アルカディア・オアシス

第26話 無法者

 ラウンドの追手を振り払うのは、難しいことではない。

 キャリバーン号の推力は、既存のあらゆる艦船を上回り、最大速度でなくとも振り払うのは容易であった。

 問題は、別にある。


「……お前等、大丈夫か?」

「わ、わたしは何とか……」


 ソリッドトルーパーを操る関係で、激しい揺れにも耐性のあるアッシュとベルは、少々気分が悪いものの言葉を発する余裕があった。

 問題は、そういう荒事に慣れていない2人。


「……」

「うぇっぷ……」


 マルグリットは完全に気絶。

 そのマルグリットよりは激しい動きに慣れているはずのシルルは、なまじ半端に耐性があるせいで意識を失うこともできず、限界突破。

 ダストシュートに駆け寄りそこから離れられず、粘度の高い水音を発していた。

 今度は間に合ったようだ。


「マァァコォォ!」

「でも助かったからいいじゃん?」

「そういう問題じゃない!! 暴風圏で錐もみ回転してただろ!?」

「だから重力制御機構グラビコンで内装固定したんだし」

「そうじゃなくてだなあ……!」


 もっと別の手段があっただろう、と。


「参考程度に言っておきますが、ウィンダムへの出入りは気流を受け流すような形状のカプセルか、暴風圏を無視できるだけの速度で一気に突っ切るかが正解です……」

「じゃあやっぱアタシの判断で間違ってないでしょ」

「ですが!」


 ベルが語気を強くしたため、全員がびくっとなる。

 気絶していたはずのマルグリットが、意識を取り戻すほど強い語気であった。


「長時間の加速を経てから突破するのであって、いきなり一直線に暴風圏に突撃するのは間違ってます!!」

「……何か言い訳は?」

「いや、ほんと。すいませんでした」

「マコさん」


 復活したマルグリットがゆらりと起き上がり、マコに近づいて肩に手を置く。


「禁酒1週間で」

「――――――――」


 有無を言わさぬ圧を放つ笑顔の死刑宣告に、マコは声にならない悲鳴をあげた。


「さ、て……とりあえず現在位置を表示しよう」


 メインスクリーンに現在位置から見た周辺宙域の状況が表示される。

 周囲にあるのはいくつかの小惑星の密集地帯――アステロイドベルトが確認でき、その少し先にスペースオアシスが存在している。

 平面で見ればわずか50センチほどの距離であるが、その距離が実際にはどれほどのものか。


「まだこのあたりはオアシスの管理宙域ではないからね。攻撃を受ける可能性は十分にある。できればさっさとオアシスに入港してフロレントのチェックをしたいんだがね」

「だったら小惑星帯を抜けますか? そこで攻撃を受ける可能性は低いと思いますが」


 マルグリットの提案は、確かにその通りなのだ。

 普通は小惑星が密集し、巨大な艦船であればあるほど行動が制限される場所に自ら突っ込むなんて真似はしない。


「却下」


 一見良い提案のように思えたが、マコが即座に却下する。やや当たりが強いが、別にマルグリットが気に入らないとかではない。ただ自業自得で禁酒を食らって機嫌が悪いだけである。


「アステロイドベルトってのは入り組んでいるからこそ、小回りの利く小型艇を使った襲撃があり得るの」

「これ、宇宙海賊としての経験談。いくらキャリバーンが優れた戦艦だったとしても、四方八方から同時に攻めてこられたら対処しきれなくなる」

「うーん。確かに常時シールド張ってるのはちょっと無理があるしね」


 シールドを展開するのもタダではない。シールドジェネレーターにも限界というものがあるし、許容値を越えたダメージを受ければ突破される。

 実際、ウィンダムではベルのフロレントが両手持ちマシンガンをピンポイントに当て続け、ダメージを一点集中させるという方法でシールドを突破しかけていた。

 そうでなくても、集中砲火が続けば当然許容を超える。


「それじゃあ、目的地まではアステロイドベルトを避けて移動する、という事ですか」

「それはそれで目立つだろうから考えモノなんだよなあ」


 目立つルートで安全に行くか、危険なルートで目立たずに行くか。

 しばらく考えて、アッシュは結論を出す。


「……よし、進路このまま。オアシスまで行こう。ただし、速度を出すのは追いかけられたらでいい」

「了解」

「姫さんとベルは周辺警戒を頼む。マコはそのまま操舵。俺はいつでも火器を使えるように準備する。シルルは――」

「購入する物資の確認、だね。解ってるよ」


 コンソールを操作し、この場でできる確認を始めるシルル。

 実際目視で確認すべきものもあるが、ここで済ませることのできるものも存在している。装填済みの弾薬類だとか、水の残量とか。

 マルグリットとベルもレーダーやセンサーを駆使して周辺の警戒を始める。

 経験がありそうなベルはともかく、それまで触ったこともなかっただろうマルグリットがたった2週間でコンソールを使いこなしているのは才能というべきか、要領がいいと言うべきか。


