第27話 入港

 ここでひとつ、宇宙生物について説明せねばなるまい。

 宇宙生物というのは、その名の通り宇宙空間に生息する生物の総称である。

 彼等は酸素ではなく、宇宙に充満する霊素――エーテルを糧として活動しており、全身をエーテルが駆け巡っているせいか、宇宙服のような特殊な防護装備もなしに活動できるのである。


「あくまでも仮説だけど」


 宇宙生物についての説明を、シルルはそう締めくくる。

 人類もなんとなく便利だからという理由で利用しているエーテルであるが、その特性は未だ未解決の部分が多く、それが絡むといつまでも仮説の域を出ない。


「で、さっきの宇宙シャチみたいなのが――」

「目の前にいっぱいいる、と」


 囲まれている。

 先ほどみた宇宙シャチよりも小柄。それに比べるとイルカ程度の大きさだろう。

 と、言っても海洋を泳ぐそれらとは比較にならないほど巨大であるのだが。

 どうにも宇宙生物というのはどいつもこいつも巨大になる傾向があるようだ。

 今キャリバーン号の周囲にいる宇宙イルカですら、その大きさはちょっとしたクルーザーくらいの大きさだ。


「宇宙イルカは賢いからね。こっちがシールドを張ってるとそれを避けてくれるよ」

「じゃあ宇宙シャチはなんだったんですか……」

「人間の命令に無理やり従わされてたんじゃない? そうじゃなきゃ自分からシールドに突っ込むなんて間抜け晒すわけないし。ていうか、アイツ等バカ過ぎない?」


 ベルの質問にマコはそう答えつつ、さっきの宇宙海賊のことをばっさり切り捨てる。

 宇宙シャチを調教して使用するまではいいが、攻撃を仕掛けるのだから相手にわざわざ通信を繋いで攻撃宣言したらシールドを張られるなんてことを考えないあたり、確かにお粗末な連中ではあった。


