第139話 それぞれの脱出

 アッシュと通信を繋げるベル。敵に傍受される可能性を考えれば、勿論やるべきではない。こちらのやっている事、これからのやろうとしている事。それらすべてが筒抜けになってしまうからだ。

 だがもはやそんな状況ではない。


「現在、わたしは目的地のホテルに突入したのですが、『蛇の足』と思われる連中がみんな倒れてるんです」

『それはどっちの意味で、だ』

「脳天を一撃ならよかったんですけどね」


 しゃがんで死体を改めて確認する。

 バイザー部分を撃ち抜かれ、そこから噴き出した体液が残ったバイザーの内側から張り付いている。

 それが初撃であるのならば間違いなく即死だ。

 だが、ベルにはそれが直接の死因かどうかの判断がつかなかった。

 何故なら、その死体は全身いたるところに風穴があけられていたから。


「アサルトライフルとかマシンガンとかじゃないですね、これ。威力もあえて低めのを使っている」

『なんでそんなことを……』

「執拗なまでに1人に攻撃を加えてる。怨恨か、あるいは……撃ちたかった」

『撃ちたかった……? いや、それよりもだ、ベル。ちょっとまずい事になった』

「まずいこと、ですか?」

『端的にいうと、ブリッジの制圧が不可能になった。そして、あと4時間もしないうちにこの艦はディノス周辺宙域目指してワープ。その後はディノスめがけて。大量の核を抱えたままな』


 落下、という言葉に嫌な予感がする。おそらく、その予感は的中している。


『撤退だ、ベル。人質を同時に運搬できる手段を探している暇はない』

「ですがッ! もう目と鼻の先なんですよ!!」

『解ってる。だが、人質の救出に手間取っていると、ワープ前にネオベガスを破壊するタイミングが無くなる!』

「くっ……」


 アッシュの言っている事も理解できる。

 このままネオベガスがワープを行い、ディノスへと落下すれば、ネオベガスそのものが落着した際に大気中に巻き上げられた大量の塵や灰などが惑星全域を覆いつくし、太陽光を遮る事によって起きる惑星規模の寒冷化が起きる。

