第69話 リベンジマッチ

 キャリバーン号が大気圏外へ離脱してから5時間後。

 結局複雑に絡み合ったプログラムはどうしようもなく、システムを初期化。

 その後アッシュのシミュレーターで行った重力制御機構グラビコンの運用をシルルがちゃんとしたものに書き直し、それを組み込んだ。

 結果。クラレントに搭載されている重力制御機構グラビコンは、この世に1つしかないとんでもない汎用性を持った、それこそ人型機動兵器での戦闘に特化したものへと変化した。

 そしてそれを最大限に活用する武装が、Gプレッシャーライフルである。


「アッシュ、Gプレッシャーライフルを使えるのはたった1発だ」

「それはライフルが耐えられないって話か?」

「違う。ヤツの戦闘能力を測れない以上、初撃必殺以外我々があの場所へ近づくことはできない、という話だ」

「なるほど。射程は?」

「かなり短い」

「……はい? てっきり俺は狙撃でもするものかと」


 初撃必殺とも言っていたし、相手に気付かれないような距離から攻撃するのだとアッシュは思っていたが、どうやらそういう武器ではないようだ。


「アッシュ、考えてみてくれ。指向性を持たせた複数の重力波を螺旋状にして照射するなんて武器、超射程でどこまでも伸びて行ったら拙いだろう。だから射程は短くしている。せいぜい既製品のビームライフル程度だ」