「でも、宇宙イルカがこれだけの数いるってことは……」

「目当てのスペースオアシス、アルカディア・オアシスが近いってことだ」


 宇宙イルカをはじめとした宇宙生物の群生地。その中心部にある人工物。それこそが一行の目指すべき場所である、アルカディア・オアシスである。


「ま、宇宙イルカが群がってきたってことはもうここはオアシスの管理宙域だ。攻撃されることはないだろうが、シールドは維持しとけ」

「え、なんでで――あ、そっか」


 マリーが不思議双に尋ねるが、すぐに自分で気づく。

 シールドを張るのは、ただのである。

 いくら相手が生物だといっても、クルーザーほどの大きさのある物体の体当たりというのは相当な威力になる。

 それにそんな勢いで生物が金属にぶち当たって無傷でいられるわけもない。

 これは互いを守るために必要なことなのである。


「さて、入港準備だ。シルル、必要なもののリストアップは終わってるよな」

「もちろんさ。で、誰が上陸する? 艦を無人にはできないが――留守番は1人いればそれで十分だろう?」

「とりあえずマリーは降りてもらう」

「えっ?! なんでですか!」


 アッシュは言い方が悪かった、と頬をかく。

 さっきの言い方では艦に残すと邪魔になる、ともとれる言い方だった。

 だからこそ、即座に訂正を入れる。


「お前さんがサバイブでもウィンダムでも一度も降りてないからだよ。娯楽施設もあるから、少し遊んで気晴らしでもしてくるといい」

「ああ、そういう……」

「で、遊びといえば――不本意ながらマコ」

「不本意って何さ」

「で、ストッパーとしてベル、頼む」

「え、ストッパー?」


 何故そんな役目を与えられるのか、とベルは困惑するが、シルルが耳打ちして理由を理解し、即座にアッシュに詰め寄る。


「バカですか貴方は。そんな人間の遊び場を王女殿下を連れてけるわけないでしょう?!」

「だからそういうところに行かないように止めてくれって言ってんだよ! あと護衛な!」

「……それは構いませんが、わたしの恰好はかえって目立ちませんか?」


 少し想像してみる。修道服を着た女、攫われたラウンドの王族と似た顔の少女、露出度がほぼ下着の女。

 その3人が揃ってアルカディア・オアシスの街中を歩き回る。


「め、目立つ気しかしねえ……!!」


 ここにきて自分たち一行の異様さに気付きアッシュは頭を抱える。

 街中を歩いても違和感のない恰好をしているのはアッシュ、マリルルの3人。

 だがマリーはその顔がどうやっても目立つ。

 マコは論外だし、ベルはその恰好がかなり目立つ。

 なんでよりによって目立つ3人を組ませようとしたのか、つい数秒前の自分をぶん殴りたい気分になってきたが、それをこらえるアッシュ。


「けど、このメンバー以外動けないんだ……残念ながら」

「せめてベルは他の誰かの服を借りるといい。それだけでも目立ちにくくなる」

「えっと……入りますかね?」


 そうベルが口にした瞬間。残りの女性陣の表情が変わった。

 これは男である自分が関わってはいけないことである、とアッシュは静かに視線を逸らす。

 端的にいえば、スリーサイズに関わる問題であり、ベルが着ている修道服の上からでもわかるそのは、明らかに3人を上回っている。


「マコ、君のを使おう」

「いい考えですね、シルル」

「ちょ、待って! 待ってください!! マコさんの恰好なんてほぼ痴女じゃないですか!」

「誰が痴女だ!!」


 こういう言葉がある。『女三人寄れば姦しい』。

 ぎゃんぎゃんと咆える4人は次第にヒートアップし、結局ベルにマコと同じ格好をさせるか否かという話で延々ともめ続けている。

 アッシュはただ遠い目をして、その嵐が過ぎ去るのを待つ事にした。


 ――別に、混ざれなくてさみしいとは思っていない。



 アルカディア・オアシスは、宇宙イルカの生息地となる宙域の中央に建造された惑星間中継ステーション、スペースオアシスのひとつである。

 元々が宇宙イルカの生態調査のために造られた研究施設であったそこは、今では完全中立地帯に指定された『宇宙の休憩所』として機能している。


 設備を利用するのは各惑星の軍艦だけでなく、民間船舶、海賊、犯罪組織と多岐にわたるが、それ故に発生するトラブルは尽きない。

 尤も。トラブルを起こし設備を使えなくなるデメリットを考えればわざわざ進んで事を起こそうとする者はいないだろうが。


『こちらアルカディア・オアシス。当ステーションに接近中の艦船に問う。艦名と所属、目的を述べよ』

「こちらキャリバーン号。所属は『燃える灰』。目的は不足物資の補給と艦の修理」

『了解。入港を許可する。あとはガイドビーコンの指示に従って入港してくれ。そちらに転送した禁則事項に抵触しない限り、当ステーション内での行動の自由は保障する』


 管制の指示に従い、宇宙港から延びるガイドビーコンに従いキャリバーン号が180度反転しながらゆっくりと港へと入っていく。

 先客が2隻ほどいるが、そのどちらもしっかりと武装した軍艦であり、完全中立地帯こんなばしょでもなければ、現在は海賊船扱いであるキャリバーン号と即座にやりあってるような相手である。


「で、落ち着いたかお嬢さん方」


 管制官とのやり取りと、艦の操作をやり終えたアッシュは、未だに討論を続けている女性陣たちのほうを向く。


「とりあえず、シルルの服を貸すという方向で決まりました」

「……それはいいんだけど、なんでベルは顔赤いし胸を押さえてへたりこんでるんだ」

「はい、先生」

「だれが先生だ。で、なんだねマコくん」

「どさくさ紛れてみんなで揉みまくりました」


 ――いや、何やってんのお前等。

 その言葉を飲み込み、憐みの視線をベルのほうに向ける。


「あんまりこっちを見ないでください……」


 息が若干荒いベルのその反応は、アッシュの中の何を刺激した。

 直後。それを振り払う為にコンソールめがけて頭を勢いよく振り下ろした。


「アッシュ!?」

「何やってるんですか!?」

「いや、ちょっと頭を冷やすために瀉血しゃけつをだな」


 実際額から血を流しているが、それを拭って何ともない風を装う。

 そうしている間、艦が減速していき港の係留用アームが全体を保持。固定される。


「で、結局艦に残るのは私でいいんだね?」

「そうだな。俺は俺で、行くところがあるからな」


 そう真面目な顔で答えたアッシュだが、額から流れる一筋の血のせいであまりしまらなかった。

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