第137話 個人にして2000人
逃げるしかない。屋上を伝って目的地へと進む。
目的が相手にバレている以上、回り道はしても意味がない。
それよりも問題なのが、このまま移動し続けて目的地であるホテルに到着してしまった場合、そこが戦場になり人質を巻き込む可能性が高い、ということと、それを避けるためにあの大男を排除しようにもそれができる武器がベルの手元にはないことである。
加えて、相手の攻撃をモロに受けると死ぬという確信がある。
銃が熱した飴よろしくひん曲がるような拳を受けられる人間がいるなら見てみたいものだ。
「というか、アレがあの犯人ですよね……」
EMPグレネードによるダメージによって多少は動きが鈍っている大男のほうへ視線を向ける。
身体を機械化している、というのは間違いないはずだが、だとしたらアレを食らっても走って追いかけてきているというのは脳が理解しきれず恐怖すら感じる。
同時に、機能不全を起こした身体でもあれだけ動けるだけのパワーがあれば、十全な状態では金属くらい引きちぎることくらい造作もないだろう。
幸い、あちら側にはベルを攻撃する手段がないようで、ただベルの後を追って走ってきているだけのようだが――口が動いている。
距離がある為何を喋っているかまではわからないが、嫌な予感がする。
ふと、口の動きに視線を向けたタイミングで、その時だけはっきりと何を言っているのかが理解できた。
「うて……? まさかっ!?」
咄嗟に静止。そして思いっきり地面を蹴って後退する。
直後、先ほどまでの速度で進んでいればいたであろう場所へ何かが飛んできて爆発。
爆風にあおられベルは吹き飛ばされるが、即座にワイヤーを投擲して銃弾で穴だらけになった道路標識を支える支柱に巻き付けてスイング。
勢いをつけて再度屋上に降り立つ。
「どこから撃たれた……?」
殺気は感じなかった。ということは、機械的に行われたことだろう。
その指示を出しているのはあの大男。
だからと言ってこちらからは何もできない。しても無駄。弾の無駄遣いだ。
「遅かったな」
「ッ!?」
考えをまとめる暇もない。
いつの間にか屋上へと昇ってきた大男が拳を振り下ろす。
それそのものは回避できるが、屋上に叩きつけられた拳はそれを崩し、跳び退いたベルはそのまま道路へと着地する。
屋上に残った大男が瓦礫をベルめがけて投げつけ、それを避けるために足が着いた直後に再度横へ跳んで回避する。
「本当何なのあの金属ゴリラ!!」
「足を止めていいのか?」
「ッ!」
空を切る音が近づき、慌てて走りだすベル。
直後。背後で爆発が起きる。
二度目のロケット弾による攻撃。
相変わらず発射された場所はわからない。が、ひとつだけ判ったことがある。
周囲から先ほどの場所を攻撃できるような場所が見えない。ということは、建物の向こう側から撃ってきているということであり、加えて周辺の建物は皆そこまで高くない。つまり、迫撃砲による攻撃も十分に可能ということだ。
「隙だらけだな」
「ちっ」
咄嗟にハンドガンで牽制。男は右手を振るって弾丸を弾き、ベルに歩み寄る。
舌打ちしつつ、逃走を再開しようとするベル。
「いい加減子供の遊びは飽きたな。今度は逃がさんぞ」
ごっ、という舗装されたアスファルトが砕ける音と共に男が急接近。
ベルの右脚を掴んで振り上げた。
急に上が下に、下が上にとめまぐるしく視界がひっくりかえったベルは混乱しつつも自分の脚を掴んでいる男の右手めがけて両手のハンドガンの弾丸を一斉に叩き込む。
だが、マガジンを全て使い切っても傷こそ付きはしたが、動きが止まるほどまでは至らない。
「フンッ!!」
持ち上げられたベルの身体が垂直になる位置から、一気に地面めがけて振り下ろされようとしている。
死のイメージがベルの脳を占める。
この大男の力で頭から地面に叩きつけられたら、普通に死ぬ。
思考が加速し、ベルの体感速度が延長されていく。