 そしてそれを加速させるのが、核弾頭と、この艦そのものの動力であるプラズマ核融合炉、プラズマドライブだ。


『話は聞かせてもらった!』

「え、マコさん!?」

『座標はこっちでも確認している。ナビはアニマもやってくれるし、今からそこへキャリバーンで突っ込む!!』

『は!? お前何言って……!』

『そうしないと離脱と救出、間に合わないでしょ。ていうか、もう着く』


 と、ホテルの外から轟音が聞こえ建物全体が揺れる。

 窓から外をみると、キャリバーン号の姿がそこにあった。

 ほぼ全体が侵入してきてはいるが、全体が中に入ってくることはなく、それによって空気の流出を防いでいる。


「マコさん……無茶しすぎです」

『でも、これで脱出も救出も間に合うでしょ?』

『それはそうだが……まあいい。どうせぶっ壊すつもりだったら、こっちもレジーナに任せれば20分くらいで元の位置まで戻れる』

「とにかく、わたしは避難誘導を始めます」


 人質が監禁されている部屋の扉を破壊し、部屋に飛び込む。


「私はシスター・ヘル。今は『燃える灰』の一員として活動しています。皆さんを助けに来ました」



 ベルとの――まあ、途中マコの割り込みもあったが、通信を終えてアッシュとレジーナは移動を開始する。

 と、言っても今度はお行儀よく通路を通るなんてことはしない。


『では、先行する』


 両腕をブレードに変化させると、壁を切断しながらレジーナが進む。

 最短距離での帰還。すでにネオベガスを破壊しなければならない段階になっている以上、設備への影響など考えてはいられない。


「シルルから返信……」


 端末に届いたタイムラグのあるハッキング情報を確認する。

 そして、それによってあのゴシックドレスの少女が口にしたことがほぼ事実であるということが確定した。


「核弾頭の存在は確認できなかったが、この艦がディノスへ向かっていることは間違いない。シルルのお墨付きだ」

『そうか……やはり、すでに止めることはできないか』

「閲覧はできても書き換えはできなかったらしい。もし弄ろうものならば――それもあのコが言っていた通りだ」


 配線を斬ったせいか一瞬光が瞬くが、レジーナは感電した様子もなく、むき出しになった配線をさらに切断して短くし、後続のアッシュが通りやすいようにする。

 残り時間は3時間とすこし。十分間に合う、とは思うがそれでもギリギリだ。

 脱出が、ではない。

 いや、脱出もそうだが。その後ネオベガスを破壊するということが、だ。


『アッシュさん、レジーナさん』

「アニマか。どうした」

『迎えを向かわせました』

「迎え?」


 アニマからの通信に、なぜか妙に嫌な予感がするのはなぜだろうか、とアッシュは息をのむ。


『上手く外しますからそこを動かないでください』

「嫌な予感しかしないッ!!」


 進行方向から、何かが崩れるような音が連鎖して耳に飛び込んでくる。

 というか、そう。壁を殴りつけるような音だ。


「ていうか、それちょっと前に同じことやっただろ! マコが!! ひどいネタ被りだな!!」


 何度か目の打撃音と共に目の前の空間が開けた。

 そこにいたのはウッゾであった。

 ただ、アニマが入っているとすると、どうも雰囲気が違う。

 というか、目の前に現れるなり両手を振ってはしゃいでいるので、絶対に違うと確信できる。


『これが、迎えか?』

『はい。ボクと一緒にいる人に入ってもらいました』


 ウッゾのコクピットが開く。

 招かれるままにアッシュはシートに腰を下ろし、レジーナは差し出された手の平の上に跳び乗る。


「とにかく、急ぐぞ」



 ネオベガスの左舷1番ベイエリア。そこに慌てて駆け込む男たちがいた。


「は、話が、違うじゃないかッ!!」

「何も間違っていませんよ。我々は貴方達の要望通りの量と数の核弾頭を用意し、目的完遂までの間の協力も行っている。その見返りとして、資金も受け取った。ほら、公正な取引ではありませんか」


 追い詰められた男。彼は『蛇の足』のリーダーであり、今回の襲撃計画を企画した当事者であった。

 そして、ウロボロスネストとの接触に成功が故に、この事態を招いてしまった張本人でもある。


「何が取引だ。こちらはお前達にほとんど殺されたんだぞ! なぜいきなり撃った! 殺した!」

「はて。契約通り、協力関係だったではありませんか」


 と、目の前に立つ女は笑みを浮かべて、胸の前で手を合わせる。


「何を、言って……」

「あなた方の目的は、フォシルとディノスの争いを終わらせること。なのでそのお手伝いをしたのですよ?」

「それが、ネオベガスをディノスに落とすことだというのか!? 狂ってる。狂っているぞ、お前ッ!! 我々はそこまでのことは……」


 『蛇の足』が求めていたのは、あの宣誓の通り惑星フォシルの独立である。自分達の惑星なのだから、他の惑星の干渉を受けたくない、だから人質をとって惑星連盟にも自分達の意思が伝わるような方法を選んだ。それが間違いであるとしても、確実に伝わる意思表示として、このようなことを選んだ。

 だが、はそれ以上のことをしようとしている。それは、彼等とて望んでいない。いや、考えもしていなかったことだ。


「シェイフー」


 短く告げる。瞬間、銃声が3つ。

 男より先に逃げようとしていた『蛇の足』構成員が血飛沫をあげながら倒れる。


「お嬢。こいつはどうする?」

「まだお話が終わってませんので。さっき殺したのは好きにしていいから」

「そりゃあどうも」


 女の後ろから現れた男、シェイフーは獣じみた笑みを浮かべ、自らが射殺した者たちに近付いて両手のハンドガンのマガジンに残された弾丸を全て使い切った。

 死者に対して行われる行為としてはあまりにも冒涜的。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっひゃっひゃあああああああっはっはああああ!!」


 だがそれを、シェイフーは嬉々として行った。

 狂ったかのように声を上げて、マガジンを使い切ってもなお引鉄を引き続ける。


「ワタシは、公平な取引に応じ、貴方の願い通りに行動しただけ。核を満載したネオベガスはディノスに堕ち、小惑星の衝突にも似た惑星規模の災害で滅びる。ほら、これで争いは終わります」

「我々は独立した惑星であると認めてもらいたかっただけだ。自治権が欲しかっただけだ。ディノスを滅ぼしたいなどとは一言も……」

「いや、そもそもですね。この事態はあなた方が悪いんですよ」

「は?」


 男は、素っ頓狂な声を上げる。


「我々ウロボロスネストが蛇を語る組織を見逃すわけがないじゃないですか」

「え、あ……」


 その時。男はようやく気付いた。

 自分達は、なんて愚かな選択をしたのだろう、と。


「理由はどうあれ、我々に喧嘩を売ったのですから。その代償を頂かなくては。それを含めての、公正な取引、ですので」

「あ、あああああああ――」


 絶叫の最中。シェイフーがマガジンを交換したハンドガンで男の頭を撃ち抜いた。


「話は済んだかよ、アルビオン」

「ああ、うん。蛇を名乗った代償はちゃんともらったよ。これですべての取引はおしまい。引き上げるよ。それにしても、派手にやられたねアズラエル」

「面目ない。まさかソリッドトルーパーの足で腕を破壊されるとは思わなかった」

「え、何それ気になる」

『おねえちゃん、まちくたびれた』

「ほら、みんな。リオンが退屈しているから脱出艇に乗った乗った」


 アルビオン、シェイフー、ナイア、アズラエルの順にあらかじめ用意しておいた脱出艇に向かって歩き出す。


「さて、ナイア。あの男の顔は覚えてる?」

「ああ。任せろ。それはオレの仕事だからな」

「そ。じゃあお願い。これですべて帳消しにしてあげようじゃあないか」



 事切れた男へ向けた言葉。だが、一度も振り向くこともなくアルビオンは脱出艇へと乗り込んだ。

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