第126話 曳航
惑星サンドラッドの衛星軌道上でキャリバーン号とフロンティア号が合流する。
宇宙に出たことで力を使い果たしたのか、フロンティア号を包む青白い光はもう見えない。
それどころか、ほとんどの機能が停止してしまったのか、メインエンジンすら動いていない。
いまはただ慣性にまかせて漂うだけの艦船の形をした箱である。
「通信システムは生きてる?」
『なんとか。彼女も無事だ』
『流石に疲れました……』
通話中のメインスクリーンに、長年放置されていたであろう錆だらけの整備用オートマトンからアニマの声がする。
どうやら無事のようだ。
「一応の確認だが、自力での航行は?」
『不可能だな。各種武装も使用不能。デブリを避ける事もできそうにない』
案の定か、とマコに曳航準備作業を進めるようにアッシュは指示を出した。
レジーナの報告を受け、アニマが憑依していた状態で繋がっていたパスを通じ、シルルはキャリバーン号のブリッジで現在のフロンティア号の状況を確認する。
「うーん。これはちょっとひどいなあ」
シルルの作業を後ろから覗き込んだマコが呟く。
実際、艦船としてみた現在のフロンティア号は、文字通り宇宙を漂う巨大な箱。
ジェネレーターは稼働しているが、先ほどよりも出力が落ちている。
この状態ではブリッジの機能のほかでは、最低限の生命維持機能くらいしかまともに稼働しているものはないだろう。
「レジーナ。水と食料は?」
『持って3日。収容した艦艇のものを集めてもその程度しか残っていない。何せ、貯蔵庫を破損した艦も多かったのでな』
「当然、死者・行方不明者も……」
『ああ。生き残った者たちは幸運だった、などとは到底言えない』
沈んだ艦艇は確かに1隻である。
だが、それまでの度重なるサメカラスの攻撃により破損個所から外に放り出された者も当然多く、行方不明者の中にはサメカラスに食われたと思われる者もいる。
行方不明者とはつまり、誰もその死に様を確認できていない人間ということで、実質的には死者と何も変わらない。
逆に――死者としてカウントされている者たちは、その死に様を誰かが見ているということでもあり、野生生物に襲われて死ぬ人間の今際の際は筆舌しがたい凄惨さで、確認した人間の心に少なくない傷を刻むことだろう。
『惑星を脱出したまではいい。だがこのままでは……』
「問題ない。アッシュが今手続きをしている」
『手続き?』
何のことかわからない、と首をかしげるレジーナだが、その傍にいるアニマは理解したかのように作業用アームを器用に動かして腕組みのような動作をする。
実際には、アームが長すぎて腕を交差させているようにしか見えないが。
「ああ。アタシ達の基地だよ。近くに待機させている」
「食料問題についてはそこでなら解決する。それに、そこでフロンティア号の改修を行えば、本来の機能を取り戻すことも難しくはないはずだよ」
『それは助かる。私のような身体の者たちならば問題ないが、飲食物と薬品類の確保などは急務だからな』
「さて、来たよ。シースベース」
2隻の眼前に空間を歪めて出現する巨大人工物。
クラゲかキノコかという外観の『燃える灰』の拠点であるシースベースが姿を現した。
『これは……なんと』
ドッキングベイにはいつぞや強奪したままのエンペラーペンギン号が出立前にオートマトンに指示出ししておいた通り塗りなおされており、すでにペンギンのペイントは消えてグレーの下地のみとなっている。
「ベースまではキャリバーン号が曳航していこう。念のため、
『了解した』
◆
おわっちゃった。
まけちゃった。
がんばったのに。いっぱい、いっぱい、めいれいしたのに。
まけた。まけた。しっぱい、しちゃった。
びーむ、そうさい、がんばったのに。
なんなの。あのおおきな、そりっどとるーぱー。
かたがひらいて、なにかをうったのはわかった。
でも、なんで、ぴーでぃーぜろわんがこわれたのかわからない。
『リオン、戻っておいで』
「おこらない?」
『怒ったりなんかしないさ。さあ、そこにいると危ないよ』
おねえちゃんがよんでる。
かえらなきゃ。
くやしいけれど、おねえちゃんがよんでるから。
みんなのところに、かえらなきゃ。
◆
キャリバーン号と、曳航されたフロンティア号がシースベースに接近する。
自力では身動きが取れないため仕方のないことではあるが、減速も当然できない。
これが惑星上でならば空気の抵抗で自然に減速できるが、宇宙空間はそうもいかない。
そこは、キャリバーン号の