「キャリバーンが入港すれば、当然ラウンド側にも知られる事になるけど……いいの?」

「いいも悪いもあるか。ここからトンズラするにしたって補給もなしにワープなんてしたら、その間に俺たちは飢え死にしかねないんだ」

「それもそうか。1人増えたから、今ある備蓄も当初の予定より減りが早くなるのか」

「そういうこった。マコ」


 それに、スペースオアシスに立ち寄るのには補給以外にもちゃんとした理由もある。

 ひとつは、キャリバーン号のメンテナンス。動き出してからまだ2週間ちょっとではあるが、技術試験艦でもあるキャリバーン号はどんなところに負荷がかかっているか分からない。

 短期間で二度の大気圏突入と離脱。ウィンダムではかなり無茶な使い方もしているので、一度確認しておくべきだろう。

 そしてもうひとつが、惑星ウィンダムから運び出されたであろう生体制御装置の行方に関する情報収集。

 無論簡単に見つかるとは思えないが、探しようはいくらでもある。例えば、入港記録を徹底的に調べる、とか。

 そして最後。ある意味ここが一番重要なポイント。それは――資金の確保である。


「あっ」

「どうした姫さん」

「わたくし、今日からマリーです」

「……はい?」

「だから、ほら。言っていたじゃないですか。マルグリットのままだと目立ちすぎるからーって」


 しばらくアッシュは考えて、そんなことも言ったような、と。

 実際マルグリットと名乗って、その顔はもう逃れようがないから、偽名は考えておいたほうがいいな、とは思っていたが。


「でも俺たちみんなマルグリットって呼んでないんだよなあ」

「それでも姫様とか姫さんとか、陛下とか言ってたら目立つから、やっぱ偽名は必要でしょ」

「それもそうか。んじゃ、これからはマリーで通すぞ」

「はい!」

「シルルも、いいな」

「りょーかい」


 マルグリット改めマリーは満足そうにしながら、自分の手元に視線を落とす。

 そしてその瞬間、また短い声をあげた。


「今度はどうした」

「これ、なんか変な動きしてます」


 そう言ってマリーがコンソールを操作し、スクリーンに自分の見ているものを表示させる。

 キャリバーン号に近づいてくるものが3つ。

 大きさからして巡洋艦程度の大きさだろう。

 だが、直線的な動きではなく、蛇行しながら接近してくる。

 相手がなんらかの艦船だとして、そんな燃料も推進剤も無駄になりそうな動きをわざわざするだろうか。

 というか、熱源が艦船としては小さすぎる。


「なんですか、これ」

「これは――いや、まさかそんなものがまだ残ってるの?」

「マコさん、心当たりが?」

「んーまあね。とりあえずシールド張ってりゃなんとかなるから」


 マコの言う通り、シールドを展開すると接近してくるモノの正体がはっきりする。

 そしてそれらから通信が入ってくる。


『ヒャッハー! 俺たちにそのふね寄越しなァ!』

『さもなくば、オルカ団がだまって――ぶべあ!?』


 どうやらシールドと衝突し弾き飛ばされたようだ。


「……え、何。え?」


 あまりの光景にベルが混乱する。


「宇宙シャチを使った宇宙海賊。ああいう大型の宇宙生物を調教して乗り回すことで、艦船よりも隠密性に優れて――ってはずだったんだけど、ああいうバカがが多くてね。絶滅したと思ってた」


 外部カメラの映像をメインスクリーンに表示させる。

 そこには、3頭の宇宙シャチが互いの背中を叩き合い、そこに乗っかっている人間の乗ったカーゴをはたき落とし、それらをアステロイドベルトの方向へ向かって弾き飛ばした。

 その後、自由になった宇宙シャチは悠々とどこかへ泳ぎ去って行った。


「……あいつら、何をしたかったんだ?」


 アッシュの言葉に返答できる者は、当然いなかった。

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