第24話 生体制御装置
巨体が倒れる様は、神話や伝承で描かれるような光景であった。
地の底から這い出したタイラント・レックスは暴虐の限りを尽くす悪魔を。空を舞いそのタイラント・レックスを倒したクラレントは天使を。そして破壊されたシェルター内の街並みは神々の黄昏を連想せた。
『――――――』
地に伏した悪魔――タイラント・レックスが天にいるクラレントへと手を伸ばして唸る。
何かを訴えているように見えるその動作であるが、同時に何かの呪詛を吐き出しているようにも見えた。
が、すぐにその伸ばした手は力を失う。
排熱フィンが展開し、機体の冷却を始めた。
だがしかし機体内温度が高くなったわけではない。
そもそも直前に排熱を行っているのだから、短期間で再度行う必要性はない。
つまり――このタイミングで排熱を行うのは、別の理由である。
「ベル!!」
「了解」
フィンが展開した場所へクラレントとフロレントが携行火器による攻撃を行う。
狙うのは2機とも右脚部の開放部である。
弾丸は閉じる前の排熱フィンの隙間に入り込み、その機能を破壊。フィンは閉じることなく、開きっぱなしになってしまう。
続けてフロレントが全推力を使って接近。攻撃によって開閉できなくなった排熱フィンめがけて十字型ブレードを突き立てる。
「離れろ!」
ブレードから手を離し後退するフロレント。それと入れ違いにクラレントが突き刺さったままのブレードを踏みつけると、突き立てられた刃が跳ね、装甲を突き破って飛び出してくる。
突き破れたのは原理そのものはてこの原理をつかった非常にシンプルなもの。だがそれ故に、判りやすく効果がでる。
あの巨体だ。その重量を支えるには破損した脚部では不可能。
立ち上がることは――できた。
スラスターを噴射させて強引に機体を浮かせ、強引に立ち上がるタイラント・レックス。
両足を付けた時点で右脚部はその重みに耐え切れずへし折れたが、それでもブレードを地面に突き立てることでなんとか直立する。
そこまでして戦おうとしている、というわけではない。
「アッシュさん。あの機体から向けられる意思のようなものが消えました」
「それは――」
「多分、今は敵と認識した相手を自動的に攻撃しているような状態かと」
『ベルの言う通り、アレに指示を出していたものはあれ自身が破壊してしまったからね。もう暴走といっていいだろう。機能停止以外あれを止められない』
片脚だけになった巨人が身をかがめ、跳びあがる。
その勢いを使い、ブレードを掲げてクラレントめがけて全身を使って振り下ろす。
だが攻撃は大きく空振り、クラレントには当たらず大地を叩き割るのみ。
「いい加減、寝てろ!!」
ブレードを地面に叩きつけた結果、今度こそ立ち上がるのが困難になったタイラント・レックスの頭部を真上から押さえつけ、地面に叩きつける。
起き上がろうするタイラント・レックスであるが、起き上がることができない。
機体出力でもクラレントに勝るはずの機体が、完全に抑え込まれている。
なぜならば、クラレントの
全体はさすがに範囲が広すぎて抑え込めないが、ポイントを絞れば、比較的小さな力でも拘束はできる。
「シルル、ユニットの位置は?」
『君が今抑え込んでるところだよ』
強引に首を引きちぎってしまわない限り、脱出不能な状態。
中に人間が乗ったソリッドトルーパーならば、そういう選択肢もあっただろう。
だが、この機体にはそれができない。できるわけがない。
なぜなら、あれはただの人間だからだ。
機械の身体を持っただけで、元はなんの訓練も受けたことがない人間だ。
人間が、自分の首を落とすなんて真似をできるわけがない。
頭を押さえられて身動きが取れない機体は出力を上げて暴れようとする。
だが、それをただの人間である制御装置が拒む。
そんなことをすれば、首が千切れると理解しているから。
機械としての行動と、生物としての拒絶。
矛盾する指示はいたずらにジェネレーターの出力を上げ続けるだけであり――その機能を停止させる。
動きが止まり、全身の排熱フィンが展開。強制冷却を始める。
それは、この状況においては致命的な隙となる。
「今だ、装甲引っ剥がして中身引きずり出すぞ!」
そして、再起動が始まる前に頭の奥にある制御装置を引きずり出した。
「……シルル。これをマルグリットに絶対見せるな」
『……解った』
制御装置を機体から引き剥がされたことで、タイラント・レックスは機能を完全停止。指一本動かせない金属の塊と化す。
巨人にとどめをさしたクラレントは、引き抜いたものを手にしたままゆっくりと高度を落としていく。
「アッシュさん?」
その様子がどうも気になったベルは、機体を近付けて――ようやくその理由を理解する。
「こんなもの、あの姫さんには見せられねえ」
「……そう、ですね」
クラレントの手に握られていたもの。
それは、シリンダーを中央に収めた機械パーツの群れ。
そしてそれこそ生体制御装置であり、シリンダーの中に満たされた培養液の中には――人間の脳が浮かんでいた。
◆
ケリュネイア・シェルターの被害は深刻であった。
『燃える灰』による攻撃を受けたからではない。
都市防衛隊の地下研究施設から出現した巨大なソリッドトルーパー――タイラント・レックスが暴れたことによる被害である。
レールガンの射線上にあった建造物はことごとく破壊され、着弾地点は陥没。
水道管、地下埋設電線、ガス管など比較的浅い位置にあるインフラも破壊され、シェルター全体の機能がほとんどマヒしてしまっている。
主戦場となった北門周辺が最も被害が多く、それ以外の場所もタイラント・レックスのレールガンの流れ弾によって多大な被害を受けている。
それだけでなく、都市防衛隊のヘルム部隊の攻撃による被害も少なくはなく、流れ弾で一般家屋を含む多くの建造物が破壊されていた。
加えて、それだけの被害を出しておいて、
ケリュネイア・シェルターの住民たちは、たった数時間の出来事で生活の基盤を失ってしまったのだ。
それも、ほとんど自分たちを守るべき防衛隊の戦力によって。
さらには『燃える灰』が攻撃前に宣言した、非人道的研究の正体も判明。
詳細資料も『燃える灰』によってシェルター政府とUNNに提供され、事の責任者に対して逮捕状が出たのだが――その当事者はおそらく、責任を取ることはできないだろう。
件の非人道的研究――生体制御装置の研究を行っていた施設はタイラント・レックスのレールガン連射を受けて地上の建造物ごと壊滅。
そこで勤務していた多くの人間が生き埋めになったかあるいはミンチよりひどいことになってしまった。
死人に口なし、というわけでもないが、関係者のほとんどが死亡したとされる今となっては施設も破壊されつくしたため物的証拠は入手できない以上、『燃える灰』によって公開された資料が唯一の証拠ということになる。
ソリッドトルーパーを操作するために必要な機能だけを残し、制御装置として組み込む技術。
機械に繋がれたシリンダーに浮かぶ脳。
悪魔のような研究についての資料は、研究施設の壊滅と共に確かに失われた。
――しかし、すでに生体制御装置が13基完成しており、うち12基はすでに惑星外に持ち出されているということが、シルルが抜き出したデータから判明。
どこへ運ばれたのか、誰が受け取ったのかなどまでは不明である。
なおこの情報に関してのみ、世に与える影響を考えあらゆる国家・機関への情報提供は行われていない。
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