第155話 水の星へ
惑星絵アクエリアスの宙域へとワープアウトする巨大な輸送艦。
そのブリッジに集結した6人は、降下する前にひとまずこれからのプランを考える。
「まず、アクエリアスに降りると確実に俺とマコは外に出る事ができなくなる。それと、お前はマルグリットとして顔が売れすぎている。だから現地での活動はそれ以外の人間が担当する必要があるが――」
マコは勿論だが、その脱獄に協力したアッシュも、関わったという証拠は極力残してはいないとはいえ万が一もある。
そしてマルグリットは今や新興国家の代表として、その顔が知られている。そんな人間が理由もなく歩き回れるわけもない。
それに、この惑星特有の問題もある。
「アクエリアスの環境、ですか」
マリーの言葉通り、惑星アクエリアスは水の星というだけはあり、地上にあたる場所がない。
惑星の外側から確認できる陸地のような場所はすべてメガフロート。あるいはギガフロートとも言えるもので、アクエリアスにとっては外交の拠点となる場所である。
同時に。アクエリアス人にとっては長距離移動手段である船舶を建造するための造船拠点でもある。
これが普通の惑星ならば比較的近い場所に都市があるので問題はないのだろうが、この惑星はそうではない。
メガフロートやギガフロートと呼ばれる人工の大地同士の間隔は非常に大きい。
これは万が一の衝突事故を防ぐためのものであるため仕方ないのであるが、物資の補給という面では少々問題がある。
長期間の活動を想定した場合、エクスキャリバーンなら燃料の心配はまずないが、食料や弾薬等の補充できるタイミングはかなり限られてしまうのである。
無論、本気を出せばその問題すら解決できるだけの飛行速度は有しているが、輸送艦としての偽装を施した現状でそれだけの性能を発揮させるのは、あまりよろしくない。
何せ、今はあくまでも惑星国家ネクサス所属の大型物資輸送艦プリドゥエンとして、ここにきているのだから。
「ああ。それと。エクスキャリバーンの補助動力炉として搭載したエーテルコンバーターに関して注意がある。普通は気にならない事なんだけどね」
「確か、ローエングリンとタンホイザーに搭載した、エーテルマシンの動力炉だっけ?」
「ああ。特にマコは良く聞いてくれ。水中ではエーテルコンバーターは機能しない」
「はあっ!?」
とんでもない事を言われ、マコが声を荒げた。
『落ち着いてください。マコさん。霊素は水中にはほとんど存在しないんですから、それをエネルギーに変換しているエーテルコンバーターが機能するはずないじゃないですか』
「いやまあ、そう言われればそうだけどさ……」
『あと、当然水中ではレーザーと実弾以外は使用禁止です。発生する高熱で一瞬にして蒸発。発射した途端砲口部分で水蒸気爆発を起こしますよ』
「だからタンホイザーに魚雷の発射管とかついてたのか……」
ようはエクスキャリバーン自体は水中でも問題なく活動できるとはいえ、武装が限られる上、動力も一部使用不能になる。その点に注意しておかなくてはならない、という話だ。
「ところでベルは今何やってるの?」
「標準語のテストの採点です……」
ベルはネクサス建国の後、不足している教育者の穴を埋めるべく供たちに教鞭を振るっている。
担当科目は標準語と保健体育。今回は結局出発前に終わらず、こうしてブリッジにまで持ち込んでしまっているわけだ。
「思った他、サンドラッド出身者の識字率が低くて……」
「え、もしかしてこれ……」
「はい。大人用の、標準語のテストです」
そういうベルの表情は――控えめに言って死んでいた。
どうも想像以上に点数が悪いらしい。
「参考までに、最高点数は?」
「……32点」
「お、おう……」
「ちなみに0点が複数人居るせいで平均点2桁に届くかどうか……」
乾いた笑いと、深いため息を繰り返すベルの姿から視線をそらしつつ話を進める。
「えーっと。上陸組はシルル、ベル、アニマのうちの誰かということで決定」
「あ。でも私は各機へ水中戦用のOS組み込みとそれ用の装備の最終調整があるから、それが終わるまでは艦に籠ることになるね」
「まあ、アクエリアスだと主戦場は水中だからなあ」
「あとは、降りた後、惑星中を移動する口実だな……」
