第140話 一撃必殺

 ネオベガスに突っ込んだキャリバーン号に人質となっていた人々を乗せ、アニマが強奪したソリッドトルーパーも格納庫へと押し込む。


「マコ、状況は?」


 ブリッジへと上がってきたアッシュがマコに尋ねる。


「外はまだビームの弾幕だらけ。外は結構ボロボロだよ」


 アッシュが戻ってきているのを確認し、キャリバーン号が後退し始める。

 キャリバーン号が突っ込んできたと聞いた時は冷や汗をかいたが、当然のようにシールドで守られていた為、艦そのものに損傷はない。

 後退すると隙間ができて宇宙空間へと中のものが吸いだされていく。

 当然、瓦礫やソリッドトルーパーの破片も、死体さえも例外ではない。


『残り時間は?』

「あと2時間。どうします?」

「……周辺の艦艇に人質の救出に成功したと伝達。それと、ネオベガスは『蛇の足』によってディノスへ落下するようにプログラムされていて、解除不能。破壊する以外に止める手段はない、ってな」

「了解。広域通信でメッセージを送る」


 人質は全員救出できている。それは人質になっていた人間たちの証言からも間違いないだろう。

 だから、遠慮なく破壊することはできる。

 問題は、外に残っている艦艇だけでそれができるかどうか、である。

 仕掛けられた核弾頭を起爆させることができればてっとり早いが、全長12キロもある巨大建造物の中から核弾頭を狙って攻撃するのは残された時間では困難。

 加えて装甲そのものに高性能な対ビームコーティングが施されているだけでなく、スペースデブリとの衝突も考慮しているため非常に頑丈。

特に、動力室周辺はより頑丈に作られている。


「返答あり。惑星連盟の治安維持部隊はネオベガスの破壊を了承。その他の艦艇からも同様の返答が返ってきてる」

「ならまず砲台を潰せ! キャリバーンも残ってるミサイルも全部ぶっ放せ!」


 完全にネオベガスから抜け出すとさらに後退する速度を上げ、後退しながらミサイルを一斉に発射する。

 全弾撃ち尽くすつもりの攻撃。そのうちいくらかはビーム砲によって迎撃されることは想定済み。


「レジーナ! 悪いが慣性と重力の制御頼む。特に、避難民のいるエリアは厳重に、だ!」

『了解だ』

「ベルは出撃準備。格納庫からアレとってきてくれ!」

「アレ? アレってまさか……!」

「Gプレッシャーライフルだ。あれならどれだけ装甲が分厚かろうが、ビームを無効化する装甲だろうと、問答無用で突破できる」

「ですが……シルルさんにバレたら……」


 機体への負荷だとかそういう話ではない。いや、後のことを考えればそれもあるが、それとは別に問題がある。

 重力兵器というのは、研究こそされてはいるが、実用化されているという話は聞かない。

 宇宙有数の技術力をもつラウンドも、肝心のシルルが抜けたせいもあって研究は進んでいないだろう。

 そんなものを、海賊という立場にあるアッシュ達が所有している。

 それを周囲の眼がある場所で使えば、どんな風にとられるかわかったものではない。


「緊急事態だ。シルルには、あとで謝る」

「……わかりました」


 ベルがフロレントの元へと走り出す。


「マコはとにかく動き回りながら、周辺の艦艇と連携」

「邪魔してきたときは?」

「ぶっ放す、と伝えておけ。俺はクラレントで出る」



 残り時間は1時間を切った。

 惑星連盟、賞金稼ぎ、ならず者。それぞれがキャリバーン号からもたらされた現在の状況を理解し、行動を開始する。

 生存者はすべてキャリバーン号に乗り込んでおり、今のネオベガスは無人。惑星を滅ぼしかねない巨大な質量爆弾にして、核爆弾となった。

 しかもそれが惑星ディノスめがけてワープしようとしているときた。

 現在位置からディノスまで到達するのにはそれなりの日数を要するが、いきなり阻止限界点を越えた位置に出現して落下を始めれば、今から迎撃態勢を整えるように伝えたところでどうしようもない。

