第138話 ゴシックドレスの少女
腕に巻き付けたタイマーを確認するアッシュ。
残り5時間を切った。今の速度を維持できれば、ブリッジまでは十分に時間がある。
だが、アッシュは人間だ。人間が一定速度で長距離を走り続けられる生物であるとはいえ、それにも限度がある。
何より迷路のような構造をした艦内で、階段もそれなりにある。
そんな空間を走り続ければ、息もあがる。
『大丈夫か』
「むしろなんでお前は平気なんだよ」
『肺を使っていないからな』
「……そいや、宇宙空間でも活動できるんだっけか。声は?」
『声帯に当たる部分の器官を振動させている』
一度立ち止まり、息を整えるアッシュ。
何度かの深呼吸を行い落ち着かせる。
『それで、目標の場所まではあとどれくらいかかる』
「目と鼻の先。だから今息を整えてる」
レジーナに端末に表示された現在位置とブリッジの位置関係を見せる。
今いる場所から少し進み、角を曲がればあとはブリッジまでの直線だけである。
当然、見張りくらいは立っているだろうし、監視カメラの映像はあちらには筒抜け。
今こうして立ち止まっていられるのは、こちらが隠れるつもりがないから、というのもある。
何せ通り道の監視カメラを片っ端から潰していっているのだから、すでに相手側から見ても目的地がバレバレである。
待ち伏せは確実にされているだろう。
ただ、相手からすれば監視カメラを破壊されたことでこちらの大体の位置は把握できていても、いつ攻めてくるかまではわからない。
そこを突くのがベストだが――いきなり飛び出て蜂の巣という可能性もある。どうしたものか、と考えつつアッシュはエーテルガンのチャージを始める。
「レジーナ。お前の身体でレーザーは防げるか?」
『レーザーか。不可能ではないな』
水晶のような身体をしているからもしや、と思って聞いてはみたが案の定の回答であった。
『しかし、何故そんなことを確認したんだ』
「万が一、相手がレーザーライフル持ってたらどうしようもねえからだったんだが……お前、本当に何でもありかよ」
本当に人間とカウントしていいのかどうかと疑問になる程度にはとんでもない身体機能である。
『それで、どうする』
「まずは入り口に誰かいるかどうかを確認しないと、な」
と、胸ポケットから鏡を取り出し、それを使って確認をする。
銃をもった完全装備の男が2人。
他の『蛇の足』構成員動揺、ラウンド製のものを装備している。
銃に関しても、形状から見てレーザーライフルの類ではないようでとりあえずは安心する。
「数は2。手持ちは多分普通のアサルトライフルだ」
『なら同時に1人ずつ。それで片付くだろう』
「了解。それじゃあ、早速――行くぞ!」
アッシュとレジーナが同時に飛び出し、レジーナが突撃。アッシュはその場でしゃがんでエーテルガンを両手で構える。
その後は、相手の反撃を許す間もなく、フルチャージ状態のエーテルガンから放たれた不可視の弾丸が胸を強打したことで1人がダウン。
続けてレジーナのブレードが喉を突いて言葉を発する事もできないまま崩れ落ちる。
音らしい音は2人の足音と、『蛇の足』構成員が崩れ落ちる音くらいなもので、そこまで大きい音ではない。
扉の向こうにいる人間に気付かれたとは思えないが――念には念を。
「レジーナ」
『解った』
扉をレジーナのブレードで細切れにし、同時に突入。
――したのはいいが、おかしい。
「まってた」
「は?」
『……少女が1人、だと?』
ブリッジにいるのは、たった1人の少女。
それ以外にも人の姿は見えるが、全員ぐったりとして動こうとしていない。
明らかに異質。この場には似つかわしくない、ゴシックドレスを着た人形のような少女。
その手の周りには鍵盤のようなものが浮いており、その上をとんでもない速度で指が踊っている。
『ソリッドビジョン式のタイピングコンソール……?』
「いま、ぜんぶ、おわった」
少女がそう言うと、周囲に表示されていた鍵盤がすっと消える。
と、少女は耳に手を当てて頷き始めた。
「わかった。つたえる」
アッシュとレジーナのほうを見つめる少女。スカートを裾を軽くつかんで頭を下げる。