十分に減速をしてシースベースに接近。
シースベースのほうはアームを伸ばし、フロンティア号を掴んで静止させ、ドッキング作業に移る。
「ドッキング作業は滞りなく進んでるよ」
「とりあえず一安心、だな」
キャリバーン号も曳航用のケーブルをパージし、シースベースとのドッキングに入る。
ここから先はオートで進む為、しばらくの間は全員手が空く。
「俺達が倒したサメカラスの個体数、ちゃんと記録して
「これで当面の資金難はクリア、なんですよね?」
「……うーん。どうだろうなあ」
「金額が金額だからなあ」
マリーの言葉にマコとシルルが難しい顔をする。
契約条件である以上、サメカラスの討伐数に応じて変化する。
確認できなかった個体数を除いたとしても、相当数の個体を討伐。
その金額は、一般的な家庭ならば一生どころか人生をもう一度最初からやり直しても有り余るほど。
それくらいは稼いだ、はずだ。
が、逆に言えばそれだけの金額の支払いを一気にできる組織があるのか、といえば間違いなくノーである。
多額の資金を有する
「流石に俺も鬼じゃねえよ。最低ラインの金額を決めて、分割って形にしてもらうさ」
「それがまあ、現実的ですかね」
『ドッキング完了。おかえりなさい』
システム音声がブリッジに響き、ドッキング作業が完了したことを告げてくる。
「わたしは先に行きますね。あの人たちが心配ですし」
「あ、わたくしも行きます」
ベルとマリーは先にブリッジを離れ、シースベースへ向かう。
彼女たちはシースベースで治療中のアルヴの人々の現状が気になるのだろう。
特に、リーファ・アルヴ。惑星アルヴの王家唯一の生存者にして、現在はこの場所で治療を受けている。
彼女の容態の変化は、アッシュ達も気にかかっているが――今はそれよりも気にかかることがある。
「PD-01。アレをどう思う?」
アッシュがシルルとマコに尋ねる。
「あんな骨董品。よく現存していたな、というのが最初の感想だね」
「というか、全部解体されたはずじゃない? アレ使うと惑星の環境が激変しすぎて文字通り死の惑星になるわけだしさ」
「それに、わざわざあの惑星を滅ぼす必要性のある組織ってのも思いつかない。と、すれば……」
「狙いはアタシ達、ってこと?」
「となれば、当然相手はウロボロスネスト、ってことになるね」
その可能性が一番高いだろう、というのはアッシュも同意する。
「流石に毎度毎度アイツ等の息がかかった連中とぶつかっていれば目の仇にもされるか」
「加えて、アニマがアルヴで女王に化けてたヤツをぶっ殺してるから……ま、そうなるよな」
「それでPD-01を使ったとして、効率が悪すぎる。大気を全て消し飛ばしたところで、艦内や機体のコクピット内ならば人体には影響はない。大気によって阻まれる紫外線や温室効果の喪失による寒冷化、気圧変化による人体への影響も同様だ」
シルルの言う通り、どれだけ惑星の環境を人間にとって有害なものに作り替えたとしても、宇宙用艦船の中や大気圏外でも活動するソリッドトルーパーのようなものの中に居れば関係ない。
偶然外で活動中に、ということはあり得るだろうがそんな都合のいいタイミングで事が成立するとも思えない。
だとするならば、別の理由があるのだろう。
「それに、ビームを相殺した時のことを覚えているかい?」
「勿論。普通はありえないからな」
「あの時、どこからか私達を見ていて、PD-01を直接操っていたヤツが近くにいたとしか思えない。そしてそんな奴がなぜかやってこなかった攻撃がある」
マコはそれを理解できなかったが、アッシュはしばらく考えて思い至る。
「座標指定しての空間置換か」
「あっ。そうか。指定した座標の空間だけを切り取れば……」
「回避不能の一撃必殺の出来上がり、だ。私達を本気で始末したいならあの時の私達の移動予測を立ててその地点を狙って攻撃すればそれで話は終わっていたはずなんだ」
「つまり……奴等は俺達の出方を調べたかった、ってことか?」
「その為だけに、惑星破壊兵器を持ち出すって……」
「それがウロボロスネストのやり方、ってことだろうさ」
相手の事が良く分からない。そんなことは、ウロボロスネストに関わっていれば当然のことのように思っていた。
だが、今回は少し違う。
明確な意思を感じ、その上で理解できない。
それは、底知れぬ恐怖も感じる、気持ちの悪い感覚をアッシュ達に残した。
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