輸送艦、という話ならばある程度は自由が利く。
物資を買い付けるために、各フロートを巡っている、とすればフロート間の移動は怪しまれることはないだろう。
だが、それ以外の場所への移動は、さすがに無理がある。
以前と違い、国の名前を背負っているのだから、迂闊な行動はできない訳だが――。
「それなら、僕の依頼で動いたということにすればいい」
と、突然ブリッジの出入り口が開くなり、聞き覚えのある密航者の声が聞こえ、全員一斉に振り返った。
「なんでいるんだメグ・ファウナ!? ていうかアニマ、チェックは!?」
『念入りにやりましたよ! むしろボクのほうこそどうやってこの人が乗り込んできたのか知りたいくらいです!!』
「まあそれはこう、バチっと」
指の間で放電させてみせるメグ。
「半年前から気になってたけど、その能力は生まれつきのものかい?」
「だとすれば?」
「……いいや、珍しい惑星出身の人間もいたもんだとね」
「彼女の出身惑星に関してはまあ後回しで。で、ファウナ博士。どういうことだ?」
「僕の職業、忘れたわけじゃないだろう?」
「宇宙生物学者だっけか。すっかり忘れてた」
「つまり、生態調査協力の依頼を受けてネクサスがこの艦を派遣したことにすればいい、ってことさ」
なるほど、と納得しかけるが、マリーがふとある事に気付く。
「それ、申請出してますか?」
「ん?」
――いや『ん?』じゃねえよ。
全員、メグの言葉に心の中でツッコむ。
何事にも許可というものが必要なのだ、という基本中の基本を知らないのか、と全員が頭を抱える。
「シルル」
「偽造データの作成か……マジの犯罪じゃないか」
「その辺はまかせるよ、はっはっは!」
頭を抱えたままのマリーの指示を受け、調査許可関連の記録の偽造を始めるシルル。
なぜか胸を張って誇らしげなメグに呆れつつも効果準備を始めるマコとアニマ。
「ところで……」
「ん?」
「メグさんって、どっちなんですか」
と、採点の片手間にコーヒーの入ったカップに口を付けながらベルが尋ねる。
確かに、出逢ったころからずっとメグの性別は不明のままであり、その後も追及する機会もなくきてしまっていた。
男とも女ともとれる容姿も相まって、外見からの特定ができないまま半年も過ぎたのだから、さすがに全員が気になってはいるのか、各々の作業は進めつつ君耳を立てている。
「どっちもついてるけど?」
ぶふぅーッ!
と、誰もが耳を疑うとんでもない発言にベルが口に含んでいたコーヒーを霧状に噴射した。
瞬間。アッシュがコンソールを操作し、ブリッジ内を無重力状態にして噴き出した飛沫が宙に浮く状態をつくり、ブリッジの清掃担当オートマトンが回収していく。
「げっほげっほ……」
「まあ、そのあたりは僕の出身惑星の特徴というか、ね。まあそこまで問題のある話でもないだろう?」
男性とも女性ともつかない容姿だとは思っていたが、まさかそこまでとは思っていなかったし、不用意に聞いてはいけない内容だった気もする。
「センシティブな質問だったようで。申し訳ありません」
「いいや、僕は気にしてないよ。当然の反応だろうしね」
と、笑い飛ばすメグ。
「そして、どちらでもイケるよ」
「ちょっと待て。それはどういう意味だ!? 場合によってはその口物理的に塞ぐぞ!」
「どういう意味だろうねえ」
と、にやにやするメグ。
その意味を理解できていないのか、マリーは首をかしげるが、そのほかのメンバーは何となく察している。
特にベル。採点する手がプルプルと震えている。
「……むっつりスケベだね、ベルは」
「マコさん!?」
「とりあえず降下プランはできたよ。シルルは?」
「いくつかのポイントの調査許可申請を遡って出しておいた。で、許可ということにもしてあるよ」
「じゃあ問題ないか。それじゃあ、行くよ」
「ちょっと待ってください! むっつりスケベってどういう意味ですか!!」
「ベル」
「アッシュさん……」
縋るような目をするベル。それに対してアッシュは良い笑顔を返して一言。
「もう諦めろ」
残酷な現実を突きつけるのだった。
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