第68話 敗走
惑星エアリアの衛星軌道上にあるオービタルリングからやや離れた場所。
ワープドライブによってキャリバーン号が緊急退避した先がここである。
――なんだったんだあれは。
逃げ切れたたという安心感。そして安全圏に離脱てきたことで思考する余裕が生まれた結果、抑え込んでいた恐怖心で膝が震える。
それはブリッジにいたシルルだけでなく、実際に一戦交えたアッシュも同様である。
望遠距離にいる相手を視認する生物などあり得るのか。
ビームを食らっても肌を焦がすのみの生命体など存在するのか。
何より――人型の巨大生物など、あり得るのか。
「なんなんだあれは!!」
もはや八つ当たり。シルルは強くコンソールを叩きつける。
自身の理解を超えた存在。未確認生命体、なんて言い方は可愛げがありすぎる。
あれは怪物だ。
現代の最新技術をつぎ込んで開発されたキャリバーン号でも勝てない。そう開発責任者であったシルルが直感するぼどの脅威だ。
「あんな生物、いるわけがない! あんなの、怪獣じゃないか!!」
シールドを最大出力で一点集中させなければ耐え切ることができなかった。
そしてそうした結果、シールドジェネレーターは限界を迎え強制停止に追い込まれた。
あのまま戦っていたら、無事では済んでいないはずだ。
だから、撤退は間違った判断ではない。それでも、急にワープドライブを使ったものだから艦全体にかなりの無茶をさせてしまった。
「おちつけ、シルル」
「くっ……いや、そうだ。こういう時こそ落ち着くべきだ」
ブリッジへ戻ってきたアッシュにたしなめられ、シルルは少しだけ落ち着きを取り戻す。
それでも苛立ちは隠せず、激しく膝をゆすっている。
「だから落ち着けって。ほれ、ベルの作り置きしておいてくれたクッキーだ」
「むぅ」
現在のキャリバーン号内の重力は物体を固定しておく必要のある場所や水を使用する場所以外は無重力状態にある。
理由は勿論、直前に行ったワープドライブの使用によって起きたパワーダウン。これにより全体に
このブリッジも、無重力になっている区画のひとつであり、アッシュが投げたクッキーの入った袋はふよふよと浮きながらシルルのもとへと届けられる。
受け取ったクッキーはすぐさま口に突っ込んでまとめて咀嚼する。
「……口の中の水分ないなった」
「だろうな」
「けど、おかげで冷静になってきた」
口の中に入っていたクッキーを飲み込み、数回深呼吸した後シルルはコンソールを操作し始めた。
「地上観測用の衛星カメラをハッキングして、さっきまで私達がいた場所の映像を引っ張ってきた」
「……いるな、まだ」
流石に大気圏外まで見通せる目は持っていないのか、あの怪物は先ほどの空域にある島に着地すると、そのまま動かなくなった。
「休眠状態、というやつかもしれないね」
「アイツは一体なんなんだろうな……」
「さっぱりだ。あんな超生物、見たことも聞いたこともない。ただ可能性があるとすれば――」
「始祖種族関係、か?」
アッシュの問に対し、シルルは無言で頷いて肯定する。
「そう考えた方がいい。いや、うん。思考停止できて楽だ、と言うべきかもしれない」
「確かに、あれはどうみたって生物だった。けど、あんな生物見たことも聞いたこともない」
攻撃能力ばかりに気を取られていたが、よくよく考えれば最もおかしいのは、どうやって空を飛んでいるのか一切わからないことだ。
「とりあえずヤツについての考察は全部すっ飛ばす。今重要なのは、ビームも効かない相手をどうやって倒すか、だ」
「倒す算段についてはひとつだけある。資材もある。時間も、アイツに限定するならば十分にある」
「何かそんな武器なんて――あ」
ひとつだけ、思い当たるものがある。
Gプレッシャーライフル。以前、シルルが見せた強化装備の中にあった、
「アッシュも覚えていたみたいだね。そうだ。Gプレッシャーライフルだ。一応ライフルそのものは完成している。問題はクラレントのほうだ」
「クラレントの出力じゃ足りないってことか?」
「出力は問題ない。最悪、キャリバーンから供給すれば足りる。問題なのは安定性だ。どこかの誰かが毎回毎回その場で無茶苦茶なシステム変更を行ってくれるせいで全く進んでいなかった
その
実際、クラレントの
そのおかげで本来は推進装置程度の機能しか持たないはずなのに、ビームを歪曲させたり、シールドとして展開したり、重力場を四肢に纏わせた格闘戦ができたわけだが。
しかし、その結果設計を担当したはずのシルルですら手が付けられなくなった。
度重なるシステムの空き容量に追加された追加処理。そしてそれを本職ではなく、素人に毛が生えた程度の人間が直感的に構築すれば――あっという間にスパゲッティプログラムの完成である。
「ここまでひどいと思っていなかったからね。流石にこれを解くのは骨が折れる」
「現状のまま、システムを追加は……」
「はっはっは。その追加する容量を君が使い潰したんだよ」
「……ハイ、スイマセンシタ」
次第に先ほどとは別の理由でイラつきはじめたシルルから、アッシュは少しだけ距離を置いた。
「とにかく、アレが立ち去ればそれでよし。居座るならGプレッシャーライフルで撃退。そういう作戦で行こう。それに、だ」
監視衛星からの映像に視線を移す。
膝をついて動こうとしない怪物。
その姿はまるで――何かを守っているようにも見える。
少しばかり作業の手を止め、ハッキングを始めるシルル。
その結果はすぐに出る。
「これを見てくれ」
「これは……俺達があの怪物と接触した時間のカレンデュラ王国軍の訓練計画と、飛行エリア、か?」
「正解。あの場所はカレンデュラの領空だ。キャリバーンみたいなアウトローが使っている艦ならともかく、他国のエーテルマシンが飛行しているなんてことはまずありえない」
確かに、キャリバーン号もエーテルマシンの存在を感知し、アッシュたちも怪物に破壊されたエーテルマシンを目撃している。
「じゃあ、なんであんなところに……」
「決まってるだろう。個人所有か、後ろめたい連中が使っていた機体ということだ」
「……やっぱ蛇か?」
「さあね。エーテルマシンを使えるってことはエアリア出身者だろうから、もしかしたらただの傭兵かもしれない。が、ただひとつだけ判ることがある」
「どこかの誰かが眠っていたバケモノを目覚めさせた、か」
「あるいは、墓守の怒りに触れた、かな」
墓守。なるほど、言い得て妙だ、とアッシュは頷く。
ほぼほぼ真上からのアングルでしかわからないが、膝をついて佇む姿はまるで王の墓を守る巨像を思わせる。
「しかし、私達の目的地もあそこだ。衝突は避けられない」
「だな。Gプレッシャーライフル、頼むぞ」
「ああ。任せておいてくれ。それとアッシュ」
「ん?」
「君はシミュレーターで
「あ、ハイ」
遠い目をしながら引きつった笑みを浮かべるシルルを見ては、アッシュは肯定の言葉以外何も言えない。
「作業終了目途は3時間。それを過ぎたら最悪初期化してシステム構築する。こっちは2時間くらいを見ている」
「了解。まずは3時間だな」
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