はあるにはあるが、毒針がいくつかと、靴に仕込んだブレードくらいで、あの大男に通じるとは思えない。

 完全に機械の身体ではないという相手の言葉を信じるならば、生身の部分が狙えれば勝機はあるかもしれない。が、それがどこかも分からない以上それに賭けるのは無謀にもほどがある。


 はっきり言って。ベルとの相性は最悪である。

 対人用装備としてはハンドガンでも急所を狙えるのならばそれでいい。

 急所に当てずとも、毒が効けばそれでいい。

 だが、それすら通用しないのであればベルの取れる選択はもう1つしかない。

 放り投げたグレネードが一斉に爆発すると同時にそれを決行する。


「付き合ってられないッ」


 それは、目的地方向に進み時間を稼ぎつつ距離を取る事。

 ――端的に言って、前向きな逃亡である。

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