第25話 5人目
戦いを終え、キャリバーン号は2機の艦載機を収納してケリュネイア・シェルターから離れていく。
戦いの傷跡は半透明の隔壁越しに改めて見るとかなりひどいもので、ここからの復興は困難を極める事だろう、とその場にいたアッシュとベルは少しだけ憂鬱な気分になる。
自分たちが直接手を下したわけではないし、自分たちが手を出さなければこんなことにならなかったのでは、という疑念もある。
だがそれ以上2人に影響を与えたのは、生体制御装置。
ただ脳の状態で生かされ続けるの、戦うためだけの消耗品。
あんなものを見せられて、気分がいいわけがない。
今の気分を察したのか、空は黒い雲で埋まり、雷鳴が鳴り風が吹き始める。
ウィンダムでは珍しくない、嵐の到来である。
「……さて、と。2人には悪いが、今後について話し合う必要があるのはわかるね?」
「今後、ねえ」
シルルが研究施設から抜き出した膨大な研究資料と、その搬出記録。
記録は残しても、どこへ搬出したかまでは追跡不能――というよりは、データを抜き出す前に施設が破壊されてしまった為に調べられなかったというのが真相であるが。
「タイラント・レックスが出撃した直後、衛星軌道上にワープアウトしてきた艦がいくつかある。しかもラウンド所属の艦だ。これがまあ、次々とやってきていてね。下手に宇宙に上がると集中砲火されかねない」
「追手――って訳じゃないか。一度派手にやったから近隣の艦隊に連絡が行ったってことか」
ラウンドからウィンダムだと、1日や2日前に連絡したところで絶対に間に合わない。
周辺に展開していた艦隊、それも24時間以内に到着できるくらいの距離に展開していた艦隊が今、衛星軌道上に集結しようとしている。
「マコ、抜けれるか?」
「時と場合による。集結されたら突破は諦めて」
「そうだね。いくらキャリバーン号のシールドが優秀でも、集中砲火を食らい続ければ耐えることなどできはしないからね」
マコとシルルが揃って現状がかなり切羽詰まった状態だと言う。
「でも、そうなるとベルさんはどうするんですか?」
「そう。それ。それなんですよ姫様。ベル、君の身の振り方だ」
「わたし、ですか?」
「そう。君は、ウィンダムに残り陰ながら君の守りたいものを守るか、このまま私達と宇宙へ行くか、だ」
考えてもいなかった、とベルは目を見開いた。
言われてみて初めて、その選択肢があることに気付いたのである。
「わたしは、もうあそこには戻れません。それに、あんなものを見せられたら、それを計画した人間に一言くらい言わなければ気が済みません」
「あんなものとはどういう意味ですか?」
5人の中で唯一生体制御装置の実物や画像などを確認していないマルグリットは首をかしげる。
何せモノがモノだけに、マルグリットには刺激が強すぎると4人の意見が一致した為である。
「姫様。あとで詳細を口頭でお伝えしますので、今はスルーで」
「はあ。わかりました」
「つまりは、この惑星から離れ、俺たちと共に来るってことでいいんだな?」
「はい。お邪魔でなければ」
ベルは強く答えた。
しばらく沈黙の後、歓喜の声がブリッジに響く。
「ベル、君は医療に関する知識を持っていて、外科手術もできる。そうだね?」
「ある程度は、ですよ? 内科はともかく、外科手術も異物の摘出くらいで、病巣の切除とかは……」
実際銃弾の摘出はしているので、本職ほどではないかもしれないが十分技術がある。
「喜べアッシュ、念願の医者だ」
「ああ。よろしく頼む、ベル」
「は、は……い……?」
何故こんなに喜ばれるのか理解に苦しむベルであるが、しばらくして冷静になりはじめて気付いた。
この艦に、医者がいない。
というか、ベルが艦に乗り込む前には医薬品すらなかった。
操舵に関しては最悪オートでも可能であるが、戦艦という閉鎖空間にとって重要なポジションというのが、医者である。
それがいないというのは、かなり危険なことなのだ。
「よく生きてましたね、今まで」
「まあ2週間ちょっと前に集まったばかりのメンバーの中に医療知識のある人間がいなかって本当怖いよな……」