屈膝礼と呼ばれるお辞儀の一種。そして頭を下げた状態で口を開く。
「リオンは、リオン。うろぼろすねすとの、だんたりおん」
そう口にした瞬間、アッシュはハウリングの引鉄に指を伸ばしたが、それをレジーナに止められる。
『待て。相手は子供だぞ』
「だが、ウロボロスネストだ」
『だが、奴等のメッセージを受け取ってからでも遅くはない』
「……」
少しは落ち着いたのか、ハウリングを下げてエーテルガンに持ち替える。
「われらのあるじ、あるびおんにかわりおつたえします。このねおべがすの、もくてきちは、わくせいでぃのす。このふねを、おとします」
『
その行為の意味を理解しかねるレジーナであるが、アッシュは違う。
「ネオベガスは全長12キロ。最大幅は15キロ。質量だけで言えば、コロニーと同等。それ以上だ。加えて、その動力炉は……」
『ッ!? プラズマドライブ……超高出力プラズマ核融合炉』
「それがこのテの大型艦は4基搭載されてるのがデフォだ。そんなのが惑星に落ちてみろ。艦そのものの質量だけでも戦術核兵器なんて足元にも及ばない、それこそ大陸の形を変えかねないほどの被害が出る。そこに核爆発ときた。加えて、こいつは大気圏突入の熱にも耐えられるってことは、だ」
『確実に、こんなものが、落ちる……』
アッシュの言葉を反芻し、レジーナはぞっとして身を震わせる。
ネオベガスだけでも大陸の形を変えるほどの被害を生み出す。そしてそのネオベガスが崩れれば、今度は4基もあるプラズマドライブが破損。核爆発を起こす。
直接的な被害だけでも想像できないレベルである。
「そして、しすてむは、このリオンがしょうあく。リオンのしょうにんがなければ、しすてむのかきかえは、ふかのう。かきかえようとすれば、そくざに、ぷらずまどらいぶがおーばーろーど、する」
要するに、すでに弄れないところまで来ている、ということである。
こうなるとアッシュ達のとれる手段は限られてしまう。
ワープドライブの設定の書き換えも当然不可能だろう。そしてワープアウトしてからの航路も。
「あ、わすれてた。ねおべがすかくちに、かくだんとうをしこんである。だから、このふねがでぃのすにおちれば、かくのふゆがくる」
「レジーナ!! 撤退だ!!」
『どうするつもりだ!』
「ネオベガスを破壊する!」
エーテルガンを乱射して少女を牽制するが、ダンタリオンと名乗った少女は微動だにしない。
というよりは、弾丸が外れるのがわかっているようにも見える。
「とめれるものなら、とめてみて」
そう少女が言った瞬間。ブリッジの正面から突っ込んでくる1機のソリッドトルーパー。
今まで影も形もなかったのに、急に現れたそれには腕がなく、代わりに外套のように配置されたコンテナがその身体を包んでいる。
それを確認した瞬間、レジーナはアッシュを抱えて全速力で走る。
「ふふふ、あはははははははは――」
笑い声が途切れる。同時に、ブリッジが突っ込んできたソリッドトルーパーによって破壊され、ブリッジ内の空気が一気に外へと流れだしぐったりとしていた人間が次々に宇宙空間へと放り出されていく。
それは少女も同様だが、コクピットハッチが開き、異様な姿をしたソリッドトルーパーは少女を迎え入れた。
『くっ……』
来た道を急いで戻り、角を回ってブレードを床に突き立てる。
こんなことになるならば、ブリッジの扉を切断しなけれよかった、と後悔するが、まさに後悔先に立たず。
流れ出る空気を感知し、隔壁が締まるまでの間、なんとか持ちこたえる。
「助かったよ、レジーナ」
『いや、それよりもこれで本格的に手の施しようがなくなったな』
「ああ。だからこそ、撤退だ。ベルにも連絡を取って……ん? ベルからの通信?」
丁度連絡をとろうとしていたタイミングであったので、即回線を開く。
『アッシュさん。ちょっと妙な事になっていまして……』
「妙な事?」
『ええ。それが……『蛇の足』の構成員の姿が見えないんです。いえ、正しくは見えるけど、いないというか……』
「は?」
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