第141話 お説教
ほんの一瞬の出来事ではあった。
だがそれが齎す影響はアッシュ達の想像をはるかに超えたものであり、開きっぱなしになった通信回線には12キロメートルもある巨大艦船を10メートルにも満たないソリッドトルーパーの携行武器で破壊した理由への説明を求める声が殺到していた。
当然と言えば当然。
突然重力場の異常を感知したかと思えば、ネオベガスが圧壊していた。
そんな光景を説明なしに受け入れられるわけがない。
「で、どうすんのさこれ」
あまりにもしつこいもんだから、回線は開いたままにし、マコは音声だけを切る。
これでこちらからの音もあちらからの音も聞こえることはない。
「そんなことより救出した人の受け渡しだ」
クラレントを再ドッキングさせブリッジへと戻ってきたアッシュは、ひっきりなしに入ってくる通信を無視しながらそう言っていつもの定位置に座る。
「ベルは?」
「武器を格納庫に戻しに行ってるから、その足で
本来は脱出用の
そもそもキャリバーン号のシールドはちょっとやそっとの攻撃では突破できない。
サメカラス30頭の攻撃で破られる、という計算もあったが、あれはサメカラス側が変異種であるのもそうであるし、そもそも攻撃力がおかしいのである。
そんな規格外といっても過言ではない防御力を持った艦艇がそう簡単に沈む訳もなく、脱出艇は用意されていない。
今回搭載している
キャリバーン号に一時的に収容した後、これを使って惑星連盟の艦艇に引き渡すつもりであったが――まさかキャリバーン号ごと突っ込んで人質救出することになるとは、実行したマコ以外誰も思っていなかっただろう。
『それで、この後はどうする』
「勿論シースベースへ戻る。その後は、まあ今度こそ本当にしばらく身を隠さないと、フロンティア号の改修を落ち着いてできないだろうしな」
『ブリッジ。全員、
「よし、ベル。頼んだ」
後部ハッチを開放し、フロレントがワイヤーで連結させた
それと同じタイミングでマコが惑星連盟の艦艇に暗号通信で引き渡しの連絡を行う。
普通の通信回線はまともに機能していないし、機能していたとしても音声を切っているので会話にはならないのだから仕方ない。
ある程度フロレントが進むと、惑星連盟側から2機のウッゾ・ハックが接近。フロレントから
フロレントも役目を終え、解放されたままの後部ハッチから帰艦する。
「ハッチ閉めるよ」
「ワープドライブ用意。シースベースとのハイパースペースリンク開始」
『了解した』
シルルほどではないにしろ、それなりの手際でレジーナが作業を進める。
現在のキャリバーン号とシースベース間の距離は通常のワープドライブならば3日から5日といったところ。
だがそれは物理的に移動する場合であり、情報だけならばもっと早く到達する。
それを利用した、極小のハイパースペースを展開し、そこを使用しての相互通信。それがハイパースペースリンクである。
欠点は送受信者のどちらかがワープドライブを所有していなければ使えない技術である事くらいで、人類の活動範囲が銀河規模に広がっている為、ごく一般的に使用されるありふれた超長距離通信だ。
『応答確認。座標、入力開始』
シースベースからの誘導を受け、指定された座標を入力。ワープドライブを起動させる。
早い話、逃走である。
「ライフルを使ったのはマズかったかな……」
「さあ。そのあたりのお叱りはシルルから、でしょ?」
『確かに緊急時ではあったがな』
説明を求める通信は、ハイパースペースに飛び込むまで続いた。
◆
時は流れ、ネオベガスの事件から5日。
キャリバーン号もシースベースに帰還し、メンテナンスを受けている。
ただ異なるのは、そのメンテナンス作業に従事するのがソリッドトルーパーであるということだろうか。
もちろん、その中にはアストラル体が入って動かしている。
――それはそうと、だ。
「で、帰還早々大騒ぎになっているのはどういうことかな? ん?」
キャリバーン号の食堂で仁王立ちするシルル。口調は比較的落ち着いているし、笑顔も浮かべてはいる。
が、四つ角の怒りマークを幻視するくらいにははっきりとした怒気を纏っている。