「いや、その……食中毒という意味で」
「……ああ」
一斉にマルグリットへ視線が集中する。
ハイパースペースでの移動中、料理当番が彼女に回った時のトイレ争奪戦。
よく考えればそれでよく済んだものだと、改めて背筋に冷たくなる。
そして、なぜ自分が注目されているのか理解できないマルグリットはとりあえず笑ってみせた。
「んじゃあ私は私でフロレントの改造計画を立てるとして、次の議題。次の目的地はどこにするか、だ」
サバイブからウィンダムへの移動は、医者の確保と医療品確保という目的があった。
だが今は具体的な目標地点がない。
やるべきことはあるが、それに関する手がかりがない。
「生体制御装置がどこに運ばれたか、それがわかれば……あっ」
「どうした、マコ」
「いや、情報収取ならあそこがあるじゃない」
「あそこ……ああっ! あそこか!」
アッシュはマコの発言に心当たりがあるのか、納得したような声をあげ、理解できない3人のためにコンソールを操作してメインスクリーンにこの恒星系の惑星情報を呼び出した。
「まあわかってなさそうな姫さんに説明すると、だ。この宇宙においてどんな国だろうと、どんな無法者だろうと絶対に手出しできない場所ってのがある。スペースオアシスだ」
「スペースオアシス、って何です?」
マルグリットはよく理解できていないのか、アッシュに尋ねた。
少しばかり無知が過ぎる気がするが、政を担わない王族なんてそんなものなのだろうとアッシュは解釈して説明を始めた。
「宇宙で活動する艦船は物資不足と常に隣り合わせだ。食料、水をはじめとする生活必需品。人間や兵器用の武器や弾薬。そういったものの不足は死活問題。そういうものを補充する場所が、惑星と惑星の間には存在している。それが惑星間中継ステーション、通称スペースオアシス。宇宙を砂漠に見立てそう呼ばれてるらしい」
「なるほど。惑星から出たなら近くのスペースオアシスに何らかの情報が入っているかもしれない、ということですね」
「加えてラウンドの追手が来たとしても、オアシス周辺宙域での戦闘行為は禁じられている。それを無視すれば、ラウンドは多額の罰金を支払わされるし、万が一傷でもつけようもんなら以後あらゆるオアシスの使用を禁じられる」
それならば、一時的にでも避難先としてはありだろう。
金さえあれば、長期滞在も可能なのだから。
「そうと決まれば早速出発だ。ベルも着の身着のまま合流したわけだし、彼女用の日用品なんかも買い揃えなきゃだし」
「了解。とりあえず全員シートに座ってベルト絞めて」
マコに促され、各自がシートに座る。
「よし、それじゃあ
キャリバーン号がゆっくりと離陸――したのはいいが、いきなり艦首を上げ始めた。
――嫌な、予感がする。
瞬時にこの惑星に降りた時のことを思い出してアッシュ、マルグリット、シルルの顔が青くなる。
「ま、マコ。ちょっと待て。なんでそんなにいきなり艦首を上げるんだ?」
「そうですよマコさん。いきなり垂直に加速するなんて普通の大気圏離脱のやり方じゃないと思うんですよ」
「そうそう。2人の言う通り。いくら
「あっ……! マコさん、ちょっと待っ――」
ベルも3人の慌てようと、異様にあがる艦首を見て異常事態に嫌なモノを感じマコを止めようとしたが、そのマコは振り返りながら笑顔で応え、一同を一端安心させてから操縦桿を握りなおす。
「ふるすろっとる」
「「解っててやってるなこの野郎おおおおおおお!!」」
アッシュとシルルの絶叫を無視して艦首が真上を向き、艦が一気に加速。
あっという間に惑星の高高度に存在する暴風圏に突入。
暴風の影響をモロに受け続け激しく揺れる艦。
当然ブリッジ内は阿鼻叫喚。
そのまま大気圏を抜けるまで揺れ続け、揺れが収まったと思った直後に今度は衛星軌道上に展開していたラウンドの艦隊と遭遇。
即座にシールドを展開してやり過ごしつつ、グロッキー状態で役に立たない4人をそのままに、マコはそのまま目的地であるスペースオアシスめがけて進路を取った。
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