「なら十分だ」

「作戦なんてものはない。急接近して1発

「了解だ」

「それじゃあ……」


 キャリバーン号の艦首を惑星エアリアの大地に、あの怪物のいた場所に降りれるように調節する。


「私の子供たちに泥を付けてくれた相手を狩りにいこうか」



 墓守。守護者。あるいは神像。それが佇む姿だけを見たのならば、そういう印象を抱くだろう。

 それほどまでにその人型の生き物は神秘性に満ちていた。

 が、そういうった印象を持つのはそれがどれほど恐ろしいものかを知らない者だからだ。


『――――』


 怪物。それが実際に戦った人間が抱く感想であり、恐怖という感情を具現化した表現である。

 その怪物が、空を見上げる。

 近づいてくる存在を感知し、それにめがけて右腕を伸ばす。

 対角線上に並ぶ4つの指の間にエネルギーをほとばしらせ、それを発射する。


『――』


 が、それは目標に当たることはなかった。

 それが、その怪物にははっきりと見えていた。


 ――避けられた。


 それを確認すると、ゆっくりと立ち上がり臨戦態勢を取る。


『――――――!!』


 咆哮とともに、長い尾を振り上げ大地を叩き、怪物は空へと舞い上がる。



 大気圏突入直後。前方から接近する高エネルギー体を確認し、キャリバーン号は断熱圧縮の熱で赤く染まる視界の中、完全体を大きく振り回すような動きでそれを回避する。


「大気圏突入を狙ってくるとか冗談キツいぞ!」

「ヤツの探知範囲を甘く見ていた……! けど、キャリバーンも


 一度受けた攻撃の脅威度を学習。加えてマコのマニュアル操作も学習し、その回避マニューバを再現して見せた。

 無論、本人のそれと比べればまだ無駄の多い動きではあるが、操舵に関しては素人もいいところなアッシュとシルルにとってはこれに頼るしかない。

 何せ、今度はシールドジェネレーターの強制停止どころではすまず、バーストする可能性がある。

 被弾は許されていない。


「オートパイロットでどこまでいけるか……! アッシュ、そっちもスタンバってくれ!」

「ああ。解ってる」


 すでに艦首下部のクラレントはGプレッシャーライフルを装備した状態で待機中。

 いつでも切り離して戦闘に移ることができる状態である。

 が、超音速かつ機体が回転している状態でパージするのは危険なんてものじゃない。ただの自殺行為である。

 おまけに大気圏内に少しでも入れば狙撃してくるような相手の攻撃が飛んでくる可能性も考えれば、もっと近づいてからがベストのタイミングだ。


 ――あるいは。いっそのこと減速してしまってそこからクラレントを切り離すか。


「――いいや、駄目だな」


 シルルは自身の脳裏に浮かんだ考えを即座に否定する。

 確かに減速すればクラレントは安全に切り離せる。だが今度はキャリバーン号がいい的になる。

 シールドを張っているとはいえ、被弾はキャリバーン号が沈む事に直結するような状況でそんな真似はできない。


「ならば、やることは単純だ。アッシュ、安定姿勢になったらパージするぞ!」

「了解。いつでもやってくれ」


 再びエネルギー弾が飛んでくる。

 それを少しだけ姿勢を傾けることで回避し、すぐさま回復させる。

 怪物が放つエネルギー弾は、発射までにわずかながらチャージする時間が必要となるようで、連発はしてきていない。

 そのわずかな時間を逃すまいと、キャリバーン号は一気に速度を上げる。

 すでに高度は想定交戦高度まで落ち切っている。速度も降りてくる時よりも落ちているとはいえ、それでも超音速飛行をしているのには変わりない。


 すでに互いに相手の姿を確認できているような距離。

 当然こちらの主砲も届く。ならば。相手が攻撃を撃ってこないの間にキャリバーン号の主砲と副砲が展開し、閃光を放つ。

 これで倒せればそれでよし、倒せなければ、当初の予定通りにクラレントでの直接攻撃


 対して。怪物は砲門が自分の方を向いたのを視認すると同時に巨大な右腕を装甲面を正面に向けて構え、それを盾のように使いビームの直撃に耐える。


「はは。そこならばキャリバーンの主砲すら防げるのか。つくづく規格外のバケモノだなアレは!」


 出力を上げて再度照準をあわせて発射。

 今度も右腕の装甲で受け止める怪物。が、今度は事情が異なる。


 視覚的には判りにくいが、純粋に光を集束させて放つレーザーと違い、ビームは超高熱の粒子を圧縮。それを超高速で射出するものである。

 故に、被弾した時にそのビームに耐えることができた時には――当然衝撃が発生する。


 直撃を受けた怪物の右腕が大きく跳ね上がる。


「今だ、アッシュ!!」

「クラレント、パージ」


 高速飛行中のキャリバーン号の艦首下部から、クラレントが切り離される。

 突如として空中に放り出された機体は一瞬バランスを崩すがすぐに持ち直し、通常推力で加速を始める。

 虎の子のGプレッシャーライフルはバインダー内に収納し、両手にはいつも通りのハンドビームガンとビームシールド。

 飛行速度はキャリバーン号のそれと比べれば、遅い。

 が、それでも目標が突然2つに増えるというのは、生物である限り即座に反応できるものではない。


『!?』


 怪物が、唸った。

 正面からはクラレントが迫り、頭上をキャリバーン号が通り過ぎようとしている。

 2つに分かれた標的のどちらかに狙いを定めるべきか判断がつかず、狼狽しているようにも見えた。


「……!」


 アッシュはハンドビームガンを拡散モードにし、引鉄を引く。

 放たれたビームは、広範囲を貫く幾本もの光の矢となる。

 その一筋一筋の威力は同じエネルギーを使用して放つ単発のビームよりもはるかに劣る。

 普通はそんなことを気にするほどでもないが、相手は通常時のハンドビームガンであっても耐えきるような怪物だ。当然その攻撃は全く通じない。

 外皮を焼くこともなく、最初は警戒して身構えた怪物も、照射されつづけるビームの威力が低いことに気付いたのか、攻撃をしようと前にでる。


 だが、それはアッシュにとってあまりにも都合がいい展開であった。


「Gプレッシャーライフル、セット」


 ハンドビームガンは目晦ましにすぎない。

 撤退するだけしかできなかった初戦で、ハンドビームガンが通用しないのは判り切っている。

 ならば、拡散ビームで相手の視界を奪い、その隙に本命の準備を整えるだけだ。

 Gプレッシャーライフルと、クラレントの重力制御機構グラビコンが直結する。


 ハンドビームガンの照射をやめ、光の中を突っ切ってきた怪物が眼前に迫る。


「発射ァッ!!」


 ライフルの引鉄を引きながら、機体を後退させる。

 放たれる重力波。それが直進してきた怪物を穿つのは当然であった。

 複数の指向性を持った超高重力領域が螺旋状に放たれる。

 それがどういうことか、アッシュは実際に撃ってみるまで理解していなかった。


「……確かにこれは、短射程じゃあなきゃ凶悪だな」


 螺旋状に絡み合った、重力ベクトルの異なる超高重力領域。それは巻き込んだ物体を別方向へ引っ張りながら、自身の中心部めがけて引きずり込もうとする。

 結果、直撃した怪物は重力の結界に閉じ込められ、引きちぎられ、押しつぶされて跡形もなく消滅した。

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