第28話 情報屋
キャリバーン号を降りたアッシュたちはそれぞれ別行動に移る。
マコ、マリー、ベルの3人は休息と買い出し。
アッシュは単独行動を取り、キャリバーン号に残ったシルルは艦から必要物資の発注とその受け取りを行う。
当初目立つ格好と容姿の3人組のことが心配だったアッシュだが、ベルがシルルの服を着るだけでもずいぶんとマシになった――はずだ。
そう信じて、アッシュはひとりアルカディア・オアシスの街並みを歩く。
周囲は様々な惑星出身の人間がおり、容姿で判別できるものも居れば、外見ではどこの惑星出身かはわからない人間もいる。
が、いくら外見上の特徴がないとはいえ、そのなまりである程度判別はつくのだが。
「お兄さん、串焼き1本買っていかないかい」
「それ、何の肉?」
「ああ、サメカラスの肉さ」
「サメカラス? アレ食えるのか?」
「食えるとも! 案外うまいんですぜ?」
「んじゃ1本くれ」
と、屋台通りでサメカラスの串焼きを買って食らいつく。
味はややクセはあるが鶏肉のような触感の赤身魚の味といった感じである。
「あれ害鳥だとしか思ってなかったから食おうとか思わなかったわ」
串焼き1本を食べきり、残った木製の串を片手に屋台街を抜け、展望公園へ向かう。
特殊ガラスで覆われたその公園は、外の宙域の様子がはっきりと確認できる。
雰囲気としては水族館の巨大水槽が近いだろうか。
観光スポットとしても有名であり、物見遊山でこのオアシスを訪れた人間たちが宇宙空間を泳ぐ巨大イルカの姿を見て各々の感想を言い合っている。
「さて、と」
公園の中心にあるイルカのモニュメントのついた噴水。
その真正面にあるベンチを目指し、アッシュは歩みを進める。
すでにそのベンチには先客がおり、男がタバコを咥えて紫煙を垂れ流していた。
吸うわけではなく、ただ火をつけて咥えているだけ。
その男の横に、アッシュは腰を下ろした。
「よぉ、ミスター・ノウレッジ」
そう言った男の口は一切動いていない。
よくよく見れば、瞳も瞳孔が開きっぱなしで人間味はなく、ほとんど人間には聞こえないほどわずかな機械音が男の身体の奥から聞こえてくる。
――アンドロイド。それがその男の正体であり、全宇宙で活躍する情報屋ミスター・ノウレッジが操る現地活動用人型端末のひとつつである。
咥えていた吸えもしないタバコを携帯用灰皿に押し付けて消化し、胸ポケットにしまい、アンドロイドはアッシュのほうを向く。
「アポなしでよく私を見つけられたものだ。アッシュ・ルーク」
「ちょっと今の仲間に優秀なハッカーがいてね。それでさ」
「なるほど。ノウレッジを名乗る私が気付かぬうちにハッキングを受けていた、と。全くもって面白い」
微動だにせず、ミスター・ノウレッジはそう呟く。
「それより、君が降りるとは思ってなかったよ。正体がバレる可能性を考慮すれば、君はキャリバーン号から降りることはないと思っていたがね」
「オアシスはプライバシーが保護されるからな。スペースポートとかじゃ流石に無理だ」
「ああ。シークレットエリアか。確かにそこを経由すれば、どこの誰がどの艦船に乗るのかわからなくなるね」
シークレットエリアとは、要するにアッシュのように素性を隠したい人間が自身の乗ってきた艦船を特定されないようにするためのスペースである。
シークレットエリアそのものがオアシス内の要所に直通で移動できるカーゴとなっており、自分の艦船が停泊している場所と直通で移動できる為、他の誰かに見られる心配もない、というわけである。
「それで、私に何か用があったのではないかね」
「……先にアンタに渡しておく情報がある。これだ」
そういうと、懐から取り出したメモリーをミスター・ノウレッジに差し出す。
差し出されたメモリーを受け取るなり、それを手首に収納し、中のデータを閲覧しはじめる。
「これは……」
「先日、惑星ウィンダムで起きた巨大ソリッドトルーパーの暴走事件と、その原因となった生体制御装置に関する記録だ」
「君たちがUNNにも提出したデータだろう。それでは私にとっては何の価値もない」
他者が知っている情報に、それも宇宙規模のマスメディアの把握している情報など情報屋であるミスター・ノウレッジにとって何の価値もない情報だ。
それは当然だが、そんなことを理解できないアッシュではない。
「問題は、この生体制御装置が全部で13基製造され、うち12基はすでにウィンダムから持ち出されているってことだ」