 つまり、確実に惨劇を回避するのならば、ここでネオベガスを破壊するしかないとい、という結論に至る。


 流石にこの状況になれば、互いの利害関係など言っていられない。

 むしろ、この状況で邪魔をすれば、それこそ避難の的。惑星1つを滅ぼす原因などと言われては、この宇宙で生きていくのは難しくなる。


 それに、だ。

 人質がいるからと攻撃を渋っていたのだ。血の気の多い賞金稼ぎやならず者たちは我先にと砲門を起動させ、ミサイルのスタンバイを始め、それらが整うなり発射しはじめた。


「よし、出るぞ」


 クラレントに乗り込み、艦首下部から離脱する。

 その手にはいつものようにハンドビームガンが握られ、ビームシールドも左腕に装備されているが、どちらも今回は用がない。

 というか、それらを使う為のジェネレーター出力はすべて必殺の一撃に賭ける必要があるからだ。


「アッシュさん、持ってきました」


 フロレントが接近し、抱えた銃をクラレントに渡す。

 Gプレッシャーライフル。規格外の破壊力を持つ、事実上クラレント以外では使用することすらできない、人類史上初の重力兵器。

 それを構えて、クラレントは艦の後方へ向かう。


「マコ、砲台を徹底して潰してくれ! 無駄なエネルギーを使いたくない!」

「わたしは?」

「俺についてきてくれ。撃った後、クラレントは動けなくなる」


 クラレントの重力場を使った推進に引っ張られ、密着する2機。

 2機の周囲を、ネオベガスとそれらを取り囲む艦艇から放たれたビームが幾度となく通過する。

 掠めるだけでも危険だが、ビームは仮に直撃コースであったとしても2機を避けて飛んでいく。


重力制御機構グラビコンサマサマ、だな」


 仮に直撃コースだとしても、重力場によって歪曲されたビームは勝手に逸れてくれる。

 勿論、当たらない事に越したことはないが。


「アッシュさん、まさかとは思いますけど」

「ネオベガスの後方から一直線上にこいつをリミッターを外してぶっ放す」

「リミッターなんてあったんですか?」

「シルル曰く、高すぎる威力を制限するために射程と効果時間が短く設定されている。そのリミッターを外す。勿論、全部じゃない。最後の最後の部分は残す。だから、お前に来てもらった」

「送迎タクシーですか、わたしは」


 フラレントが腕を伸ばししっかりとクラレントにしがみつくと、背中に装備されたフライトユニットのスラスターを全開にする。

 大気圏内では飛行能力を付与するためのものであるが、宇宙空間では純粋な増設ブースターとして機能する。そのあたりはさすがはシルルの設計である。

 これで少しは速く回り込めるはずだし、何より推進にクラレントのエネルギーを使わなくてよくなる。


「最低限の防御だけお願いします」

「助かる。他のエネルギーは全部ライフルに回す」


 過ぎ去っていく巨体。

 迎撃せんとビーム砲を向けるも、それが賞金稼ぎ達の艦艇が放ったビームが貫く。

 この時点で残り時間は半時間もなくなり、本格的に危機感が増してきているが、この場にいるだれもが破壊を諦めていない。

 その証拠に、先ほど破壊されたビーム砲以外にも各艦が攻撃を仕掛け、狙いを分散させつつも、ネオベガスをどうにか破壊しようとしているのである。


 あらためて接近すると、頭頂高10メートルに満たない機体からすれば、全長12キロの艦船なんと巨大なことか。

 というよりも、内部に都市があるような巨大艦艇だ。ソリッドトルーパーと比較して巨大なのは当たり前。

 どこまで行っても同じような光景続くが――ついに景色が変わる。

 そのタイミングでさらに加速し、大きく弧を描いて方向転換。

 フロレントが脚を前に突き出してスラスターを噴射して速度を落としつつ、クラレントがGプレッシャーライフルを構えて照準を合わせる。


「各艦に通達。本機の一直線上に入った場合安全は保障しない。これより、ネオベガスを破壊する!!」


 フロレントが推進力になってくれたおかげで、Gプレッシャーライフルへのエネルギー供給は十分。

 リミッターの解除も行い、クラレント自身の重力制御機構グラビコンとのリンクもできた。


「さすがシルル。あの短期間で効率が向上している」

「アッシュさん!」

「解ってる。ぶっ放すッ!」


 引鉄を引く。

 一直線上に延びていく異なるベクトルを持つ螺旋状重力場。

 効果範囲に入ったネオベガスの巨体が、まるでプレス機に入れられた車両のように射線上に展開された重力場めがけてぐしゃぐしゃに潰れながら巻き込まれて圧壊していく。

 途中、仕掛けられていたと思われる核弾頭がいくつも爆発したが、その爆発のエネルギーすら、重力場によって押しつぶされて消える。


 重力場は12キロの巨体を貫き、その全体をあっという間に数メートルほどの鉄屑の塊を残してその場から消失した。


「なんとか、なった……」


 稼働可能限界を超えたエネルギー消費と重力制御機構グラビコンがシステムダウンしたことで行動不能になったクラレントのコクピットで、アッシュは脱力。

 このあと待っているであろうシルルの説教を想像して、苦笑した。

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