「いや、あの時はそうする以外なくてですね」
「そうですよ。もしあと少しでワープされてたら惑星が1つ滅んでたかもですし」
「ねえ、なんで実行してないアタシまで正座させられてんの?」
そんなシルルの前に正座させられたアッシュ、マコ、ベルの3人。
反論はするが、自分に非があることを理解しているので強くは出ることができないでいる。
尤も。マコは操舵に集中していた為、Gプレッシャーライフルの使用には一切かかわっておらず、本当にとばっちりである。
「しかし、状況が状況だというのも理解している。問題は、それを惑星連盟の連中に見られたことだ。絶対に面倒なことになるぞ」
シルルはラウンドによって指名手配されている。そして彼女がキャリバーン号を強奪したということも知れ渡っている。
つまり、Gプレッシャーライフルの製作者が誰か、というのも当然バレる。
それに。ネオベガスのような巨大な艦艇をソリッドトルーパーが破壊できるようになる兵器を欲しがらない勢力はいない。
「まあ、もう過ぎたことはいい。どうせライフルだけあっても、使える訳じゃないが……技術漏洩した場合がまずい」
「え、なんで……って、ああっ!!」
シルルの言葉の意味に、マコはすぐに気付いた。
アッシュとベルはすでに理解しているようで、特に驚いた様子はない。
ただ、その様子を遠くから見守っていたマリーは理解できないようで首をかしげている。
アニマも同様で、バトルドールに入った状態で首を傾げた。
『簡単な話だ。システムさえ解析できてしまえば、わざわざソリッドトルーパーに装備する必要はない、という話だ』
と、理解できていない2人にレジーナが説明する。
『Gプレッシャーライフル、だったか。あれを使うのには
「あ……」
『重力兵器を防御する手段は基本的に存在しない。そんなものを撃ち合うとなると……』
考えたくもない結果が待っている。
現状でもとんでもない攻撃力を持っているし、それ故にシルルはリミッターを仕掛けていた。
だがそれを本気で兵器として運用するつもりならば、リミッターなんてものを使うことはない。
超兵器同士の激突。それは核兵器をはるかに超えた脅威である。
まあ、それをただの宇宙海賊が所有しているということもそれはそれで問題ではあるのだが。
「とにかく、キャリバーン号が追尾された可能性もある。一度、遠くへ逃げよう」
「それについては賛成だ。なら早速作業を開始させ――――」
「アッシュ」
「なんだよ」
立ち上がろうとしたアッシュの両肩をおさえつつ、シルルがしゃがんで目線をあわせてしゃがむ。
そして、にっこりと笑った。
瞬間。アッシュの背筋を走り抜ける悪寒。
「えい」
つん。
本当に、そのくらい軽い感じでシルルがアッシュの足をつついた。
「――――――!?!?!?」
声にならない絶叫。それなりに長時間正座させられていた結果、足がしびれていたのだが、そこをつつかれた。
思わず仰け反り、横にいるベルのほうに倒れ込む。
「ひぎぃっ!?!?!?」
思いっきり倒れ込み、頭からベルの膝の上に乗っかる格好になるアッシュ。
そのベルも当然足が痺れている上に、突然の刺激と膝枕のような恰好になっていることに若干パニックを起こして、アッシュを突き飛ばした。
「おごっ!? あぁぁぁぁ!!」
頭をテーブルの足にぶつけて悶絶するアッシュ。
足を崩して痺れに耐えるベル。
それを横目に何事もなかったかのように立ち上がるマコ。
「ワープドライブの設定、アタシがやっておくよ」
「頼むよ、マコ。で、反省したかい、アッシュ。見られた事も問題だけど、リミッター解除した後はメンテナンスが面倒なんだよ。それにベル。君はそういうアッシュを止める側だろう。何一緒になって暴れてるのさ」
「はい……」
「すいません……」
Gプレッシャーライフルについての説教はここで終わり。
だがしばらくの間アッシュとベルは立てそうにない。
そんな2人が復活するまでの間に、シースベースは次の目的地へ向かってワープの準備を始めていた。
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