その視界の内にふと、異質なものが見える。
だがそれを、ベルは良く知っていた。
――戻ってきた。
それを確信し、にやりと笑う。
瞬間。ベルの体感時間は正常に戻り、それと共にスラスターの爆音が急接近してくる。
『であああああああああ!!!』
叫び声とともに、振り下ろされかけていた男の腕を、突っ込んできたソリッドトルーパー――クレストのつま先が直撃。
機械の腕は簡単に砕け、捕まえていたベルは解放されるなりクレストの頭部アンテナにワイヤーを巻きつけて体勢を立て直しつつ、差し出された左手の上に着地する。
「ソリッドトルーパー、だと?!」
言葉は荒くなることはあっても、表情を大きく変えることのなかった男の顔に明らかな困惑が見える。
「バカな。どこに仲間がいたというのだ」
「手の内を明かすわけないでしょう」
クレストのコクピットハッチが開き、ベルはそこへと飛び込む。
「あとは任せます。わたしは、少し体力の回復を」
『了解しました』
そう返ってくるなり、クレストは走り出し、男めがけて拳を振り上げて叩きつける。
形勢逆転。まんま先ほどとは逆の立場で、先ほどまで追われていた側が今は追う側になっている。
「拙いな。流石に分が悪い。援護しろ」
『逃がすか!』
男を追撃しようとするが、四方八方から一斉に飛んできたロケット弾に動きを封じられ、爆炎で視界も塞がる。
視界が回復するころには当然、男は逃げてそこにはいない。
『逃げられた……』
「それより、周囲の迫撃砲のポイントを潰した方が……」
『ああ、そっちは大丈夫ですよ。だって、ほら』
あちこちからソリッドトルーパーが現れ、次々と足元を攻撃。その都度爆発が起きている。
爆発の大本は、ほぼ間違いなくベルを攻撃してきた迫撃砲のものだろう。
「え、あれ、何……?」
『ボクは
少しばかり想定外の出来事はあったが、とにかくこちら側の最初の目的であるアニマに機体を奪わせる、という目的は果たせた。
あとは騒ぎを大きくしてもっとこちらに『蛇の足』を引きつけるだけだが――それもどうにかなるだろう。
「ちょっと待って。なんでウッゾタイプで肩組んでラインダンスしてるんですか!?」
『目立つように動いてほしいと伝えたらなんかやりだして』
「ヘルムはモンキーダンスし始めてるし、なんかいい感じのBGMまで流し始めてるし……やりすぎでは!?」
『あの人たち、久々に人型の身体を動かせてはしゃいでるんですよ。多分』
それにしてははしゃぎすぎである。
「確かに、暴れて連中の眼を引きつけるのが仕事とは言ってましたけど……」
『ははは。まあ、とにかく今はホテルへ向かいましょう』
「そう、ですね。では、お願いします」
◆
右腕を失い逃げた大男は、物陰から自分の腕を蹴り飛ばしたクレストが背を向けて去っていくを確認し、その場に座り込む。
修道服の仮面女と戦った際に受けた電磁パルスによる機能不全。本来なら全機能を停止させてメンテナンスを行う必要のあった身体を強引に動かしていたのだ。無理もない。
本来ならその時点で負けは確定していたのだが、気合でなんとかなるものだ、と自嘲気味に笑う。
「おいおい。人を煽っといてそのザマか?」
「ナイアか」
「ああ。動くな動くな。修理が余計面倒になる。さっきシェイフーも呼んだから、おとなしくしてろって。な、アズラエルのオッサン」
そう言いながら、動けないアズラエルの脛を靴のつま先で小突くナイア。
自分が回復カプセルに入っている間に言われたことを根に持っていたらしい。
「やれやれ……口は禍の元、か。それで、状況は」
「足を切るタイミングが近い、ってさ」
「なるほどな。仕掛けのほうはどうだ」
「上々。タイミングは、アイツ等の望み通りだ」
そういってナイアは不敵な笑みをアズラエルに向けた。
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