「何?」
ミスター・ノウレッジが興味を持った。
当然だ。シルルが意図的に流したのは、暴走事件と悪魔のような研究内容。そしてその因果関係についてのみ。
生体制御装置の完成品が複数存在することと、それが惑星外に持ち出されたことまでは公表されていない。
「残念ながら行き先は不明。何せ、証人になりそうな人間は暴走事件のときに全滅したからな」
「しかし興味深い研究ではあるな。倫理的、人道的な面に目をつぶれば、戦闘行動に参加できなくなった戦傷者を再度前線に投入する為のシステムとしては優秀だろう」
「……だからだよ。だからこの情報は、どこにも出せなかった。それに、訓練なんて受けてない子供の脳と未完成の機体であの被害だ。プロの軍人の脳なんて使ったら国ひとつどころか、惑星ひとつ制圧できるんじゃないか」
「過大評価だ。だが、その懸念も理解できる」
ミスター・ノウレッジは、生体制御装置についてそう評価する。
惑星ひとつの制圧は不可能だろうとしつつ、その可能性を感じさせるものはある、と。
だからこそ、どんな勢力にもこの情報を渡すわけにはいかなかった。
この技術が真の完成を見れば、痛みを感じず、疲れもしない兵士なんて、どんな軍でも喉から手が出る欲しいものを生み出せのるのだから。
「さて。こんなものを私に見せてどうしたい」
「アンタは良識派だからな。こいつの危険性を知って漏らすとは思えない。だからこそこの件に関して頼れる」
「……なるほど。つまり君はそれに関わる情報が欲しい、というわけか」
「危ない橋だ。多分、尻尾咥えた蛇が後ろにいる」
「それは面白い。蛇ときたか」
「詳細情報に関しては今後の取引の時でいい。今は、この最近妙に羽振りの良くなったり、装備が新しくなった連中がいないかを知りたい」
「該当するのはいくらかああるが、そうだな。オルカ団という宇宙海賊を知っているか」
「いや……うん、うん?」
どこかで聞いたことがある名前に、アッシュは首を傾げた。
その名前は直近で聞いたことがある気がする。
だが思い出せない。忘れる程度の印象だったのだから、大した相手じゃなかったのだろう、と納得する。
「宇宙シャチを捕まえて調教。それらを使った海賊行為で問題視されていた宇宙海賊だ」
「宇宙シャチ……? ああ! シールドに突っ込んできたあの間抜けどもか」
やっとのことで思い出したアッシュ。喉の奥に刺さった小骨が取れたくらいの爽快感であった。
「彼等は新たに巡洋艦を3隻、重巡洋艦を1隻購入したようだ」
「そりゃまあ盛大に金使ったなあ。で、それまでそいつら収入はどうだったんだ」
「宇宙シャチを調教するくらいだ。艦船を運用するほどの儲けは出てなかったんだろう」
「やっぱ間抜けじゃねえかアイツ等……」
急に羽振りが良くなれば、その資金の出所を探られるのは当然だ。
だからもっと慎重に行動し、一気に金を使ったりしない。
艦船を4隻も一気に購入できるほどの資金を得た、ということはそれだけ危ない橋を渡ったということでもある。
「加えると、その資金の出元は不明とくれば、君の望む情報足りえるだろうか?」
「ああ。助かったよ。ついでに、奴等の拠点も教えてくれるともっと助かるんだが」
「そこは別料金だが――私の居場所を特定できるハッカーがいるのなら、先ほどの情報だけでもたどり着けると思うが?」
「それもそうか。んじゃ、またどこかで」
「今後とも御贔屓に」
ひらひらと手を振るミスター・ノウレッジ。
アッシュも手を挙げて応じ、彼と別れる。
これで、とりあえず次にやることは決まりでいいだろう、とアッシュはメインストリート目指して走り出した。
理由は至極単純。
ベルだけでマコの暴走を抑えきれる気がしないから。
である。
『アッシュ、ちょっといいかい』
「シルルか。どうした」
『実は先ほどから異様なペースで『燃える灰』の運用費用口座に入金されているんだが心当たりはあるかい?』
「……マコ達がどこにいるかわかるか」
『ちょっと待ってくれたまえ。えーっと各自の端末の信号は――え?』
シルルが言葉に詰まった。もうその時点で嫌な予感しかしない。
「……俺の予想を言っていいか?」
『多分その予想通りだろうが、どうぞ』
「全員、カジノだろ」
『正解』
「あのバカ野郎がぁぁぁぁ!!」
絶叫しながらアッシュは駆けだした。
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